六話 朝の時間
時刻は午前の六時。まだ日の影響が少なく、温度が上がりきらない時間。アダルは自室にて起床を果たす。
「・・・・・」
徐ろに体を起こし、ぼやけた目の焦点を合わせると、彼は寝台から降りて窓辺に近づき、それを解放する。少し肌寒い風がいの一番に彼の体に辺り、それから部屋に入ってくる。
「ふ、あああぁぁ!」
大きな欠伸が彼の耳に響く。それをし終わると、彼の表情は寝ぼけた物では無く、いつもと変らないものになっていた。これはこの城に来てから続けている起床後に行なっているルーティーンの様な物だ。これをする事で眠気が覚めるという事がここに来てから分かった。他にも数個違う物を試した物の、アダルにはさして効果が無かった。そのため彼は毎朝これを必ず行なうようにして眠気を覚ましているのだ。
「今日も良い天気だ・・・」
彼は窓際に肘をおいて、空に目をやる。未だ天高く上っていない太陽と澄み切った雲一つ無い青い空。それを眺めて、ゆっくりと頬が緩んでいく。それを自覚しつつも彼は表情を引き締めるはしなかった。その目線をゆっくりと降ろし、城下町に向ける。灰色のレンガの外壁に赤い屋根の家屋が眼下一面に広がる。前世でみた写真の西洋の景色に似ている。アダルまるで自分が外国に来た感覚に陥り、苦笑いをする。
「まあ、実際に来ているんだが、一度死んでから」
自嘲気味に言葉を吐いて、徐ろに窓際に背を向ける。
「未練がましい」
不意にその言葉が吐き出される。その声音は恐ろしく冷たい物だった。彼の中ではもう前世の件は決着がついている。それなのに今更掘り返しても馬鹿らしいだけである。それなのに何故今更思い出してしまっているのだろう。その考えが頭を巡る。
「馬鹿らしい」
そう言いつつ、彼は部屋に備え付けられているソファに腰を掛けた。起きてそれ程時間が経っていない為、外の景色は未だに変らない。しかし、他の人達も起き始めている事は察することが出来た。先ほどまで静寂に包まれていたこの離宮が徐々に騒がしくなってきたのだ。窓を開けているため、外の音が入ってくる。その中で最も一番聞えてくるのは足音。きっとこの離宮周りの掃除を命じられたメイド達が駆け足でここに向ってきている際に鳴る足音だろう。彼の勝手な印象だが、ここに勤めるメイド達は皆慎ましさをわきまえている印象がある。そのメイドが走って良いのだろうかと思うが、遅刻しそうならば仕方が無いことかとアダルは片付け、そっと目を閉じる。
「さて、今日は何をするか・・・」
眠気は先ほど朝風に当った事で完全に覚めた。彼が目を閉じたのは本日の予定を
どうするか決めるためだった。昨日の謁見ではそれ程疲れたという感覚には襲われなく済んだ。多分エドールが気を遣ってくれたのだろうと察することが出来た。そのためいつも通りの時間に目覚めたのだ。そんな事を考えていると、昨日の事が芋づる式に思い出されてきた。
『ならば、私達は貴方に課せられたその重りを少しでも軽く出来るように努力する事を誓いましょう』
エドールの声が脳内で再生され、アダルは愉快そうに鼻を鳴らす。
『何も貴方ばかりがその重りを背負っていくことはありません。何故ならそれは本来国民を守れなかった我ら王族が背負うべき責務です』
「お前は現国王なんだからこれ以上背負わなくていいだろ」
少し馬鹿に為るような口ぶりで彼の意いった言葉にツッコミを入れる。すると、次の言葉が再生された。
『せめてその重り、私に半分分けてください。私も一緒にその重りを背負いましょう』
「・・・・・・」
その言葉が再生されると、アダルはそっと瞼を開いた。その顔つきは少し弱々しい物だった。
「今回の件。全部俺のせいにすれば楽だろうに・・・・」
その言葉はとても甘美なにおいを漂わせた。それはアダルにしか感じなかった物だった。何せ、エドールは百%善意でいっているのだ。しかし彼は知っている。これを了承したら、自分は弱くなってしまう。そんな予感がした。しかしエドールのいうことを無下にする事は出来ない。それにどうせ自分が断ってもエドールは勝手に背負いに来るだろう。そう考えて、その時アダルはその返答を応えることが出来なかった。王族だから、国民を守る立場だから。それを出来なかったからと言って、それを背負う事は無いとアダルは考えている。王族とは進歩の象徴だ。彼らは常に国民を導いていればいい。この様な余計な重りなどそれには邪魔でしかない。その考えが会って、彼は今回の責任を一人で背負おうとしていたのだ。それなのにアダルの意図など察してくれずにエドールは自分も半分背負うと口にした。
「こういう所を察してくれない所は似てないな・・・」
似てないの対象につかったのは、もちろんフラウドだった。アダルと前世から。しかも幼少期から一緒の彼はこういうとき、黙ってコチラの意志を尊重してくれる。
「まあ、似ていなくても当然か。考えが全く一緒の人間なんて存在しないんだからな」
そこが面白い所なのだと、アダルは結論を着ける。
「どっちにしろ、彼奴も頑固そうだからな。勝手に背負ってしまうんだろうな」
言葉を言い終えると、彼は溜息を吐く。それは不安だった。エドールはまだ若い国王だ。そんな彼が今回の猪王襲撃で街一つ壊滅させた件で¥の半分の重りを背負っていく。それが徐々に重くなり、やがて彼を押しつぶしてしまわないかというのが、心配だった。
「他人のシンナぴなんてしている場合じゃないよな・・・・」
しかし、それが直ぐに自分に返ってくるブーメランだということを悟り、それを考える事を止めた。自分も言えた立場ではないと言うことを思いだしたのだ。と言うより、人の命を犠牲にしたという経験を嘗てもした事があるアダルは今回エドールガ背負った重りよりも遙かに重い。それに自分が押しつぶされないか。それを不安に成る。
「・・・・・大丈夫だ。まだ背負える」
確認するように胸に手を宛て、瞳を閉じる。瞼裏に移る嘗ての犠牲の光景を思い出しつつ、そう唱える。その姿は一見自分を戒めているようにも見える。それを言い終えると、彼は瞳を開けて肩の調子を確かめるように回す。
「体も大丈夫。まだ限界は来てないか・・」
少し安堵するように息を吐き、ソファの背もたれに体重を掛ける。その目線は時計を見ている。時刻はまだ六時十八分。食事の間は大体二十四時間開いているが、今行くのは早すぎる。その間何をしようか迷いだす。
「その前に顔でも洗うか」
迷うのはそれからだと呟き、この客室に備え付けられている洗面台のある部屋に向い、顔と歯を磨く。顔を洗い終えると彼は自分の顔を鏡で見る。前世と変らぬ顔つき。変ったのは髪色くらいでその他は全く変らない。それがどうしてなのかフラウドも分からないと言っていた。今まで不思議と何も思わなかったが、今に成って気になり出す。それはきっと今暇を持て余してしまっているからであろうと結論をつけ、タオルで顔についた水滴を拭い、その場から出た。彼が足を進めた先は先ほど座っていたソファ。彼は再び先ほどと同じ場所に腰掛けて、暇を弄ぶように目を瞑り瞑想を始める。
「暇だ・・・・」
その声が虚しく部屋に響く。




