三十六話 目的
貫かれた猪王の体は槍が霧散していく中、豪音を上げて爆発をした。その光景を眺めているアダルの目には何も感情が宿っていなかった。
「っ!」
猪王の体は最早その場には残っていない。爆発により猪王の体を警世する全ての物が塵に帰って行ったのだ。それを確認してアダルは痛そうな声を上げつつその場で膝を付く。今はもう無い左腕を思うようにそれがあった場所に右手を乗せる。すると左肩に何やら小さな光りの粒子が集まりだしていく。それは徐々に長さを伸ばしていき、無くなったばかりの左腕の形に形成されていく。
「・・・・・」
観世員にそれが終了すると、そこに覆われていた光りが一気に消え去り、そこには元の左腕の姿があった。その感覚を確かめるようにアダルはそれを様々に動かして大丈夫かどうかを確かめた。
「大丈夫だな」
感触に違和感がないことを確認するとアダルはその体勢のまま徐々に縮み始める。物の数十秒もしないうちに彼は人間の姿に戻り、その場に倒れ込んだ。
「ったく。出来れば光神兵器は使いたくなかったんだが」
寝込んだままアダルは少し後悔したようにそれを口にする。そもそもこの光神兵器とは難なのか。これはアダルが自ら開発した必殺技のような物だ。しかし様々の理由で自ら使用することを禁止した技でもある。禁止した理由は様々あるが一つ目に異常なほど体力を使い、使用後には一歩も動けないほど消耗するからである。戦闘後が一番狙われやすい時間帯。それなのに光神兵器を使うことによって余計狙われやすくなる。消耗は一日二日と少し長い休養期間をもうけないと回復しない。その為普段の彼だったら7他の技によって猪王を討伐しただろう。しかし今回はそれを使わなければ成らなかった。それは猪王が想像以上に強かったというわけではない。いや、それはあったがアダルは違うことを考え、あえてこの技を使用したのだ。
「・・・・・・・」
少し疲れたのかアダルは眠そうな顔をし、少しの時間目を閉じた。寝ているわけではない。本当はそうしたいが今はそれが出来ない。彼は気付いている。此方に近づいてくる何かの気配に。そしてそれが来るのをアダル自身も待っている。徐々に近づいてくる気配。次第に聞えてくる荒野を軽足で進む足音。それは次第に大きくなるに連れてその気配がものすごく巨大な物になっていく。そこでアダルは目を開き足音がした方向に辛うじて動ける首だけ動かして目を向ける。見た瞬間に彼の表情は一気に苦い物になっていく。
「やっぱりお前か。スコダティ」
呆れきったような声が自然とアダルの口から零れ出る。その声が耳に入ったのか、近づいてくる気配は彼の枕元で足を止めて、その顔をのぞき込むように影を作る。
「久しぶりだな、我の半身よ」
アダルがスコダティと呼ばれる者の顔を見上げるとそこには卑しい笑みを浮べた長身痩躯の男の顔があった。顔の年齢は三十代くらいで口元に小じわがあるのが確認出来る。
「お前が消滅する際、明らかにお前の行動が不自然だったと思っていたが。やっぱり逃切りやがったか」
やれやれといった様子でアダルは疲れたように額に手を当てる。それを眺めていたスコダティは愉快そうに声を上げて笑い始めた。
「はっはははは! やはり悟られていたか。さすがは星が生み出した光りだな。それくらい見破って貰わなくては!」
言い終えると彼は含みのある顔をアダルに見せ付ける。
「しかしな。貴様も完全には気付いては居なかっただろう。現に貴様はあの戦いの後。すぐにあの洞穴に引きこもったのだからな」
その含みのアル顔は徐々に口角が上がっていき笑みを形成していく。
「ああ、完全に騙されたよ。俺がお前が消滅していないと分かったのはあの戦いから百年後。およそ四十年くらい前だからな」
