四話 旅路にて
大森林から抜けだし、数日。二人は森林から一番近い村を目指し、街道を進んでいた。
「そういえば、なぜお金が必要なのですか? 洞窟から出る時にそれなりの財宝を持ち出したじゃないですか」
そうなのだ。アダル洞窟を抜け出る際にいくつかの財宝を持ち出してきた。本来なら魔物を売り払う事などせずともその時点で金には困っていないのだ。
ユギルの不思議そうな声で発せられたその言葉が耳に届くと、アダルはため息を吐いた。
「辺境の村でこの財宝を換金出来る訳がないだろ。それをしたら村が盗賊に襲われて、一夜でその場所が焦土に化すのが目に見えている」
呆れた様子で言葉にするアダルは音場を続ける。
「それに辺境の村では換金出来る物も金も限られているからな。郷に入れば郷に従えってな」
「そういう物ですか」
「そういうもんだ!」
不思議そうに首を傾げるユギル。彼にはそのことが理解出来なかった。それもそうなのだろう。彼は一国の王子だ。自分が周りに合わせずとも周りが自分に合わせてくれる事になれすぎているのだ。
「という訳でこの財宝は王都で換金することにするさ」
どこか楽しそうに腰の財宝の入った袋を軽く叩く。その言葉を聴くとユギルは徐ろに考え出す。
「・・・・。そういう事でしたらその財宝は換金は王城で行ってください」
しばらく思考を続けた彼は、意を決した様に言葉を紡ぐ。その言葉にさすがのアダルも顔を顰めた。
「どういうことだ? お前。もしかして最初から俺の財宝を狙ってた訳ではないよな?」
アルダは警戒する素振りを見せる。それを眺めていたユギルは慌てた様に首と手を振る。
「い、いえ! そんなことはありません」
きっぱりとそのことを否定するユギル。それも見ても未だ疑心暗鬼気味のアダルは疑いの目を続ける。
「私はただ、少しでも貴方様のお役に立ちたいだけなのです。それに・・」
「それに何だ?」
警戒を続けるアダルは低い声で声にする。それを聞いたユギルは微笑みを向けた。
「貴方様の所有している財宝は王都でも換金出来る場所など存在しませんので・・」
まるで諭すような優しい声で告げられた真実にアダルは目を見開く。
「貴方様の財宝は最早我が国の至宝です。そのような価値ある物をこの国の商人が金などに換えられる訳もございません」
変わらず微笑みを向けるユギル。アダルはその事実を噛みしめる様にため息を吐く。
「そういう事はもっと早く言ってくれ。危なく大損をするとこだったじゃないか」
呆れた様に声に出すアルダはもう一度ため息を吐き、ユギルの顔を眺める。
「王城だったら、この財宝を買い取ってくれるんでな?」
「はい。それに値する額も用意出来ますとも」
はきはきとした声がアダルの耳に届き、彼は呆れた笑みを浮かべる。
「聞きたい事がある」
アダルは少し心配した顔をしてユギルの訪ねた。
「なんですか? 突然」
ユギルは突然のことで少し驚いた様子で聞き返す。アダルはそれに答える様に声を上げる。
「この財宝でどのくらいの金になる?」
その言葉を聴き、ユギルはしばらく腕を組み、考え込んだ。
「そう・・ですね。約五十億エダルくらいですかね?」
首を傾げながら曖昧な答えを返してくる。
「エダルっていうのはこの世界の通貨か?」
「そうですね。この大陸の全てはエダルで取引されていますね」
「そうか」と呟くと今度はアダルが考え込む。
「人間が不自由無く一生を過ごすにはどのくらいのエダルが必要だ」
「? いきなり何を言うんですか?」
「良いから答えろよ」
笑みを溢し少し巫山戯ながら、言葉を紡ぐ。そんな彼に見て、ユギルは一度ため息を吐く。
「そうですね。約二億在れば人間だったら遊んで暮らせますよ?」
アダルに対して珍しく嫌そうに返す。しかしアダルは数字しか聞いていなかったからそれは伝わらなかった。しばらく考えこむと徐ろに彼の肩に手を置く。今まで嫌そうな顔をしていたユギルもさすがに混乱した。
「大体分かった。ありがとな」
無邪気な笑みを浮かべ言葉にを言うと、「ほらいくぞ」と背中を叩き先に進むことを強要する。呆気にとられていたがそれに従うかの様にユギルは歩き始める。それを見てアルダも足を進める。
