十三話 苦手な物
時刻は昼を過ぎた頃。アダル達の姿は先ほどまで大道芸人と観衆によって占拠されていた広場にあった。彼らは噴水のほとりにあるベンチに座っている。彼らの間には少し大きめの紙袋があった。
「で、どうだった?」
手に持った包みの紙を剥いて中身を露にするヴィリスは唐突にそれを聞いてくる。
「面白かったよ。前世でもああいう物を見たことは無いからな。新鮮で良かった」
ホットドックのような物を頬張りつつ、先ほどの感想を口にする。
「あっちの世界の物を見てないから分からないが、人間はああいう動きが出来るのかって思ったぞ」
「前世の世界の人じゃあそこまでの動きは出来ないと思うな。あれは魔力があるから出来る動きだし」
ふと呟いた疑問にヴィリスは真面目に答える。彼女の言葉にアダルは納得したように頷く。
「兎に角良い物を見させて貰った。ありがとうな」
アダルは彼女に向け感謝の言葉を言う。それを見て、ヴィリスは一瞬真顔になったが、直ぐに満足そうに笑う。
「そっか。紹介して良かった!」
そういう彼女も中身の具材は違うが同じような物を口にする。
「にしても、これは何だ?」
自分の手に持っている食べかけを見ながら怪訝そうに呟く。
「これはエルスパっていう食べ物だよ。米粉で作った生地を焼いた縦長のパンでいろんな具材を挟むの。ホットドックみたいも物だね」
彼女の補足説明を聞きながら尚のことエルスパを見続ける。
「確かに見た目はホットドックっぽいな。食感は固めだが」
感想を言いながらも、それを口に運ぶアダル。それなりに口に合った様子だ。
「これでもこの国のソウルフードだから。味はちゃんとしているよ」
そう言いながら彼女もそれを口に運ぶ。その間に、アダルは手に持っていたそれを食べ終わっており、もう一つ手に取った。
「これは肉が挟んであるな」
「四季豚のロースだよ」
中身を確認して、口に運ぶ。
「道理でうまいわけだ」
「食べたことあるの? ここ百年で出回った食材なのに?」
怪訝そうに聞くヴィリスに、口の中の物を呑み込んでから答える。
「王都に来る前に立ち寄った店で一度な。まあ、襲って来たのを返り討ちにして、それを店で出して貰ったんだが」
そう言葉を紡いで残りのエルスパを一気に口に運ぶ。
「そんなにがつがつ食べていたら喉を詰まらすよ?」
ヴィリスは呆れながらに手に持ったエルスパを包みの紙に来るんでベンチに置き、手を紙袋の中に入れる。中で探るような動きをしつつ、物の数秒で中から何かを取り出す。
「はい、ドリンク。マジックオレンジ味」
アダルは徐ろにドリンクの入った容器を彼女から受け取る。
「マジックオレンジ・・・・」
口にしながら、アダルは顔を歪める。
「あの気色悪いオレンジか・・・」
ドリンクになる前を知っているらしいアダルは少し吞むのを躊躇う。
「あれって見た目は悪いよね。でも、味は美味しいし」
苦笑いしつつ、マジックオレンジの弁解をする。マジックオレンジ。この世界特有の柑橘系の果物。見た目は主に黒く、紫の斑点が斑のようになっている。その見た目故、食べることを忌避為るもいるが、その物に毒が有るわけでは無く、味も問題は無い。食べることで体力が回復するとされているため、労働者をはじめとして人気の高い果物である。
「確かに美味いのは認めるが・・・」
どうやらアダルは抵抗があるらしい。
「無理しなくて良いよ? ほら! 他のもあるし」
そう言って彼女は再び紙袋の中に手を突っ込み、同じような容器に入ったドリンクを取り出す。
「こっちなら多分大丈夫だよね。ブラッドグレープのジュース」
「・・・・」
ブラッドグレープとは血のような色をした葡萄である。その果汁は本物の血と見分けをつけることが出来ないほど、同じである。ブラッドグレープのジュースを間違えて輸血につかったという物も存在するほどである。
