十一話 青年の意見
少しして青年が手にアダルの衣装を持って店の奥から返ってきた。
「とりあえず無難そうな物を選んでおいたわ」
アダルに向け無愛想な表情をしつつ、少し高圧的な物言いの言葉使いをする。その反応にヴィリスは苦笑いをし、アダルは先ほどの反応が相当駄目な物だったことを悟り、心の中で反省する。
「一応似合う物を選んだつもりだけど、試着する?」
「そうさせて貰う」
アダルの言葉に青年は眉を上げて、不愉快そうな表情を見せる。
「あたしのコーデに不満があるの?」
青年の言葉にヴィリスは慌てた様子で口を開こうとする。しかしその前に「そうじゃない」とアダルが口を開く。少し間を空けてしまいアダルに先手を譲ってしまう結果になった。彼の反応が気に入らない目を向ける青年にアダルは言葉をつづけた。
「サイズの問題とかあるだろ? そういう物を試したいから試着できるところではそうしたいんだ」
彼から返ってきた言葉に渋々と言った様子で「・・・・・それもそうね」と無愛想ながら納得を見せる青年を見て、ヴィリスは少し安心する。アダルはこれ以上彼を傷つけるような事はしないだろうと。
「じゃあ、ついてきて。試着室は店の奥にあるから」
そう言い残して彼は店の奥に進んでいく。それに付いていこうとした瞬間。アダルは彼女にだけ聞える声で言葉を漏らす。
「そう心配そうな表情でこっちを見るな。こっちが警戒されるんだぞ?」
それだけ言い残して、アダルは足早で彼についていく。彼女は自分では気づかなかったが、青年が戻ってきてからずっと心配そうな目をアダルに向けていたらしい。そのことで青年はアダルを警戒してしまっていた。ヴィリスはそれを自覚すると、恥ずかしい気持ちでいっぱいになった。彼女は心配していたのだ。アダルが何か余計な事を口にして、青年に警戒されるのではないかと。しかしそれは杞憂に終わった。むしろ青年がアダルを警戒為るようにしてしまったのは自分だった。そう考えると、とても居たたまれない気持ちになる。その場で少しの間立ち止まるが、直ぐに彼らのいる店の奥に足を進める。ここで立ち止まっていたら彼ら二人に失礼な事をしてしまう。その思いで足を進める。
歩いて数秒もしないうちに二人の姿を確認する。どうやらこれから試着室に入るようだった。
「これとこれよ」
相変わらずアダルに無愛想な表情をする青年はその表情のまま、値チャク質前にある肩ぐらいの高さの台の上に衣装を置こうとする。しかしその前にアダルは彼の手から衣装を奪う様に取り上げ、試着室に入っていく。
「態々選んでくれて感謝する」
そう言って、試着室の扉を閉める。彼の対応に呆けている青年にヴィリスは話し掛ける。
「ごめんね。少し遅れちゃって」
「・・・・・・。はっ! 別に気にしていないわよ」
彼女の声でやっと正気を取り戻した青年は慌てた様子で言い返す。その言葉にヴィリスは首を横に振ってもう一度謝る。
「君が気にしていなくても、私は気にするの。分かるでしょ? だから・・・・ね?」
そう謝罪の言葉を紡ぐ。それを見た青年は先ほどよりも慌てる。
「やめて頂戴。私は恩人に謝られることは何もしてないの。だから。ね?」
促されるまま頭を上げたヴィリスは苦笑いを浮べている。その表情を見てホッとしたのか、青年は息を吐く。
「彼。どうだった?」
彼女の口から紡がれた言葉に青年は即答することが出来ず、少し考える時間をおいた。
「まあ、私を差別した人達とは違うことは分かるわ。彼、私から直接受け取ったから」
これまでの経験上、客の大体が青年の手から直接受け取ろうとしなかった。そういう存在に触られることすら嫌がったためである。そのため、大体は先ほどの様に第二置いた物を大概の客は受け取っていた。しかしアダルは違った。彼は奪うようでは合ったが、ちゃんと青年の手から直接受け取ったのだ。いつもの様に対応しようとした青年は今までそのような対応をされた事が無かった青年が呆けていたのはそのせいだった。
「それに聖女様が連れてきた男だもの。差別だとかそういう物は嫌いだろうし」
