三話 謁見の間
「巨鳥アダル殿。ここに参上いたしました!」
猪王襲来から二週間が経ったこの日。アダルはいつもの出で立ちで獅子の彫刻が施されている三メートルくらいの石色の扉の前に立っていた。アダルはその声を発した人のいる方に目をやり、疲れた様な息を漏らす。彼がここにいる理由。それは現クリト王国国王との謁見の為である。猪王襲来の為に彼らはアダルを招いた。しかしその危機が想いの他早く来そうであったためそれを先延ばしにしていた。しかしその猪王は二週間前アダルによって討伐された。だが、国王エドールはその日のうちに謁見を行う事は無かった。理由は大量の国民が猪王襲来によって死んだ日にそれを行なうのは非常識という道徳心とアダルが離宮に到着してすぐに戦闘による疲労で倒れてしまったからだ。幸いアダルは物の数日で目を覚ましたが、体力が中々戻らなかったことと、猪王襲撃の後処理の段取りをつけていたらこの日まで謁見は行なわれなかった。だが、それは昨日までの話し。ああと処理は二週間経って漸く落ち着きを見せた事と、アダルの体力も日常生活に支障の無い程度にまで回復したことにより今日この様な運びになったのである。
「・・・・・・」
アダルは複雑そうな面持ちで扉が開くのを待った。彼は謁見という堅苦しい物が嫌いだった。それは本宮から使いの者が来たときには心底嫌そうな顔で出迎えた程嫌だった。前世の時から堅苦しい所に行く機会なんか無く、恵まれもしなかった。そういう機会に行く事なんてこの姿になってからもない物だとずっと思って居た。しかし生きていく中で何が起るか分からない。一ヶ月くらい前、ユギルの要請によってこの国に招かれたとき。アダルは少しだけこの可能性を覚悟していた。しかしその時点で少しだけ楽観視していた。しかしいざこの様な場に招かれると、自分が考えていること以上に面倒になると言うことを会議業に招待された時に悟った。それは人が多ければ多いほど面倒になると言うことも。幸い今回は厄介そうな王族は出席していない。謁見の場に現れる王族は国王と王妃だけとの事。これだけで少しは疲れないで済むと彼は考えた。護衛兵は部屋に常駐しているらしく、気が休まる様な物では無いが。護衛兵達が自分にどのような感情を抱いているか分からないが、自分の強さは分かっているだろうから、その護衛兵からは無闇に悪い感応を向けられることはない。そう思っている。
「入られよ!」
そんな事を考えていたら、中からエドールの声が聞えた。言葉の響きが終わると、目の前の獅子の扉が真っ二つに割れて中の光が漏れ出した。光の鳥である自分からしたら大した物でもないため、目を細める事無く光の中を見続ける。段々と扉が開いていく内に、中の全容が明らかになっていく。サッカーのコートはあるかと言う広さの部屋。天井には天使が描かれたす田土グラスが成されており、それが太陽の光をこの部屋にもたらしていた。壁と床は一面真っ白。大理石でもつかっているのである。その壁に沿うように百人を超える鎧を身に纏った護衛兵が並んでいる。中身を目にして、アダルは内心で呟いた。「庶民の感覚じゃ分からないな」と呆れ気味で。しかしそれを表情には出さずに真っ直ぐと自分の足下から続く深紅色のカーペットの行き着く先に目を向けた。そこには床よりも一段ほど高くなった台のようになっており、その上には質の良さそうな材質で作られた漆黒の椅子に座っている二人の人が下があった。座っているのは当然この国の国王であるエドールとその妻で王妃を務めるカトレアの姿があった。エドールはアダルの姿を目に為ると、徐ろに立ち上がり、両手を広げ歓迎をするような言葉を口にした。
「ようこそ、おいでくださりました。アダル殿」
「心よりお持ちしておりました」