悔しげに口にするアダルの表情を見て彼は余計満足そうな表情を浮べる。
「そうだろう、そうだろう! あれは我からみても最高の出来映えだった。あれは最早芸術といえよう!」
高らかに声を上げるスコダティはそこから何やらその方面のスイッチが入ってしまったらしく独りでに話し出す。
「やはり何事にも美学という物がある。それはやられ方というのにももちろん存在することを我はあの時に悟った。計画通り貴様の前から消えた後、我の胸には満足感が納まっていた。それは
これまで感じたことのないような満足感だ」
「そうかよ!」
スコダティは光悦の表情を浮べて語る姿をアダルはつまらなそうな表情を浮べ、ただ冷たい声で一蹴した。しかしその内心では相当悔しく、自分でも句付かないくらい小さく唇を噛みしめる。
「なんだ? つまらなかったか?」
「ああ、つまらないね」
アダルがその表情をしている事に句付いたスコダティは思わずそれを聞くと、彼からの肯定の返答が来た。そのことをある程度予想していたスコダティはそこから一気に熱が冷めたように素の顔に戻した。そんな様子を眺めつつ、アダルは厳しい顔つきをし始める。
「お前。今回は何が目的だ!」
その顔の表情と同じく声も厳かになり、その声でアダルは詰問をする。
「目的? はて、何のことだ?」
意味が分からないと言いたげな声を返答するスコダティはついでに仄かに首を傾げる。その様子にアダルは激情思想になるが、それを住んでの所で押さえ込み必死に冷静な声を絞り出す。
「知らないとは言わせないぞ! 今回の猪王襲撃の件だ。お前が関わっていないはずがないだろ」
アダルは厳しい表情をし続けながら、言葉をぶつけていく。
「闘っている最中。猪王からお前の闇の臭いが鼻についた。それだけじゃない。そもそも休養中だった猪王に力を注ぎ込んだのはお前だろ。お前は生物に力を注ぎ込むことが出来たはずだからな。それに今お前がここに居る時点でお前が関わっていないなんて言わせないぞ」
アダルの推理に耳を傾けていた彼はその言葉が言い終わると同時にクスクスと笑い始める。
「正解だ。まあ、この程度は子供でも簡単に推理出来る事だがな」
どこか馬鹿に為るような言葉使いでそれを口にするスコダティにアダルは掃討の怒りを感じている。しかし今は体を真面に動かすことも出来ないため、せめて情報だけでも手に入れようと堪えている。
「さて、どこから話すか・・・」
「さっさと全部話しやがれよ」
急かす様にアダルは口撃すると彼は余裕そうな笑みを浮べる。
「時間はたっぷりあるではないか。焦らずとも我は全部話すつもりであったぞ」
「・・・・・・」
彼の笑みに少し体が震え始める。体がその笑みに恐怖している証拠だ。しかしそれを悟らせるわけにはいかないアダルはその震えを無理やり押さえつけた。
「おやっ? 少し震えて居るでは無いか。それほど我に恐怖を抱くか?」
「お前に抱いているのは嫌悪感と怒りだけだ。誰がお前なんかに恐怖なんか抱くかよ」
口ではそう言いつつも内心図星をつかれ、大分焦っている。そんな様子をスコダティは少しの間眺め、まあ良いかと口にして言葉を続ける。
「さて、俺の目的が知りたいのだったな。本当は言わなくてもいいのだが、ここは久しぶりに表に出て来たお前に免じて教えてやろうではないか!」
些か演技っぽいような前振りをして、彼は両手を天高く上げ始める。
「今回の獣による進行。それは我が友たる全魔皇帝の命によって行われた!」
彼の言葉にアダルは訝しげな表情を浮べる。
「友? 全魔皇帝? なんだ其奴は!」
アダルの問いに彼は顔を降ろしてある言葉を吐いた。
「本人曰く、次の星冠を掴む物。即ち世界を征服する者らしいぞ」
その言葉を耳にして、アダルはそれまで彼に見せていなかった動揺を見せる結果になる。