彼の言葉にヴィリスは苦笑いをしつつ、ある疑問が頭に上がる。
「じゃあ、なんで警戒してたの?」
問いかけに青年は瞬時に口を開いた。
「見極める為かしら」
「何を?」
「聖女様に似合う男かどうか」
その言葉にヴィリスは顔を赤くした。それに気付きながらも青年は言葉をつづける。
「恩人が変な男に引っかかるなんて嫌だもの。だから私達は見極める必要があるのよ。貴方を幸せに出来るかどうかを」
耳に入った言葉にヴィリスの表情は固まる。直ぐにそれを悟らせまいと顔を俯ける。
「私にはその□なんて無いよ」
弱々しく呟かれた声は青年の耳に届く。しかし彼は何も言えない。自分は彼女に助けられたが、自分では彼女を助けられないと分かっているから。彼女の詳しい素性や生い立ちは青年はよく知らないのだ。彼女は何故か自分が幸せになる事を拒否しているのは以前から知っている。だがそれでもと言う気持ちがあるのだ。
「それでも貴方には幸せになって欲しいのよ。貴方に救われた側の勝手なわがままかも知れないけれど・・・」
彼の要求にヴィリスは頷くことが出来ない。自分にはその資格など無いと思っているのだ。過去に自分は兄姉を殺した。彼らがヴィリスの幸せを阻むかのように足を掴んでくる夢を何回も見た。それ故に彼女は思ってしまったのだ。自分は決して幸せになる子とは無いのだと。この夢のことは誰にも打ち明けていない。打ち明けたら周りのみんなが離れていくような感覚に陥っているのだ。
「ごめんね」
彼女の口から紡がれたのは拒絶の言葉。その言葉を耳にして、青年は諦めた様な表情を浮べる。
「なら、彼に期待するしか無いわね・・・・」
「なんて?」
呟いた言葉は哀愁を纏い、自分の耳にだけ届く。青年はあえて彼女に聞えないように呟いた。
「何でも無いわ」
そう言うと、彼は踵を返し店先に戻ろうとする。
「どこに行くの?」
「彼の服選びよ。あれだけじゃ心許ないでしょ。ついでに貴方のも選んできてあげる」
そう言い残すと、彼は服を選びに行く。タイミング良く、試着室の扉が開く音が聞える。
「何を話していたんだ?」
出て来たのは紺のジーンズのような素材のズボンと薄黄色のワイシャツの上に青のジャケット。首元から伸びるのは白っぽいネクタイをしており、手には白のラインが入った黒いハットを持っていた。その姿にヴィリスは見惚れていた。
「あら、さすがイケメン。何を着せても似合うわね!」
彼女の心の声を代弁するように青年が彼女の後ろから姿を現す。手にはアダル用の服とヴィリス用の衣装を数着持っていた。いくら何でも戻ってくるのが早過ぎるとヴィリスは思った。
「それはどうも」
そんな彼の声にアダルは素っ気ない反応を見せる。青年は訝しげな表情を見せる。
「その服。気に入らない?」
少し寂しそうに言葉を口にすると、アダルは「そうじゃない」と口にする。
「ただそういう分かりやすいお世辞を受け取らないだけだ」
「・・・。私お世辞なんと言ってないんだけど・・・」
きょとんとした顔をする青年の耳元に唇を近づけるヴィリス。
「彼、自分がイケメンだって気付いていないの」
青年はお頃いたように目を見開いて、アダルの顔に目をやる。
「なんだか、残念な彼ね」
「そうかもね」
青年の言葉にヴィリスは苦笑いをしながら肯定の言葉を述べる。
「それだけじゃ、生活に支障が出るでしょ? 一応他にも服を選んでみたけど・・・・」
「あんたセンス良いんだな。気に入った。選んだのは全部試着しよう」
そう言って、アダルは彼の手から衣装を取る。その時青年は「あっ」という間抜けな声を出す。彼が取ったのはヴィリス用の衣装だった。それを指摘しようとしたが時既に遅し
。その時には扉が閉じられていた。
「本当に残念な彼ね。聖女様を任せて大丈夫かしら?」
その言葉より数秒後、気まずそうな表情をしたアダルが扉より出て来て、間違えた衣装を返す姿があった。それを目にしたヴィリスの楽しそうな笑い声が店に響いたのだった。
 




