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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
第二章 海乱の軟体獣
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九話 王都クリウス

クリト王国王都クリウス。言わずと知れたクリト王国の首都である。作りは周りを城壁に覆われ、王城を中心として円を成す要塞型。当然ながら政府機関は王城近くに集中し、その周りを覆うように住人が住んでいる居住区や人通りの多い活気ある商店街区画。国が整備した公園や娯楽施設が引きめいている。

 そんないつものように活気ある声が飛び交っている人通りの多い商店街区画に普段見慣れない二人の姿があった。

「案内するならまずはここかな」

 そう活き活きと隣にいるアダルに説明するのはいつもと違う装いをしたヴィリスだった。スカート部分に花柄の刺繍が施されている白のマキシワンピに紫のカーディガンを羽織っている。彼女が前世で身につけていたような物だなとアダルは感想を思い描く。

「随分とう・・・。活気があるな」

 呆気にとられ、思わず本音を口にしようになった事に気付き、言葉を選びそう返す。彼の言葉にヴィリスは苦笑いを浮べる。辺りから聞えるのは店員による怒号のような客寄せの声。そう思われても仕方ないのかも知れない。

「確かにそう思うかもね。だけどここはこの国で一番品揃えが良いところなの。ここに来れば何でも揃うみたいな」

「なるほど」

 目を細めて商店街の風景を眺める。不思議と見覚えのある景色だった。

「で、どこに行くんだ?」

 直ぐにそれを止めるとアダルはその体勢横目で問いかける。ヴィリスは顎に手を宛てて少し悩む様な仕草をして、商店街に目をやる。

「少し静かなところでお昼までお茶でもする?」

 なんとも無難だなとアダルは思ったが、それは口にはしなかった。しかし顔には出ていたらしい。

「つまらないかな?」

 伺う顔はどこか悲しそうだった。それを目にしていたたまれなくなったアダルだったが、正直それではいつもと変らないと考えて、意を決して口を開く。

「俺はこの場所をよく知らないし、ここに来る機会も今後あまり無いだろう。だから少しでもこのクリウスの日常を見ておきたいんだ」

 彼の言葉にヴィリスは納得した表情を見せる。

「そうだよね。明鳥くんはここを良く知らないんだったよね。ごめんね。私それを考えていなかったの」

 そういうと、彼女はアダルの手首を握って歩き出す。

「じゃあ、行こう。ここは楽しい場所しか無いからさ」

 彼女に引っ張られるようにしてアダルも歩き出す。

「どこに行くか目星はついているのか?」

 彼女の咄嗟の行動にアダルは思わずそれを聞いた。彼の中では聞かなくても良いことだったが、何故か聞いてしまった。その問いかけにヴィリスはクスクスと笑う。

「ついてるよ。これから案内為る場所はどこも楽しい所だから」

 そうかと呟きアダルはただなすがまま引かれていった。

「ヴィリス」

「なあに? 明鳥くん?」

「そろそろ手を離してくれないか? ついていくだけだったら、必要無いだろ」

「えっ?」

 彼女は自分の手に目をやり、彼の手首を握っていることを確認する。

「ご、ごめん!」

 謝りながら手を離す彼女はその勢いのまま後ろに少し飛んでしまう。

「きゃっ!」

運悪くその場所には両手に買い物袋を持ったご婦人が通過中だった。彼女の体はご婦人の肩にぶつかり、その弾みで買い物袋を道に落とし中身を飛散させてしまった。

「ご、ごめんなさい! 怪我は無かったですか?」

 急いで屈み、飛散させてしまった中身を拾い出すヴィリスに屈んだご婦人が柔和な笑みを浮べる。

「大丈夫よ。それよりここは人通りが多いから気をつけてね?」

「は、はい! すいませんでした!」

 言葉を紡ぎながらヴィリスは袋に必死に物を詰め込もうとする。しかし落下した拍子に袋の底が破れてしまい、物を運べない。

「どうしよう」

「そんな事だろうと思った」

 そこに声を掛けてきたのは呆れた顔をしたアダルだった。彼の手には買い物袋がもたれており、徐ろにそれを彼女に渡す。

「ど、どうしてこれを?」

「そこの店で貰ったんだよ」

 良いながら彼は親指を店の方に向ける。指の先を見ると小太りの中年の男が困った様な笑みを浮べながら手を振っている。

「袋が道に落ちるのが見えたからな。あの衝撃じゃあ破けているかも知れないと思ってそこの店に行ったんだよ。そうしたらおっさんもその様子を見ていたらしくてな。簡単に袋をくれたよ」