「いや、こっちでいい。味が駄目なわけじゃ無いからな・・」
諦めた様にそれの入った容器のふたを取る。中には赤紫の液体が入っていた。それがアダルの飲むという決意を削ごうとする。アダルは徐ろに目を閉じて、それを口の所まで持って行く。口につけると、彼はごくごくと音を鳴らしながらドリンクを飲んでいく。
「本当に嫌いじゃ無いんだ」
その光景を目にして、呆けた様に呟くヴィリス。
「言ったろ。嫌いなのは見た目だ。味は大丈夫なんだよ」
容器から口を離し、そう訴える。
「でもさ。見た目が駄目だったら味も駄目な物じゃないの?」
不思議そうに首を傾げるヴィリスにアダルはエルスパを頬張りながら答える。
「鼻をつまめば嫌いな物でも食べられる奴はいるだろ。それと同じだ」
さすがに最初は味も駄目だったと彼は補足を付け加える。見た目な駄目な時点で、彼はそれを一切口にしようとはしない。それが大丈夫になったのは昔旅をしていたとき、どうしても腹が減っていたときだった。周りにはマジックオレンジの木しかなかった。腹が減っていたため、飛ぶ気力も彼には無かった。その当時のアダルは人間の姿になる事ができなかった。人から何かを買うことは出来ない。宝はあるが、向こうが化け物と言って応じてはくれないだろう。そう考えていた。意を決してアダルはその木よりマジックオレンジを一つ取った。食べられることは知っていた。それでも出来れば食べたくは無かった。しかし今はどうしても腹が減っている。このままだと襲われた時、対応出来るかどうか分からない。周りには襲ってくるような魔物の気配は感じ取った。そこでアダルはマジックオレンジの皮をはぎ始める。中身は外見以上に気色の悪い色をしている。そこでアダルは目を閉じて恐る恐る、それを口に近づけた。
「で、食べてみたらびっくりだったよ。思っていたより甘くて美味かったんだからな。見た目的に絶対苦いと思って居たんだが」
語り終えたアダルは「ははっ!」と声小さめに笑う。それを聞いていたヴィリスは疑問に思った事を口にした。
「そこまで嫌だったのによく食べる気になったね。周りにそれしか無かったからといって」
「その場から少し歩くと、少し強い魔物が跋扈していた。当時の俺じゃ万全の体調じゃ無いと倒せなかったんだよ。今でも思う。あの時娃マジックオレンジを食べておいて良かったってな」
「そこまで感謝する物だったら、好きになっている物じゃないの?」
彼女は何で今もあまり口にしないのか気になっていた。
「初見の嫌悪感が抜けきらないんだよ。おまえだってあるだろ? そういう食べ物」
「まあ、あるけど・・・」
歯切れ悪く答えるヴィリス。アダルはゆっくりとした動作で容器に口をつける。中に入ったマジックオレンジのドリンクを飲み干すと、彼は言葉を紡いだ。
「俺はそれがマジックオレンジだって話しだ」
言葉にしながら空になった容器にふたをし、もう何も入っていないことを確認してある紙袋に突っ込んだ。
「ああ、美味かった。久しぶりに食べるジャンクフードって良いな!」
腹をさすりながら腹一杯になった事を訴えるアダル。
「それなら良かったけど・・・・。ごめんね?」
「何がだ?」
突然の謝罪に思わずヴィリスの方に目をやる。どうやら彼女もエルスパを食べ終わっていたらしい。手にはブラッドグレープのドリンクが入った容器だけを持っている。
「ドリンクはもっと気を遣って選べば良かった」
反省した声音をする彼女にアダルは素っ気なさそうに言う。
「それは俺が駄目なのが問題だろ。お前が謝ることじゃない」
「そんな事より」と言いながらそっと立ち上がり、背伸びをするアダルは彼女の方に体を向け、手を差し伸べる。彼の行動を呆然と伺うヴィリスにアダルは言う。
「まだ紹介したい場所があるんだろ。引き続き案内を頼みよ」
少し恥ずかしそうだった彼の声。ヴィリスは笑みを浮べて、彼の手を取った。




