七話 朝食
それからに時間ほど経ちアダルは地下一階にある食事の間に訪れていた。
「あら、いらっしゃい」
入るなり、カウンターを拭いていたメイド服を身につけているユリハが無表情のまま挨拶をいう。
「いつも思うが、少しは愛想を良くしたらどうだ?」
アダルはゆっくりとカウンターに近づきながら抑揚が少ない声を発する。それを聞き、ユリハは呆れた様な表情を顔に貼り付けさせる。
「あんたにだけは言われたくないわ。しけた面子供に見せてしなさい。十中八九泣き出すわよ」
嫌味風に言葉を吐き捨てるユリハ。アダルは少し自分の行いを振り返りつつ言葉を返す。
「子供の前では愛想を良くしている。・・・・・・・・つもりだ」
過去を振り返りそうだと確信しようとしたが、逆に不安に成り、言葉を濁すアダルは肩をすくめて言葉を続けた。
「昔を知っている奴に愛想を振りまくのは俺の趣味じゃない」
「それは同意見。だから私は、貴方に何かを言われる筋合いじゃない」
言葉を言い終えると、彼女は手に持った布巾をカウンター下に仕舞い、その両手をカウンターに置いた。
「それで。今日は何を食べたいの? そのために来たのでしょう?」
何でも作れると言い張る彼女らしい聞き方だ。その実力を知るアダルは腹の調子と気分で考えた末の朝食を口にした。
「昨日は結構重たい物ばかり食べたからな。あっさりした焼き魚とお茶漬けをくれ。あと適当にその二つに合う物を」
アダルの言葉に一瞬顔をムッとさせるユリハ。適当に合う物という言葉が気に入らないのであろうと、アダルは直ぐに察せられた。しかし彼女は昨日アダルが国王エドールのもてなし受けたことも知っており、それ以上は言及はしなかった
「分かったわ。直ぐに作るから」
それを言い捨てると、直ぐに頷きカウンター奥の厨房に入っていく。それを見届けるとカウンターに一番近い席に腰を降ろして、それが来るのを待つ。今日の分だと時間的に十分程度。その間部屋から持ってきた暇つぶしで読んでいた本を開く。この本はここに来てから何回か読み内容を知っているため流し読みをしている。そんな事をしていると、扉が開く音がアダルの耳に届く。この時間にここに訪れるのはフラウドかヴィリスのどちらかだと知っているアダルは目線を字面に向けたまま、誰が来たかは確認しなかった。足音がアダルの方に近づいてくる。いや、この場合はカウンターに近づいていると言った方が良いのだろう。そのア足音とある句スピードで来たのが男だと察したアダルは自然とフラウドが来たのだと分かった。
「ユリハ。煮魚定食を頼む」
「分かったわ。少し時間掛かるけど待っていて頂戴」
アダルの推察通り足音の正体のフラウドは煮魚定食を頼むとその足でアダルの方に近づく。
「昨日はお疲れだったな」
少し馬鹿にするような口調で話駆けてくるフラウドに、アダルは本を閉じて彼に溜息を見せた。
「本当にお疲れだよ。何だよ、あの謁見の間の時間。いらないだろ」
言葉を吐き捨てつつ、頬杖をする。それを目にして、フラウドは少し苦い表情をする。
「許せ。一応仕来りだ。そういう形式的な物は残していかないと行けないからな」
口を動かしつつ、彼はアダルの正面の席に腰を下ろした。
「まあ、警戒されても仕方が無いことだと思うけどな。少し兵が多すぎるから緊張した」
「ははっ! そうだったな。お前、人が多い場所に行くと緊張するんだったな」
昔を思い出した様に笑うフラウドにアダルは肯定で頷いた。それを目にした彼は懐かしむ様に言葉をつなげた。
「だが、それは心の面だろ? 表には出さないからな。お前は」
「どうだか。今回は出たかも知れないぞ? 何せ、数人の兵士がまるで敵を見るような視線を浴びせてくるんだからな」
