二話 海底にて 2
自分の考えがただの杞憂と考えたガイドルは猪王襲来の件の話しを続けた。
「話しの続きだが、どうやらその猪王を倒したのは虹の翼を持つ巨大な鳥の魔物。だったらしい」
「らしい? 随分と曖昧な言い回しね」
彼の言葉が引っかかったユリーノが疑問気に首を傾げる。その表情は不思議そうな表情をしていた。それを目にして、ガイドルは困った様な口ぶりで言葉を紡いだ。
「映像に残されている訳じゃないからな。その顛末は正確には分からない。ただ、王国から発布された情報ではその鳥が猪王を退治したと記されているが・・」
それを言い終えると、ガイドルは不思議そうな表情を浮べた。
「しかし、謎だ。クリト王国の王族からの情報だから正確な物なんだろうな。だが、なんで態々退治したのが、鳥の魔物と記す必要があったんだ?」
「そうでもしないと、他の者が勝手に情報を改竄して、発布するからだろうな。人間の良くやることだ」
彼の疑問に答えたのは面白そうに思案顔をしている両腕に鋭利な鰭を持つ男だった。ガイドルは彼にきつい目を向ける。
「そんな事は分かっている。だが、何故自分たちが討伐したと言わないんだ? そっちの方が都合が良いことだろうに・・・・」
不思議がるガイドルの発言を男は笑い飛ばした。
「お前の悪い癖だな。深読みのしすぎだ。もっと単純に物を見てみろよ」
「そうもいかない。俺の仕事は物事を深読みして未来を見通す事だからな。俺のこれには海底の未来が掛かっているんだ」
使命感に燃えたような顔つきをしているガイドル。そんな彼を見て、ユリーノはぼそりと言葉を吐く。
「深読みしすぎて、変な結論に行き着いているけどね・・・・」
「何か言ったか?」
「何も」
彼女の言葉がガイドルの耳に届いたのか、彼は厳しい顔つきで問いただす。しかし彼女は何も言っていないと装う演技をして、彼に目が笑っていない笑みを向ける。そんな彼らの様子を目にして、やれやれといった風に男は口を開く。
「無駄話しはここまでだ。その後、鳥はどこに行ったかは知っているか?」
「あくまで、噂程度の情報だが・・・・」
返答するとガイドルは懐からメモ帳を取り出して、開き中身を確認する。
「その鳥は現在クリト王国の王都に向って飛んでいったという言う噂が流れている。おそらくはそこにいるんだろうな」
「そうか・・・・・・」
男はそれを聞くと何やら考え込む様に顔を俯けた。その様子から何を考えているのか分からないため、二人は彼が何かを言い出すのを困惑した顔持ちでお互いの顔を見合った。
「この後、なんて言うのかな?」
興味本位でユリーノはガイドルに意見を聞くと、彼はギガ無視をかんだときのような表情を見せた。
「なんか、嫌な予感しかしないけどな・・・」
その返答にユリーノは意外と言いたげな表情をした。
「ガイドルはそう思うのね。私は面白そうな事を考えているんじゃないかって思うけど・・・」
「前から言っているが、お前が面白いと思う感覚は一般的にずれている」
「どこが?」
彼女の不思議そうな表情を見て、ガイドルは頭が痛くなった。しかし、それを耐えて彼は必死で言葉を紡いだ。
「十年前。お前が海底火山の噴火に巻き込まれて、行方不明になった事があったろう。あの時国中でお前の事を探していた。もしかしたらお前が死んだんじゃないか。そうだった場合、遺体だけでもってな。だが、お前はその日から二日して、あっさりと俺たちの前に姿を現して、こう言ったんだ『噴火って、凄く早い海流みたいで楽しかったわ』ってな。あの時それを聞いていた、お前を探していた奴等の顔は今でも忘れられないぞ? 疲労と困惑で微妙な表情をしていた彼らの顔はな!」
「あー。あったわね、それ。たしかに楽しかったわ!」
