五話 村にて
村に着いた二人は魔物を換金する為に、換金所に来ていた。
「これはどれくらいで売れる?」
受付台に無造作に魔物を置き、本題を口にする。受付の向こう側に本を片手に座っていた眼鏡をかけた十代後半の町娘が一瞬だけ迷惑そうにアダルを眺め、そのあと受付台の上の物に目を向けた。少女はそれを見るなりため息を吐き、アダルに鋭い視線を向ける。
「何? お客なの? ったく。お父さん! お客さんだよ!! 換金の!」
彼女は受付台の向こうにある扉の向って大声で呼びかける。するとそこからドタバタと音が聞こえ始める。
「お、お客というのは本当か?」」
中から壮年の割路小柄な男が勢いよく飛び出し、少女の肩を掴んで揺らしながら問いただす。
「ほ、本当だってば! それよりも揺らさないでよ。本が落ちるから。それにお客の前でみっともないから止めて」
迷惑そうにこちらに眼差しを向ける少女。それに釣られるように小柄の男は』こちらに目を向ける。
「! 大変お見苦しい所を見せてしまい申し訳ありません。何分換金のお客は久々でして、いささか舞い上がってしまいました」
こちらに気付いた男は恥ずかしそうに頭を下げた。それを眺めた少女は疲れた顔をして無言で扉の奥に消えていった。
「これを換金したいんだが」
男に向い、再び本題を切り出す。彼は受付台の上のにある物に目を向ける。
「こ、これは!」
瞬間、彼の目が輝き出した。
「これは魔物の四季猪ではないですか。大森林にしか生息せず、獰猛な上、百を超える群れをなすために捕獲は難しいとされる魔物。それでも肉の臭みを感じさせない上質な肉が取れるという高級食材じゃないですか!」
男は肉の周りを回りながら楽しげに吟味していく。そんな彼に若干引きながらアダルは問うた。
「どのくらいで売れる?」
アダルの問いかけに男は勢いよく背筋を伸ばす。受付台の引き出しからそろばんを軽快に弾いていく。
「えっとですね・・・・・。大体一匹五万エダルだとして、ここには四体ほどありますから、二十エダルに成ります。はい!」
「そんなに成るのか・・・・・・。今すぐ金は用意出来るのか」
そんな疑問を投げかけると男は微笑みを返してくる。
「ええ、出来ますとも。そのための換金所でございます故」
「だけど先程、可笑しな事を言ってませんでしたか? 換金の客が来るのは久しぶりだと」
ユギルが聞きにくい事をずばりと言うと、男は恥ずかしそうに頭を掻いた。
「誠に恥ずかしいのですが、何分辺境の村でして。誰もここに換金には来ないのです」
落ち込んだ口調で口にしていく男は一瞬暗い顔をした。
「それで、苦し紛れでここの奥を使って小料理屋を始めたのですが、それが想いの他評判が良く、それで生計を立てていたらいつの間にか小料理屋がメインに成ってしまったのです」
「じゃあ、換金は出来ないのか?」
その発言を聞いた男は慌てた様に首と手を振る。
「滅相もございません。自分もこのままではいけないと思っていたとこでありますし、何よりあなた方が持ってきたのは食材。それも高級食材でございます。換金所の主として、そして小料理屋の店主としてこれを見逃す手はないと考えます」
活き活きと喋る男はアダルの手を包み込むように握った。
「これはうちで買い取らせていただきます」
アダルはこれで意図せずそれなりの大金が手に入ったのだった。
魔物を売り払ったアルダ達は換金所の置くにある小料理屋を訪れていた。なんでも男が「四季猪を譲ってくれたお礼にこの肉でおもてなしさせてください」と行ってくれた。丁度それなりに空腹を感じていた二人は断る理由も無く、そのまま置くに連れ込まれた。
「それなりに小料理屋になってんな」