「そうだったの? ありがとうございます」

 彼女のその態勢のまま男に頭を下げる。男は諭すような笑みを浮べて首を振った。

「まさか急にあんな行動をしてくるとは思わなかった。悪かったな」

 アダルは今貰った袋の中に物を入れるのを手伝いながら静かな声で謝る。

「私こそごめんね。あんな大げさに驚いちゃって」

 気まずそう表情を浮べるヴィリスは最後の一つを袋に入れると、そっと立ち上がってご婦人の手に丁寧に返す。

「本当にすいませんでした」

 渡し終えると彼女は勢い良く頭を下げる。それを眺めているご婦人は優しげな表情を見せる。

「今後気をつけるのよ? それと・・・・」

 ご婦人はゆっくりした所作で彼女の耳元に口を近づける。

「彼鈍感そうだから、手を握るくらいじゃ気付かないわよ。もっと大胆に行動しなくちゃ」

 彼女にだけ聞える声で囁くと、ご婦人はそっと耳から離れた。そのタイミングで頭を上げると、彼女の顔は仄かに赤くなっている。それを目にして、ご婦人は悪戯っぽい笑みを浮べる。

「頑張ってね? 聖女様」

 それだけ言い残すと彼女は足を進める。ヴィリスは彼女の後ろ姿を追いつつ、羞恥で顔を真っ赤にしていた。頭からは微かに湯気が立ち上っているのが分かる。ご婦人は自分の身元を分かっていた。その上行動まで見られていたのだ。意図せず行なった事とはいえ、それを見られてしまったことが恥ずかしくて仕方ない。彼女は悶々とした気持ちを抱えた。

「何を言われたんだ?」

「べ、別に何も!」

 横からのアダルの問いかけを無理やりはぐらかすと、彼女は彼の手を握る。先ほどのご婦人の意見を早速取り入れようとしたヴィリスだったが、今の彼女に出来るのはこれくらいだった。その行動を不思議に思うアダルは首を傾げる。

「ただの案内だったら別に手を握る必要は無いんじゃ無いか?」

 正論の意見が彼から飛んでくる。彼女は瞬時に彼が納得する答えを出そうと頭をフル回転させる。

「こ、ここは人通りが多いし。はぐれないためにはこうした方が良いよ!」

 割と言い返しが出来たと自分でも褒めてやりたいと内心で自画自賛する。その返答にアダルは納得したような表情を見せる。

「確かに、その方が合理的だな・・・・。ん?」

 呟きつつ、新たな課題が頭を過ぎる。それは・・・

「でも、良いのか? 傍から見たら恋人みたいに見えるとおもうが。お前は結構有名人らしいからそういうのは見られて平気なのか? 何か勘違いされないか?」

「こ、恋人!」

 その言葉に一瞬頭がショート仕掛けたが、なんとか持て直して、言葉を紡ぐ。

「思いたい人には思わせておけば良いんだよ。それに私はそれ程有名人って言われても名前だけ売れて、顔は知られてないから」

「そういうもんか?」

「そういうものなの。それよりさ、行こう? ただここで立っているだけじゃ迷惑だし。目立つよ」

 顔を赤らめつつ、そう言うとアダルは頷いた。

「さっきみたいに突飛な行動をして周りの人に迷惑を掛けないでくれよ?」

 何故かその言葉が自然と口から出る。その言葉に反応するヴィリスは顔を背けル。

「意地悪」

「そうかもな」

 会話繰り返しつつ、二人は足を進める。今度は先ほどの様なヴィリス先行では無く、肩を並べながら。


しばらくこんなのが続きます。

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