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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
第二章 海乱の軟体獣
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十話 服屋の青年

 アダルの手を引いていたヴィリスが突然足を止める。

「いっ!」

周りの景色を見ながら歩いていたアダルは彼女のその行為に気付かず足を進めた結果、肩を伸ばしてしまい、痛そうな声を上げる。

「大丈夫?」

「俺の不注意だ。問題無い」

 肩をさすりつつそう答えると、彼女が見ている店に目を向ける。

「まずはここかな?」

 息を吐くように口を開く彼女は、アダルから手を離して店に近づく。

「ここって服屋だよな?」

 彼女が近づく店の店頭にはいくつもの服を着た人型の模型が並んでおり、店の中には沢山の服がハンガーに掛けられていたり、綺麗に畳まれて積んである。よく前世で見た光景だ。こういう所はあっちもこっちも変らないんだなと感心するアダル。

「ほら、入って」

 彼女の声で正気に戻る。ヴィリスは店先で手招きしていた。それに招かれるように自然と中に足を進める。

「なんで最初が服屋なんだ?」

 不意に思いもしないことが口から出た。何故そんな事を口走ったのか自分でも分からない。為ると、彼女は振り向いてアダルの装いをなめ回すように見る。

「アダル君。これしか服持ってなさそうだし。折角だから他の服も持っていた方が良いかなって!」

 彼女の言い分にアダルは納得した表情を見せる。確かに自分はこれしか持っていない。自分が人間体になったときに羽根の一部で体型に合うように作った物。さすがに毎日寝る前に洗って清潔に保つように心がけているが、周りからは不潔に思われていたのかも知れない。

「すまん。気付かなくて。いままで不快に思っていんだな。だが、信じてくれ。これは毎日洗っていたんだ。」

 すこし落ち込んだ口調で彼女に謝罪する。言い訳がましい弁解も加えて。その行為に驚愕したヴィリスは慌てた様子で口を開く。

「ち、違うの! そうじゃなくて。別に汗臭いとか感じた事無いし。むしろ毎日洗剤のにおいが漂ってきていていた。不潔とか思った事は無いの!」

 彼女の発言にアダルは余計落ち込む様に肩を沈める。そう思っていたのだと彼は勝手に解釈したのだ。もちろんヴィリスはそんな事を思った事は一度もない。

「ただ、毎日洗濯ってそれだけで苦労するし。それだったら他の服を着ていた方が楽かなって」

 沈みそうな声で語りかけるヴィリスはアダルの肩に手を置いた。

「そう思ってここに来たの。それに明鳥君にもっと違う服も着て欲しかったし。前世も格好良かったけど、今はもっとかっこいい見た目しているんだから、おしゃれしないともったいないよ!」

「そういう物か?」

 肩を沈めていたアダルは疑問下に聞き返す。彼の言葉にヴィリスは笑みを浮べて、自信満々に返す。

「そういう物だよ!」

 言葉にしつつ彼女はアダルの背後に回り、中に押していく。

「いらっしゃいませ!」

 中に入ると、ドレッドヘアーで女性用の化粧をした二十代後半の青年が体をくねらせて待っていた。

「店長! 彼に合う洋服を選んで!」

 アダルの肩から顔を覗かせて目の前の青年に親しげに話駆ける。彼はヴィリスを見つけると「あら!」と歓喜した声を上げた。

「いらっしゃい、聖女様。今日はデート? いい男を捕まえたのね!」

 彼の見た目通りの口調にアダルは明らかに驚いてみせる。この世界は前世の世界ほど。いや、日本ほどその辺の自由を認めていない。それなのに彼はこの生き方を続けていることにアダルは驚いた。下手すれば監獄に行き、人格矯正されるかも知れないこの生き方に。彼の表情を見るなり、青年は警戒の表情を見せる。