少し疲れた様にその言葉を口から吐く。それを聞いたフラウドは愉快そうに鼻を鳴らす。
「それは違う理由でだろう」
つまらなそうに断言する。彼が何を言いたいのか分からないアダルは思わず眉を顰める。
「どういう意味だ?」
訪ねずにはいられずそれを口にすると、フラウドは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「エドールはお前の態度を咎めないと最初に言った。それなのに睨みを効かせて来るのは明らかに別の理由があるからだろう」
「別の理由。猪王を撃退したこと。とか?」
不真面目な口ぶりで半笑い気味に口にする。フラウドは彼の言葉を聞き、疲れた様に溜息を吐く。
「そこまで馬鹿らしい訳のはずがないか」
彼の反応からして自分が見当違いな事を発したのを呆れていると感じたアダルは、冗談風な片付け方をする。
「いや、それであってる」
しかし彼から返ってきた言葉にアダルは一度目を見開き、その後乾いた声を溢す。
「それは・・・・。なんで?」
自分はこの国の要請で猪王を退治した。それなのに何故あのような目を向けられないと行けないのか、アダルは聞き返す。
「一部にはいるんだよ。俺たち王族の考えが分からず、自分たちで猪王を討伐出来たと言い張るような馬鹿が」
心底呆れた様な表情の言葉からは微妙な疲れが零れていた。それを見て、アダルはただ苦笑いをするしかなかった。
「全く。呆れる所か逆に笑えてくる。どこでそんな自信を身につけたんだってな」
言い収まらないフラウドはさらに小言を口にして、手で顔を覆う。
「まあ、そんな奴が数人いたって、それを宥める優秀な奴の方が多いんだろ?」
「そうじゃなかったら今頃この国は崩壊している」
さすがに言い過ぎじゃないかとアダルは一瞬思ったが、過去にそのように血気盛んな者達が多かった国が滅びたのを旅していたときに見たことがあるアダルはそれを口には出さなかった。
「全く。自分たちだけで猪王を倒せたと言い張る奴等は分かっているのかと正気を疑う。俺たち人は所詮数が取り柄だけの矮小な存在だ。それなのに驕ってどうする」
「その辺にしておけ。これ以上勝手にストレスを作るのは良くない」
優しい言葉を諭すと、フラウドは大きく息を吐いた。
「そうだな。止めておく」
「あんた達。注文した品出来たよ」
調度そのタイミングで料理が完成したらしく、二人は腰を上げカウンターに足を進めた。
「はいこっちが煮魚定食。今日は昨日上がり、冷凍した物で作った。で、こっちがお茶漬けと焼き魚。それにほうれん草とベーコンの和え物と卵焼きをつけといたから」
「ありがとう」
「いつも世話になるな」
各々で礼の言葉を口にして、朝食の乗ったトレイを手にして、先ほど座っていた席に腰を下ろす。
「それで、今日は何かする予定でもあるのか?」
煮魚をほぐしながら、何気なく訪ねる。その返答にアダルはまず首を振る。
「特には決めていない。また何時奴等が仕掛けてくるか分からないからな。今日も体を動かそうくらいしか考えていなかった」
「そうか」
ほぐした魚の身を口にして、炊きたてである事をうかがわせる湯気を放った米を口に含む。それを飲み込むとフラウドは言葉をつづけた。
「それなら街にでも行ってみたらどうだ? 少しは暇を潰せるんじゃないか?」
彼のその発言に少し驚くアダルは僅かに目を見開いた。
「良いのか?」
「言いに決まっているだろ。むしろ今までここに缶詰にしていたんだ。息抜きをしてこい。案内にヴィリスでも連れて」
彼は含みのある笑みを見せる。調度そのタイミングで扉が開く音が響いた。
「おはよう。明鳥君。王来君。今日も良い天気だね」
タイミングを見計らったかのように、現れた彼女は笑顔で挨拶をしたのだった。




