十二話 大広場
店を出て大通りを進むアダルとヴィリス。二人の手には店で買った者が入った袋が握られている。しかしその大きさは同じでは内。ヴィリスが持っているノは小さな小物が入っていそうな小袋一つ。大してアダルが持っているのは大袋四つだった。
「ごめんね? 私の分まで買って貰った上に持って貰っちゃって」
謙遜しつつお礼の言葉を口にするヴィリスにアダルは少し顔を背け彼女に返答する。
「別にいい。こういうとき払うのは男の義務で、重い物を持つのはマナーだからな」
恥ずかしそうに答えるその姿に微笑ましくなったヴィリスは「くすくす」と小さく笑う。
アダルは店で青年の選んだ衣装を全て買い取った。その際ヴィリスの服の分の代金も支払った。彼女は謙遜していたが、アダルは何も言わずに顔を背けたままそれを行なった。買った品はヴィリスのと合わせて十五品ほど。掛かった代金は十八万エダル。日本円で十八万円。
前世では一着一万の物が存在していたため、値段に不満を抱く事無く、アダルはその場で一括払いをした。
「明鳥くんってお金持ちだったんだね? どうやったの?」
ヴィリスは微笑みながら意地の悪そうな笑みを向ける。
「それ分かっていて聞いているだろ」
少し疲れた様な声で抗議するアダルにヴィリス頷く。
「もちろん分かっていて聞いているよ」
「じゃあ、言う必要無いだろ」
アダルがそれだけの大金を持っていた訳。それはごく簡単なことだった。幸いと言うか、準備が良いというか、離宮に過ごしている間に自身の持ってきた財宝を売った際に貰った代金の一部を持ってきていた。離宮で渡されていたそれは十回ほど人生を遊んで暮らせそうなほどの額だった。しかし離宮を出られないため、使う機会には恵まれなかった。使うなら郷ぐらいしか無いとアダルは悟り、それを持ってきていたのだ。
「まさか、服に消えるとは思って居なかったが」
しみじみと言った様子で服の入った袋に目を落とす。そもそもアダルが財宝を持ってきたのは自分と同じように転生した人物を探す際の資金の為だった。しかしそれはフラウドによってあっさり成し遂げられてしまった。結果持ってきた財宝は無駄になってしまった。持ち帰る事が出来ないほど緊急事態になっていたのと、元々渡すつもりだった事から引き取ってもらったのだ。
「まあ、言い買い物が出来たと思っておくよ」
「そういう所が明鳥の良いところだよね」
いまいち褒めているのか分からない言葉が返ってきて、アダルは複雑そうな表情をする。
「それで。今度はどこに行くんだ?」
その表情のまま、アダルは次の行き先を聞く。彼の言葉にヴィリスは期待ありげに笑みを浮べる。
「この先真っ直ぐ行った場所だよ」
漠然とした返答が返っている。これ以上何を言っても漠然とした物しかかえってこないであろうと、アダルは追求を諦める。
「今から行く場所は明鳥君も楽しめると思うから」
自信ありげに胸を張るヴィリスにアダルは問いかける。
「これから行く場所はそんなに面白いのか?」
「うん! 面白いよ」
言葉と共に振り返った彼女は怪しげに口角を上げている。
「そ、そうか」
彼女の表情に少し引いたアダルは、彼女に面白いと思わせる物が気になった。アダルはそれについて聞こうとした口を閉じた。彼女は事前のネタバレを良しとしない。聞いてもはぐらかされる結果は見えたから止めたのだ。彼女が面白いと思う物を見るには彼女についていくしかない。
「その場所までどのくらい掛かるんだ?」
必死に頭を巡らせて、彼女がギリギリ教えてくれそうな事を聞き出そうと為る。
「あと二分くらい歩いたら着くよ!」
アダルの思った通り、それは答えてくれた。だが、言葉が続かない。
「そうか。案外近い所にあるんだな。お前が髱シミにしている場所は」
アダルは周りに目を配り出す。ここから二分と言うことは目で見える所であろう。と言うことは彼女が見たい物はここからでも見えるはずである。そう考えた末の行動だった
「ふふっ」