「軽蔑してくれて結構よ。そういうのは慣れているから」

 寂しそうな表情を見せ、言葉を引き捨てる青年の表情を見てアダルは正気に戻り、首を振った。

「すまない。別に軽蔑した訳じゃ無い。ただ、生きにくいだろうって思っただけだ。俺自身にそういう差別に意識は全く無い。昔知り合いにあんたと似たような人がいたからな」

アダルの言葉に今一信用出来ない青年は警戒した面持ちで近づいてくる。

「店長、彼は大丈夫だよ。だからそんな警戒しないで。ね?」

 アダルの後ろにいたヴィリスは青年の様子に気付き、前に出て彼に優しい声で諭す。彼女の言葉を聞き、青年は少し警戒を解いた表情を見せる。

「まあ、聖女様がそう言うならそうなんでしょうね」

 まだアダルの言葉を信じ切れていないのか、青年は一定の距離を保つ。

「それで? 今日はどんな用件かしら?」

 青年の問いかけにヴィリスは少し安堵した面持ちになる。どうやら商売はしてくれるようだ。その問いかけにヴィリスは少し言葉を選んで返答する。

「実はさ。彼に洋服を選んで欲しいの。これしか洋服無いんだって」

 それを聞いた青年は一度アダルの方に目をやる。その眼差しにアダルは怯える事無く答える。それを見た青年は悟ったような目を見せる。

「分かったわ。彼に合う服を見繕ってくるわ」

 そう言うと彼はアダルの服を選ぶため店の奥に向った。後ろ姿が見えなくなった頃。アダルは彼の感想を口にしていた。

「まさかこっちでもあんな奴に会えるとは思わなかった。なんか懐かしくなったよ

 それを耳にしたヴィリスは疲れた様な声を出す。

「あんまり顔に出しちゃ駄目だよ。勘違いしちゃうからさ」

 その言葉にアダルは「すまん」と謝罪の言葉を口にする。

「だが、こっちじゃあ生きづらいだろうな」

「クリト王国はまだマシだよ。王来君が王様になったときからね」

 そうだろうなとアダルは小さく呟いた。

「時間を掛けたんだろうな」

「ざっと三十年くらい掛けてね。でもまだ抵抗はありみたいだけど」

 見たように語るヴィリスは言葉を続ける。

「あの子は元々大陸東部の国出身なの。だけど生まれつき自分の性別は女だと思って居たから迫害されてた」

「典型的な性同一性障害だな。そういう奴もいるのに、それを理解しようとしない。どこの世界行ってもそういう所は同じって訳だ」

 前世での知り合いも性同一性障害だった。その知り合いは彼の後輩だった。アダルは不意にその後輩の話を思い出す。後輩は性同一性障害のせいでいじめに遭ったと語っていた。結局そういう物に慣用的な日本でもそういういじめはあるのだ。それが障害だと知らないこの世界では異質な物として、迫害されるだろう。

「彼と会った時、彼は死を望んでいたの。だから私が連れ出して、この国に連れてきた。この国は他の国よりもマシだからって理由でね」

「ああ、だからか」

 彼のヴィリスを見る目は明らか自分とは違うとアダルは思っていた。強いて言うなら、慕っている目だ。何故そんな目を向けるのかアダルは分からなかった。別に自分に実害があるわけでは無いため、あえてそこは突っ込まなかった。その理由が分かりアダルは納得した表情を見せる。

「何がだからなの?」

 突然の変な呟きにヴィリスは不思議そうな表情を見せる。

「別に。ただ、お前が聖女って言われる由縁の一部が分かったと思ってな」

「なにそれ! 知りたい!」

 大きく言葉を発すると共にアダルの肩を掴む。

「常々思って居たの。なんで私が聖女って呼ばれるのかなって」

 どうやら自分では自覚していなかったらしい。自分がしたことでどれだけの人が感謝されているのかを。こういう鈍感な所は前世と変らない。人には短所も長所もある。それは一度転生したからと行って変る物では無いらしい。というか変われないのだろうとアダルは思った。彼女も自分も。それを考えると歯がゆくなる。

「自分で考えろ。鈍感」

 それを言われたヴィリスは目を見開き、彼の肩に置いていた手をどかして顔を背けた。

「明鳥君には言われたくないよ」

 その呟きは響く事無く、小さく消えてい


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