その後しばらくは二人の間では静寂が支配した空間ができあがっていた。しかしそれも長くは持たなかった。
「あの、何故先程あのような事をお聞きになったのですか?」
頭にあった疑問を口にするユギル。それをアダルはすぐに返答を返した。
「気になったからな」
「気になったですか?」
「そうさ。気になったんだ。」
言葉にしながら彼は空を見上げた。
「約百五十年間でこの世界はどのくらい変わったのだろうってな」
アダルは百五十年の長い間あの洞窟で暮らしていた。それはすなわち、世界との交流を百五十年間断っていたということだ。その間、世界がどのように進化しているのか分からない。そのことを彼はそれなりに楽しみにしているのだ。
「まあ、たかが百五十年くらいじゃ通貨は変わらないか」
苦笑いを浮かべ、乾いた声で言った。
「それはそうですよ。通貨が変わる時なんてそれこそある国がこの大陸を制圧した時くらいな物です」
アダルに釣られた様に苦笑いを浮かべ、軽口を叩く。それを聞いて、彼は大声で笑い出す。
「あはははははは! それこそお前らの国は冗談では済まないだろうよ!」
「そうですね」
二人の声が道に響いていく。それはしばらく続いたという。
それから二日ほど足を進め、ようやく村が見えてきた。
「そういえば、お前は王都から一人で来たのか?」
「そうですね。何分一人だと楽ですし、自分も守り安いですから」
乾いた笑みを浮かべるユギル。それを眺め、アダルは詰まらなそうに頷く。
「それでもどうなんだ? お前は一国の王族なんだぞ? そんなお前が城から姿を消したら、国は大騒ぎじゃないのか?」
いかにも真っ当な言い分である。
「そうかもしれませんね」
彼はゆっくり微笑むと早歩きで村へと向う。
「そうかもしれないって。おまえ。・・・・・・!」
彼を追おうとしたその時アダルは何かを感じ取った。
「ユギル! そこを動くなよ!」
急いでユギルの元に向う。
「何があったんですか?」
首を傾げ、ユギルは訪ねた。しかし返答は返さず、険しい顔を見せ、ある一定方向を眺める。彼に釣られるようにそこを見ると、数人の大男がその場から姿を現した。
「まさか、気付かれるとは思わなかったぜ? 兄ちゃんよ!」
柄の悪そうな一人の男が汚い口調に話しかけてくる。
「殺気を隠せてないぞ。盗賊」
低い声で応答するアダル。返答された男は彼に言われた事を聞いて一瞬目を丸くする。
「これは参ったな。完璧に気配と殺気を隠していたはずなのに」
思わず顔を手で覆った。周りの男達も其奴を馬鹿にするように大声で笑った。
「うるせえぞ、馬鹿共。それに俺が隠せてねえって事はお前達も隠せてねえって事だからな!」
馬鹿にされてるぞと男が口走ると男達が殺気立った眼差しを向けてくる。それにはユギルも怯えたように一歩下がった。
「まあ、いいさ。とりあえず定例文を言わせて貰うぜ。おい、お前ら。命が惜しかったらお前らが持っている物、全部置いてけ!」
その言葉を言うと男達は散会して、アダル達を囲んだ。
「まさか、勝てるとは思ってないよな?」
余裕の笑みを浮かべている大男はアダル達に徐々に近づいていく。それを眺めるユギルは思わずアダルに目を向ける。すると彼は目を瞑り、数回深呼吸を繰り返していた。
「お前らこそ、俺に勝てると思っているのか?」
深呼吸を終え、目を開けるとアダルの雰囲気はがらりと変わった。
「くっ!」
その声を聞いた途端に囲っていた男達は次々と倒れていく。その中でも大男は倒れないように踏ん張っていた。
「てめぇ、何者だよ」
今にも倒れそうなその体を奮い立たせ、なんとか立っている大男は怯えたように問いただした。そんな彼にアダルは近づいていく。
「人外だよ」
徐ろに大男の額に指をつけ、それを口にする。それが響いた途端。大男の体は地面に突っ伏した。
「さあ、行こうか」
その言葉を言い、彼は村へと歩いて行った。ユギルはそれを追うように恐怖で震えた体に鞭をうち、彼の元に急いだ。
1エダル=1円の換算です。