その時のことを思い出した彼女は、懐かしむ様にそれを振り返り、仕舞いには「またやろうかな?」と呟いていた。それを耳にしたガイドルは疲れた様に額に手を宛てて、言葉を続ける。
「止めておけ。頼むからこれ以上厄介事を持ち込まないでくれ。お前の尻ぬぐいをさせられるのは俺なんだ。これ以上やられたら、俺は過労死する自信がある」
その声からは疲労と哀愁が窺えた。しかし、彼女はあまり自覚がないようで、首を傾げる。
「私が何したかしら? あまり覚えがないんだけど・・・」
その言葉にガイドルはさっきより深い溜息を吐き、何かを諦めた様な眼差しを向ける。
「何よ? 何か言いたいことがあるの?」
「・・・・。別に」
彼の表情が不快だったのか、きつい目で詰問するユリーノに対し、ガイドルは一言だけ口にして目線を男に戻した。そのタイミングが良かったのか、彼が男に目線を戻してから数秒後には、彼は顔を上げた。
「考え事は終わりか?」
その返答をする前に男は愉快そうな笑みを浮べた。それを見た瞬間。ガイドルは悟った。これはまた面倒な事になると。男はその笑みのまま、口を開く。
「ああ、終わったぞ?」
「・・・・・。そうか。出来ればそれを聞きたいんだが、お前。何を考えていた?」
ガイドルは冷めるような口調で彼に問うた。すると、男は鼻で笑う。
「付き合いの長いお前なら、大体察せられると思うが?」
試すような返しに、ガイドルは一瞬ムッとさせる。しかしすぐに冷静になり、言葉を紡ぐ。
「お前の反応を見て、言いかねないとは思って居た」
ガイドルはそれを言い終えると、諦めた様な息を漏らし、自分の疲れた目で男を見る。
「その鳥の魔物という奴に会いに行くつもりなんだろ?」
その言葉に男は頷き、言葉を返す。
「さすがはガイドルだ。俺様の考えが良く分かっている」
「分かりたくもなかったよ・・・・」
自分の考えていた事が当って、苦笑いをするガイドルは言葉を続ける。
「一応言っておくぞ? 俺は反対だからな」
その発言に男の「まあ、そうだろうな」と言いたげな表情をする。今の彼の立場ではそんな勝手なことが許される事ではないためだ。男は口実を口に出そうとした瞬間。ガイドルは言葉を続けた。
「といっても、お前はどうせ勝手に行ってくるんだろ?」
「・・・・。分かっているじゃないか!」
分かりたくなかったと呟いて彼は頭を抑えた。しかしすぐに溜息交じりの言葉を口にした。
「分かった。その許可は取ってやる。だから、勝手に行くな。お前が勝手な行動をすると騒動にしか成らないからな!」
その発言に男は一瞬表情が固まった。彼がこんな事を言おうなんて思ってもいなかったからだ。しかしその固まった表情はすぐに笑みに変わり、彼は笑い出した。
「どういう、風邪の吹き回しだ? 何を考えている!」
愉快に笑いながらガイドルに問いかける。彼はすでに疲労した時の表情で男に返答をする。
「別に。お前に勝手なことをされたくないだけだ。それにおまえ一人で行かせる訳じゃない」
その言葉に男は笑うことを止めた。それを目にして、今後はガイドルが笑みを浮べた。誰が見ても不気味が笑みを。
「お前を好き勝手させないように俺もついていく」
「ねえ! 私も付いていって良いんでしょ!」
彼の言葉に呼応したようにユリーノも地上に行くと言い出す。ガイドルは少し考え、頷き口を開いた。
「と言うわけで、俺たち二人を護衛につける事が条件です。出来ないなら貴方を拘束し、海底牢にぶち込みます」
今までの軽々しい口調とは打って変わって丁寧に説明するような口調で男に問いかける。
「団体行動が苦手な貴方には苦痛かも知れませんが、これ以上、貴方に好き勝手な行動をさせるなと、王からの命令です。分かりますね? リヴァトーン王子?」
男。否、リヴァトーンと呼ばれた者はガイドルの言葉を耳にして、苦虫をかんだときの様な顔をして、渋々頷いた。




