三十九話 起床
猪王との戦闘より三日が経った。その日は空全体が雲一つ無い清々しい天気となった。国民達はいつもと変らぬ生活を送っていた。猪王という存在を国民達に知らせると皆が混乱したように騒然とした。しかしそれが討伐されたとと伝えると皆がそそくさと何もなかったように自分の生活に戻っていった。この辺りはなんというかたくましさを感じさせる。
そんな平和な一日の昼頃。当の猪王を討伐した張本人。アダルは離宮の自室にて寝台で静かに寝息を立てていた。その傍らでは柔和な絵美を浮べているヴィリスが静かにその様子を伺っている。
「・・・・・・・」
あの後、少し時間を掛けて離宮まで飛んで戻ってきたアダルはその場で疲れ果てて崩れ落ちた。戦闘による疲労と痛み。それに加えてそこで体力が尽き、絃が切れた人形のように倒れたのだ。もちろん近くにいたヴィリスは当然の様に驚き、急いでその場を目にしていた離宮の門番に助けを求めてどうにか彼を自室の寝台まで運び入れた。その後フラウドによって引き連れられた本宮の医者に見て貰い、戦闘による過労で倒れたことを知るとヴィリスはそれまで泣きそうになっていた顔を一変させ、安心したように笑みを浮べたという。
『今は休ませることが一番でしょう』
医者がそう言い残して本宮に帰って行き、フラウドは彼女に言葉をかける。
『お前はどうするんだ?』
彼の言葉にヴィリスは速効に返答を返した。
『私は明鳥くんが目覚めるまで近くに居ることにするよ。目覚めた時に近くにだれ書いた方が良いでしょう?』
彼女の言葉にフラウドは納得したように頷くと、彼はまだやることがあると言い残して本宮に帰って行った。それからという物、ヴィリスはその言葉通りできる限り、アダルの側で彼が目覚めるのを待っている。時折彼女のご飯を持ってくるためにユリハが姿を見せ、彼女に『少しは休め』と窘めの言葉を浴びせて呆れた様に帰って行く。しかしそうは言われても中々に頑固な彼女はユリハの言葉に従わずにそのままアダルの側に付き従う。それはまるで良妻を思わせる。本人はそのつもりはないが。
「気持ちよさそうに寝ている」
アダルが静かに寝ていることがよっぽど微笑ましかったのか、ヴィリスは彼の氷所を眺めて優しげな表情を浮べる。そこで何を思ったのか彼女はその気持ちよさそうに寝ているアダルの頬に手を当てる。
「・・・・・・・・」
それにもびくともしなくアダルは睡眠を続ける。ヴィリスは自身の行動に驚いたのと同時にアダルの睡眠の深さに救われ、安心したように声を漏らす。
「よかった」
溢した後、彼女は一度周りを見渡す。この事を見た人物が居ないかという確認のためにだ。幸いそのような人物は居なかったようであり、ヴィリスは勇気を持ってもう一度彼の頬に手を伸ばす。
「・・・・・・・・」
寝息をかき続けるアダルに微笑みを向ける彼女はその手を髪の毛に移動させる。
「髪の色が違うのは少し違和感があるかな」
前世でのアダル。つまりは鷹堂明鳥に見慣れていた彼女は思った事をそのまま口に出す。彼女は触れていた髪の中から一房をそっと持ち上げる。
「だけど綺麗な金髪。これはこれでありかもね」
彼女はフッと笑い、少しその髪を観察し始める。するとすぐにその表情が苦笑いに変る。
「枝毛がすごいや。折角綺麗な髪をしているのに。なんかもったいない」
不満そうな声でそれを口にする。しかしすぐに諦めた様に息を漏らす。
「だけど明鳥くん。そういうのに疎いから気にしないんだろうな」
少し落ち込みように彼女は言葉を口にして、もう一度アダルの寝顔に目を向ける。
「・・・・・・」
「・・・・・。一度眠ると中々起きないところも変らないんだね」