エドールの言葉に続くように立ち上がったカトレアは柔和な歓迎の言葉を口にする。それを聞く頃にはアダルは彼らの立っている台座の前までついていた。彼はゆっくりと顔を上げて壇上の二人の顔に目をやる。
「・・・・・・・」
何も発さず彼は二人に目をやる。迂闊に何か離して、護衛兵の反感を買うのを避けるためだ。それを察してくれたのか、エドールは口を開いた。
「そう畏まらないでください。貴方は私達に何を言おうと咎められる方ではない。気楽にいつも通りの口調で構いません」
うさんくさい笑みを顔に貼り付けながら、アダルにそう促す。その言質を待っていたと、アダルは心の中でガッツポーズを為ると、漸く口を開いた。
「助かる。俺はどうもそういう堅苦しい言葉使いが苦手でな」
彼の言葉使いに護衛兵達が一瞬ざわめいた。その者達の一部が一歩前に出ようとする。しかしそれをまるで護衛兵の動きを善美見えているように、エドール派その一歩踏み出そうとしていた者を鋭く睨む。
「私は良いと言った。口を出すな!」
威圧気味の口調で言い放ったその一言で、その者は体を硬直させた後に粛々と元の位置に戻った。
「すいません。無粋な物がいたようで」
すぐに表情を豹変させたエドールはアダルに謝罪の言葉を入れる。アダルはその変化に一瞬呆気にとられたが、直ぐに元の表情に戻す。
「お前。やっぱり彼奴の孫だな」
「それは皮肉か何かですか?」
アダルの言葉にエドールは心底嫌そうな表情をした。それを目にして、彼は口端をそっと上げる。
「そんな事より、話しを進めてくれよ?」
エドールの言い分を完全無視して、進行を促す。その行動をはぐらかされたと感じたエドールはアダルに言い詰めようとしたが、その前にカトレアが口を開く。
「賛成です。このままだと話しが他の方向に脱線しかねません。特に貴方の場合は。ね?」
柔和な笑みを浮べ続けるその顔をエドールに見せ付けるカトレア。しかし不思議とその表情は笑っているようには見えない。それを目にして、エドールは一瞬方を揺らす。それを直ぐに咳払いをして誤魔化した。誰もが、カトレアが怖くて従ったんだなと頭の中で思い浮かべた。それは目の前に見ていたアダルでさえも。この夫婦の主導権は明らかにカトレアが所持している。先ほどあそこまでの威圧を見せた男もやはり妻の前ではただの夫なのだろう。そう思うとなんだか微笑ましい気持ちになった。すると、カトレアは徐ろに頭を下げた。
「申し訳ありません、アダル殿。お見苦しい所を見せてしまって。それでは話しをつづけましょう」
「そうしてくれると助かる」
もうすでにこの厳かな空気に疲れつつある。まだ猪王と戦闘をした時の方が疲れなかった。先進的な話しで実際は体力をごっそり持って行かれたがとアダルは内心で呟く。ふとエドールに目をやる。先ほどまで不満げだった彼の表情が為政者の顔をしていることに気付く。この感じをアダルは前世でよく見た記憶がある。それは前世のフラウド、王来が良くやっていた感情乖離術だ。彼がそれをするときはいつも決まって真面目な話しを為るときだった。そこでアダルは悟る。漸く始まるのだと。しかしあの前の感情を完全に切り離す感じ。やはりエドールとフラウドの血を引いていることを実感させられ、はっきりと時間の流れを感じ心が寂しくなる感覚に襲われる。しかしそれを振り切り、アダルはエドールに真っ直ぐと自分の瞳を見せる。それを合図にしたように彼は近くにいた宰相と思われる中年の質の良いことをうかがわせるスーツを着た男に目配せをする。それで全てを察したその男は徐ろに口を開く。
「それではこれより、国王エドール・クリトと巨鳥アダル殿による謁見を始める」
彼のダンディズムな声がその会場に響いた。