ふと彼女から不吉な笑い声がアダルの耳に届く。彼はヴィリスの顔に目を向けると、案の定笑みを浮べている。
「そんなに気になるの?」
「・・・・・。ああ」
真っ直ぐな目でそう言われて、アダルはそう答えるしか無かった。
「ふふっ! じゃあ、特別にヒントを教えて上げるよ」
その発言にアダルは軽く驚いてみせる。
「な、なに?」
怪訝そうな表情をするヴィリスにアダルは口を開く。
「いや、意外だなって思った。お前がそういうことをするなんて」
前世からの付き合いでも、彼女が自ら答えを教えようとする行為を受けたことが内。彼女曰く、サプライズ感が無くなるからあまりやりたくないと語っていたのを聞いたこともあった。そんな彼女がその行為を自ら行なったのだ。驚いて見せても仕方の無いことだろう。
「意外って。別に私はやらないとは行ってないよ?あまりやりたいとは思わないし。けどね・・」
彼女は不意に立ち止まる。それに釣られるようにアダルも止まった。周りを見渡すと、そこはいくつもの通りが交差する大広間だった。ヴィリスはその中心にある噴水に目をやる。
「どうしても楽しめるところがどこなのか気になってしょうがない明鳥君には特別に一つだけヒントだけ教えて上げる」
そう言うと彼女はアダルに向き合って徐ろに指を下に向ける。
「ここがその場所だよ」
彼女の発言に思わず首を傾げる。確かにここは一定の人物からしたら楽しめるところであるだろう。周りには椅子があるし、噴水が近くにあるため涼しくもある。読書や休憩をする物からしたら居心地の良い場所であるだろ覆う。アダルも普段はそういう所を好む。しかし今は別だ。今日はこの街を楽しむために来ている。今はこの様な和やかな場所は求めていないのだ。彼女の言葉が理解できず、思わず溜息を吐きそうになった瞬間。肩にぶつかる物が現れた。
「あっ! すいません!」
一度頭を下げて、彼は人混みの中に消えていく。そこで彼はある違和感を覚えた。
「なんでこんなに人が多いんだ?」
確かにここはいくつもの通りと繋がっている交差点だ。普段も人通りが多いだろう。だが、ここまででは無いはずだ。大体の者は直ぐに他の通りに行ってしまう為、ここまで混雑することは無いはまず無い。アダルはそこで周りを見渡す。そこで初めて気付いた。彼らは意図的にこの場所へ集まってきたのだ。そこでアダルの中にある考えが芽生える。もしかしたら今からこの場所で・・・。
「何か催し物があるのか?」
独り言ちたつもりの言葉はその場に響き、ヴィリスの耳に届いた。
「正解だよ。明鳥くん」
その言葉で正気に戻ったアダルは彼女の顔に目を向ける。
「一体これから何が始まるんだ?」
首を傾げつつ呟くと、ヴィリスは何かに気付いたらしく噴水の方向に目をやった。
「じゃあ、答え合わせだね。あれを見て!」
促されるまま、その方向に目をやると、噴水の前で今から楽器を持って演奏をしそうな数人の人を見つける。演奏会でもするかと訝しげに見ていると、彼らは演奏を始める。彼らが奏でているのは陽気なポップの曲。ただ広場で演奏するだけでは物足りないと感じてしまう。
「始まるよ」
演奏が響く中、微かに聞えるヴィリスの声が何かが始まることをほのめかす。その場を目を離さずに見続ける。すると急に曲調が変る。それと同時演奏をしている彼らの前に突如上から奇妙な恰好をした四人ほどの人影が降ってくる。華麗に着地に成功した彼らの姿に歓声や賛辞の声が浴びせられた。彼らはそれを全身に受け止めるようにゆっくりとした動作で立ち上がり、同時のタイミングで頭を下げた。
「今回も我らテミヌス芸団の催しに来ていただき、誠に感謝いたします」
中央にいた一人が頭を上げると、アダルが目にしたのは白塗りの顔に赤や黄色と言った派手目の化粧をした三十手前の青年だった。そうその姿はまるで。
「ピエロ。だよな」
ヴィリスが楽しみにしており、自分が楽しめると言っていた物。それは旅芸人の体を張った催しだった。




