四話 謁見
開始早々にエドールが厳かな声を発する。
「改めまして、アダル殿。まず始めに今回、我が国の要請に応じてくれたこと。それに加え、この王国を守ってくれたこと。誠に感謝いたします」
言い終えると彼はそっと頭を下げる。それに習うようにカトレアと宰相も頭を下げた。彼らは同じタイミングで頭を上げると、エドールが言葉をつづけた。
「我が息子ユギルが大森林に向ったとき。正直貴方がきてくれるのか不安でしたが、どうやら杞憂で終わったようで何よりです」
彼のその声はホッとした様な声音だった。
「そうか。それは良かった。と、言えばいいのか?」
「はい。よければ何故、コチラの要請を受けてくれたのか教えてくれませんか?」
好奇心旺盛な表情で彼がどんな言葉を介してくるか様子を伺う。
「その巨大化した魔物に興味があったんだ」
「興味ですか?」
エドールのオウム返しの言葉をアダルは頷き、口を開く。
「お前も知っての通り、俺は昔巨大化した獣と闘った事がある。だが、その魔物は自力で巨大化した訳じゃない。ある存在によって無理やりその姿に変えられていたんだ。今回の大陸中に起っている事件にその存在が関わっているんじゃないかという感が働いた」
「それで引き受けてくれたのですね」
「それで、その感。当りましたか?」
カトレアの言葉にアダルは頷く。それを目にした瞬間、謁見の間の護衛兵がざわつき始めた。
「静かに! 謁見中ですぞ!」
宰相の喝の声でその響めきは収まったが、未だに護衛兵達は驚愕の表情をしている。そんな事に目もくれず、アダルは真っ直ぐとエド-ルを見つめ、言葉をつづける。
「そもそも魔物が巨大化なんて自然の力だけで出来る訳が無い。俺はユギルの話しを聞いてもしやと思って出てみたら案の定、奴が猪王を凶暴化させていた」
少し悔しがるように唇を噛みしめながら言葉を紡ぐ。
「では、その者が王国を襲ったのですね?」
宰相が問いただすようにアダルに問いかける。その返答にアダルは迷った。今ここで他一週の目のある中、正直に言えばいいのか。人の目のあるここでは重要な所ははぐらかして、後でいうべきか。その間の彼の表情はとても苦い物をかんだときの様な微妙な物となっていた。しかしその返答を考える時間はあまりない。彼は直感に任せて口を動かした。
「いや、違う。今回王国を襲ったのは其奴じゃない。詳しくは今は言えないが其奴は今回この国を襲った奴らに手を貸しているらしい」
「そうなのですか。一体、何の目的で襲ってきたのか。不思議でなりません」
困った風な表情で首を傾げる宰相。それに賛同するようにエドールも頷く。
「本当にな。そのせいで執務の時間増えてしまった。今じゃ家族との憩いの時間まで削られてしまっている。君はどうなんだい?」
「私もでございます、陛下。最近は碌に妻とも敢えない状況になってしまいました」
彼の問いかけに宰相は嘆くように言葉を返す。それを聞いていたカトレアが咳払いをして注意を促す。
「今は関係の無い話しを挟まないでください。アダル殿に失礼ですよ」
彼女は二人に対し、目の笑っていない笑みを向ける。それを目にしてエドールは慌てた様に姿勢をただす。対する宰相はそっと、その顔から表情を消す。
「申し訳ありません。この様な王が統制を仕切っている国を守っていただいてしまい」
カトレアは謝辞の言葉を紡ぐ。それを耳にしてアダルは思って居たことを口に出す。「君は随分と、夫に対して厳しいな」
先ほどから聞いていて、カトレアがエドールを諫める時、少し強い口調になっている。それだけなら妻に尻をしかれる夫と見えるかも知れない。しかしアダルはそうは見なかった。彼は分かっている。彼女が先ほどからほんの少しだが、震えていることに。それはこの会場に入ってから分かっていた事だが、アダルが近づくと余計に震えが激しくなった。
「そうですか?」
柔和な声音で否定するが、アダルは聞き逃さない。彼女の声が少し震えたことに。アダルはそこで気付いた。いや、気付いてしまった。彼女は自分に怯えているのだと。それでも夫を守ろうと必死でそれをしている事にアダルは感心する。仕方ないことだとも思う。受け入れられる方が不思議とも思う。このくらいで落ち込むほどアダルは自分は弱くなく。気付いた素振りを見せないように装う。それがけなげに装っている彼女への礼儀だからだ。不思議と、アダルはエドール並びに宰相に、カトレアと同じような素振りがないか目を向ける。しかし彼らは一切そのような事は無かった。国王と宰相故、他種族の要人の対応になれているのか。それとも単に気にしないだけなのか。アダルは分からない。考えてもしょうが無いと悟った彼は口を開く。
「話しをつづけよう。其奴らがこの国を襲った理由に関してはフラウドに話してある。後で聞いてくれ。俺は同じ話を二度する事は苦手なんだ」
「そうなのですか。分かりました」
正直聞きたくてうずうずしているのだろうエドールは諦めた様に宰相を近くに呼ぶ。その指示に従い、耳をエドールの口元に近づける。彼がなにかをいうと、宰相は頷き、言葉を返しているようだ。その声は聞えないほど小さかった。宰相が何かを伝えると、彼は徐ろに先ほどまで立っていた所に戻る。それを見届けると、エドールは口を開いた。
「これより先は雑談が多く成りそうな故、場所を変えましょう」
言い終えると彼は腰を軽く上げて立ち上がる。それに習うようにカトレアも同じ行動をとる。その動作は震えを感じさせない完璧な物だったが、アダルには見えた。立ち上がる際、僅かに時間を取ったことを。きっと自分への恐怖を押さえ込むためにとった時間だったのだろう。
「調度食事の時間でもありますから、その支度もさせてあります。そこでゆっくりと語り合いましょう」
妻の様子を明らかに気付いているエドールは彼女が大丈夫だと悟り、アダルにその提案を持ちかける。彼としても本当は断りたいんだが、ここで断って悪い印象になる事は避けたいと感じた彼はその提案に乗ることにした。
「分かった」
「交渉成立ですね」
そう言うとエドールは壇上から降り、コチラに近づいてくる。というよりは出入り口に向けて足を進めている。彼の三歩後ろにはカトレアが追従している。アダルとの距離が近くなると「付いてきてください」と口にする。彼はその言葉に頷きを帰して、踵を反転させ、カトレアの後についていく。先頭のエドールが扉に近づくと、扉は音を立てて開く。その奧の廊下で一人の老執事が彼に食事をする間の方向に手招きをする。それに従い、エドールはかつかつと足音を立ててこの謁見の間に未練を残さずに出て行く。カトレアとアダルもそれに倣い、行動しようとするが、アダルは若干惜しく感じてしまい、出る際に一度足を止め、体の向きを会場に向けて軽いお辞儀を入れてから謁見の間より出た。そのような余計な手間を取ってしまったせいか、若干二人と距離が出来てしまい、少し急ぎ足で彼らを王。幸いそれ程離れていたわけではなかったため直ぐに追いついた。それと同時に背後から扉が閉じる音が廊下に響く。
「最高のごちそうを用意してあります故、楽しんでいってください」
エドールは軽く首を捻ってコチラを向き、それだけいって再び正面に目を据える。カトレアは微塵も怯えた様子を見せることはなかったが、その不安げな視線はずっとエドールに向けられていた。この恐怖心はぬぐえない物かと考えながらアダルは彼らについていく。
 