そのまま進んだ先にはちゃんと食事ができる設備がなされていた。円状になった大きめの食卓があり、その周りを囲むように椅子が配置され、そこにポツリポツリと座っている人影が確認出来る。食卓の真ん中には調理場があり、料理人がいそいそと食事を作っている。
「最早これを小料理屋ではなく、普通の料理店ではないでしょうか」
不意に口走るユギルにアダルはただ、頷きを返す。
「それでは調理を始めますので、しばし談笑でお過ごしください」
そういうと男は四季猪の解体を始める。それを珍しらしそうにユギルは眺めていた。
「見たことないのか? 魔物の解体は」
ふとそんなことを口にすると彼ははずかしそうに顔を歪ませる。
「恥ずかしながら王城からあまり出ない生活をしていたので・・・。アダル様は見たことあるのですか? こういう動物やら魔物の解体は」
首を傾げて訪ねてくるユギル。アダルはそれを解体する四季猪にどこか懐かしげな目を向けながら答えた。
「百三十年くらい前に旅路で何回か見た。主に木の上からだったが」
口にしながら彼は両肘を食卓に乗せ、それにと言葉を続けた。
「前世でも見たことがあったからな。別に珍しがる事じゃないしな」
言葉にした彼の目には若干の憂いを感じさせた。しかしそのことにユギル気付かず、ただ関心して解体の様子を眺めていた。
「もうすぐ出来ますので少々お持ちくださいな!」
しばらく時が経ち、解体し終わったタイミングで男が意気の良い声でそう口にする。気がつけばアダル達の他にも客が存在して、皆が酒を飲みながら盛り上がっている様子だった。
「いい村なんだな」
口角を上げながら溢すように呟き、男の顔を見た。
「ええ、おかげさまでね!」
彼は楽しげな笑みを浮かべ、鍋を振りながら返答する。この空間が心地良いとアダルは感じていた。そこで彼は決意したように言葉を溢す。
「今日はこの村に泊まる事にするよ」
「ありがとうございます。ならこの村の名物も食べていってください」
そういうと、男はアルダ達の前に大皿を二つ並べた。
「おいしそうですね!」
「そうだな。いただくとしようか」
そういい、彼らは徐ろにフォークを手に持ち、大皿にのった料理を口にした。
すっかり夜になったその頃、ある男が目を覚ました。
「くそ、偉い目に遭ったぜ・・」
言葉にしたのは昼間アルダの威圧によって気を失った盗賊だった。彼はその後数時間その場で倒れ続け、今かた目が覚めたのである。
「おい、いつまで寝ているんだ! さっさと起きやがれ!」
盗賊は大声で周りで眠っている者達に怒号を浴びせる。
「く、クソが!」
その怒号に応じる様に、一人。また一人と目を覚まし、立ち上がる。
「なんだよ、あいつは。化け物か?」
その中の一人が弱ったように呟く。その言葉を聴いて盗賊は笑った。
「確かに違えねえな!」
「お頭! 笑い事ではありやせんぜ? これじゃあ悪名高い我らコウゼツ盗賊団の名に泥を塗る結果になりやす!」
一人が忠告を盗賊に言い聞かせる。すると彼の顔つきがえみから怒りに変わった。
「そんなのは分かってんだよ! クズ共!」
叫び散らす盗賊は怒りに染まった狂った目つきで村の方を眺める。
「あいつは絶対俺が殺す。このコウゼツ様を舐めたツケは高えぞ!」
彼は呟く様に口にすると、村とは反対の方角に足を進めた。
「お頭!」
「どこに行こうって言うんですかい?」
取り巻きが混乱した目でコウゼツと名乗る盗賊の動向を探った。すると彼は狂った様な笑みを浮かべて振り返る。
「決まってんだろ! あの村を襲う為の準備をするんだよ」
それだけ伝えると彼は再び足を進めた。
「野郎共! もたもたするんじゃねえ! 決行は早朝だ! 俺たちの恐怖をあの村に刻み混んでやるぞ!」
「「「「「「おおおおお!!!!!!」」」」」」
盗賊達の叫び声がその場で響き、足音が暗闇に消えていった。