変らないところを見つけて彼女は安心した面持ちになる。そんな事を考えていたら突然ノック音が響いた。彼女誰かと思いながらどうぞ都口にすると、その指示に従うように静かに扉が開かれる。扉が開けきり、ノックを為たであろう人物に目をやるとそこには王族の証である銀色の髪を持った十四歳くらいの少年が体を縮めていた。その姿を目にした途端彼女の表情は驚愕に染まり、同時に納得する。今居るこの場所がどういう場所だったかを。
「し、失礼します」
弱々しい声でそう告げると彼は体を縮こませたままゆっくりと足を進めて寝台まで近づいてくる。ようやく彼が足を止めたタイミングで彼女はそっと腰を上げて彼に向い、軽く頭を下げる。
「初めまして、殿下。私は先々代王。フラウド殿に招かれ、ここに滞在しておりますヴィリスと申します。以後お見知りおきを」
柔和な笑みと礼節めいた挨拶を繰り出し、彼女は修道服の裾を軽く持ち上げる。
「えっ。えっ!」
対するそれをされた少年は彼女の名前を聞くやいなや、驚愕の表情を浮べ、思わず数歩下がってしまった。どうやら自分の名前を知っている様子の彼に柔和な笑みを向けると、彼女は口を開いた。
「王族の方にこうを聞くのは大変ご無礼な事と承知しておりますが、出来れば貴方様のお名前をお教え出来ませんでしょうか?」
少し困った様な声音で言うと、彼は狼狽えたように返答を返してくれた。
「は、はい! 私はこの国の第二王子を勤めさせて戴いております。ユギル・クリトと申します」
緊張しながらもはっきりとした口調で答えるユギル。その様子を眺めて、ヴィリスはそっと笑みを消して再び頭を下げる。
「ユギル様のご厚意、感謝いたします。それと同時に謝らせていただきます」
その行為にユギルは予想していなかったらしく目を点にした。
「先程は大変ご無礼な事を申し上げました。これは全て私めが無知のせいであります。きっとお気を悪くしてしまいました。申し訳ありません」
彼女の口から綴られる言葉を耳にして、ユギルはようやく元の状態に戻る。
「いや、頭を上げてください。私は全くそういう事は考えて居ませんから!」
必死な声でユギルは嘆願を続ける。しかしヴィリスはそのままの状態で口を開いた。
「そういうわけにはいきません。私は大変無礼なことを為てしまいました。本来なら処刑されても可笑しくはありません!」
そんな頑な態度にユギルは明らかに狼狽える。s彼は助けを求めるように周りを見渡すも、ここはアダルの個室であるため、誰もいない。彼は萎えそうになる気持ちを抑えつつ、彼女に声を掛けようとする。
「五月蠅い! 誰の部屋だと思っているんだ!」
不意に怒鳴りつけるような声がその部屋に響く。突然の事で二人は一瞬固まる。しかしすぐに声がした方向。つまりは寝台の上に目を向ける。
「もう少し寝させろ」
体を起こしつつ、小言を口にする彼。アダルは寝起きで悪い機嫌を表すかのように二人を鋭い視線に見据える。
「明鳥くん。目が覚めたの?」
「ああ、そうだな」
未だに驚きが勝っているのか彼女は呆けた様に聞く。するとアダルは機嫌が悪そうに答える。
「体は大丈夫?」
「そうとは言えないな。まだ疲れが残ってる」
言っている途中でヴィリスはあ樽の右手に手を添える。
「よかった。起きないかと思ったよ?」
「死んでないんだ。いずれは起きる」
アダルは疲れた様な息を吐き、そっと彼女の手に触れる。
「一応、おはようと言うべきか? 俺はもう一度寝るつもりだが」
その問いかけにヴィリスは困った様な顔をする。その表情を目にして、彼は彼女に顔を向ける。
「おはよう。俺は何日間寝ていた?」
さっきまでの不機嫌さが嘘のようなひょうひょうとした口調で口にする。ヴィリスはそに答えるため、表情を変えないまま、口を開く。
「三日だよ。お寝坊さん?」
優しげな声音が彼の耳に都道と、アダルは思わず肩をすくめる。
 




