五話 贖罪
食事が用意されているもてなしの間は謁見の間から歩いて一分ほどの近場に設けられている。これはあまり賓客を歩かせないためにこの城を作った国王が気を利かせた為である。そこまで気を利かせるのだったら謁見の間の隣にもてなしの間を作ればいいのだが。
それはさておき。三人はもてなしの間に着き、中に入る。室内は全面に白い大理石を敷き詰め、壁には有名な画家が描いたであろう絵画がいくつも掲げられている。天井にはこれまで見た部屋動揺にステンドガラスが張られていた。毎回アダルはこの様な部屋を見て趣味が悪いと思ってしまう。
「アダル殿。どうぞ、おかけになり楽にしてください」
カトレアが柔和な笑みを浮べ、座るように促す。アダルは彼女の言葉に従うように部屋の中央のガラスで出来ているであろう透明なテーブルと椅子に目をやり、椅子が一つしかない方に足を進め、その席に座る。対面する場所には椅子が二つあり、そこにはエドールとカトレアが座る。
「それでは改めて、このたびは我々の要請に応えてくれた件。並びに猪王を退治していただいた件。誠にありがとうございます。貴方様のおかげで我が国は大きな被害がなくて済みました」
言葉と共に彼は頭を下げる。それに倣うようにカトレアも頭を下げた。
「そう何度も頭を下げなくてもいい」
この光景を目にして、アダルは複雑そうな表情を浮べる。彼の言葉を耳にして、エドールは頭を上げて、口を開く。
「しかし、今回の件。コチラは貴方のお陰で被害が少なく済んだのです。何回でも頭を下げなくては失礼に当ります」
エドールの言い分に、アダルは益々複雑そうに顔を歪める。
「そうはいってもな。俺は街一つを守れなかった。罵倒こそ受け入れるが、なんでお礼を言われなきゃ成らない。それこそ、あの街に住んでいた奴等の親族に失礼だろ」
彼がお礼の言葉を聞いても複雑な表情をしていた理由はこれだった。彼は猪王襲撃で街守れなかった事を悔いているのだ。その想いがあって、国王であるエドールの言葉を受けても素直に喜べない。
「アダル殿は優しい御方なのですね」
優しい口調でカトレアは問いかけてくる。その返答にアダルは首を振り否定した。
「それは違う。俺は優しいんじゃなくて、ただ非情になれなくて自分を追い込んでしまう面倒な奴なんだ」
一度そこで言葉を句切り、指を組んだ手をテーブルにのせる。
「今回の襲来。少なからず犠牲が必要だという事は分かっていた。そうした方がいち早く猪王の行方が分かるからな」
「何事も人が情報を得るには人の目と耳が必要ですからね。」
彼の言葉に賛同するようにエドールは言葉を挟む。
「そうだ。だからそれは今回の件でも数人の犠牲は覚悟はしていた。それが軍人か、密偵か。はたまた民間人か。誰かは分からないが、必ず命を落とすんだろうってな」
彼の言葉は段々と沈んでいく。その言葉にカトレアは悲しそうな表情をする。
「そのことに罪悪感は感じなかったのですか?」
思わずその言葉が口に出た。彼女は自分が何を言ったのか理解したのか、直ぐに口を塞ぐ。何でその言葉が出たのかズ分でも分からなく、彼女はアダルに目をやり、怯えるように体を震えさせた。アダルはそんな彼女の様子を伺い、乾いた笑い声を出す。
「そう怖がるな。今はこんな成りだが、元は人間だ。性格まで化け物には成ってない」
宥めるような優しい声で彼女に言い聞かせる。その声を聞き、少しは落ち着きを取り戻せたのか、カトレアは体の震えを止めた。それを見届けると、アダルは彼女に笑みを向け、自分の手元に目をやる。
「罪悪感は感じた。当然だ。名前も顔も知らない人が、自分のせいで死ぬかもしれないんだからな」
その声は乾いた物だった。それは、無力感に苛まれた時に発せられる声だ。
「それのせいで夜も寝れない時もあった。その時は昼間に修練上に閉じこもって無理やり体を疲れさせた。夜に成り夕飯を食べるとその後は気絶するように眠るだけだからな」
その言葉がもてなしの間に響く。当然、二人の耳にも届いた。アダルは言葉を続けようとするが、それを遮る様にカトレアが言葉を挟む。
「貴方はこの国の国民ではありません。そこまで背負わなくても良いのですよ。しかし何故、その重りを背負おうとするのですか?」
その言葉はすらすらと口から紡がれた。先ほどまで彼に恐怖を抱いていたとは思えないほどに。アダルは彼女に顔を向けると、先ほどの様に恐怖交じりの張り付いた笑みはなく、ただ不思議そうに眉を顰めている。
「何でだろうな。それが礼儀だと思ったんだろうな」
彼の口から紡がれた言葉は曖昧な物だった。自分でも良く分からないまま背負っていたのだろう。それが重りになっている事も気付かずに。
「そういうことでいうと、今回我々は貴方にとてつもない重りを背負わせてしまったのですね」
少し沈んだ声でエドールはアダルにそう問いかけた。その返答にアダルはまず溜息を吐き、言葉を紡ぐ。
「災害において、予想なんて物は常に上回る物だ。実際に起ってみない事には何も分からない。今回もその例が当てはまってしまった」
そこからアダルの声は驚く程沈んだ。
「俺はあの街の人々を守れなかった。その事実が眠りから覚めた後に痛いほど背中にのし掛った」
自分から背負い込んだ物だ。当事者たちに何を言われようと決して降ろすことの出来ない重り。
「そこまで背負わなくても良いのですよ? その重りは全て我々王族が背負うべき物です。この国を救っていただいた貴方が背負うべきものではありません」
心配してくれているのか、カトレアは諭すように優しい声で語りかける。しかしその言葉にアダルは首を横に振り拒否した。
「これは俺が背負わなければ成らない重りだ。ここで降ろしてしまったら、俺は守れなかった人々に会わせる顔がない」
これは戒めと贖罪だ。これ以上この世界で同じ様な被害を出さないために、これまで以上に迅速に行動できるようにするための戒めであり、守れなかった者達への決意を表した贖罪の言葉。
「貴方の考えは分かりました。その重りをこれからも背負われるという意志も」
神妙な顔つきで言葉を紡ぐエドールはその視線をアダルに向け言葉をつづける。
「ならば、私達は貴方に課せられたその重りを少しでも軽く出来るように努力する事を誓いましょう」
「軽くする?」
その言葉にアダルは引っかかった。彼は何を言っているのだろうと理解出来なかった。それを表情に表していたアダルにエドールは言葉をつづける。
「何も貴方ばかりがその重りを背負っていくことはありません。何故ならそれは本来国民を守れなかった我ら王族が背負うべき責務です」
彼の言い分はもっともだ。王族は全ての責任を背負う存在。それなら今回の犠牲の責任も王族が背負うべき物だった。しかしアダルの言い分は全て自分で背負うと言う物だった。得ドールはそんなアダルの意志を尊重したいと思ったが、それは決して出来ない。自分は王族なのだから。それをしたら自分は責任逃れをしてしまう。せめて出来る事。それは。
「せめてその重り、私に半分分けてください。私も一緒にその重りを背負いましょう」




