三十五話 煌星王の尖槍
「ギュアアアアアアア!!!!!」
尚のこと、アダルは猪王の牙を抜きに掛かっている。その間猪王は自身に掛かる負荷によって抵抗できずただ、叫び続けるしか出来ていない。
「っ! なかなか抜けないな」
舌打ちしつつ、忌々しげに吐き捨てる。よく見るか彼の表情は少し参っているように窺えた。先程から間近で猪王の空気を震えさせる甲高い声によって彼の耳は限界に来ているのだ。それに加え、猪王の牙がなかなか抜けないことで自身の中のいらいらが溜まり、それが爆発寸前の所まで来ていた。
「抜くのは止めるしか無いか。このままじゃこっちがやられる」
投げやりな言葉を吐いて彼は牙を引き抜くことを諦めた。しかしそれまで以上に両手に力を込め始める。
「ギュガガガっ!」
それをやった事によって、両牙からミシリミシリと不吉な音が聞え始める。それを耳にして、猪王の本能は混乱のなか悟った。この者はどうあっても自身の二つの牙を奪いに来ていると。事実、アダルがそれをやった事によって小さな皹のような物がいくつも生じてきている。それは目では確認出来ないくらいにまで。しかし、今の猪王ではそれに抵抗するだけの余裕は存在しない。ただただ、皹が増えていくのを叫び続けながら見ていくしか無いのだ。
「ギュアアアアアアアアア!!!」
そして遂にその瞬間はやってきてしまった。二つの牙全体に広がってしまった皹が徐々に繋がっていき、それは一つの大きな亀裂となった。それを確認するとアダルは自分の方向に引っ張る。為ると牙は意図も簡単にパキンっ!という音を立てながら折れた。
「ギュアアアアアっ」
牙が折れると猪王は疲れた様にその場でバランスを崩し、倒れ込む。アダルはその際生じる衝撃を避けるために軽くジャンプして後方に下がる。後方に着地すると、彼は両手に持った牙を顔に近づける。沢山の皹が入り、それぞれ疎らな長さに折れた牙。これじゃあ使い物にならないと踏み、彼はそれを左右に投げ、猪王の様子を伺う。
「・・・・・」
先程まで耳が劈く様な声を撒き散らしていた猪王は必死に立ち上がろうと、前足で状態を挙げようと試みている最中だった。しかしその足は震えて力が抜けてしまう様子で、すぐにバランスを崩しその場に倒れ込む。その光景が何回か見られた。そのことに猪王は羞恥を感じ小さな声で唸りながら又同じ事をした。それを目にしてもアダルは同情の目を向けることは無かった。猪王は今回の進軍で街一つつぶし、その場に生きていた人々。いや、生物を全滅させたのだ。これくらいの報い受けて当然だと考えている。
「ざまぁみろ」
その場に響かないほど小さな声で吐き捨て、アダルは鋭い目を猪王に向ける。その視線に気付かない猪王は先程から行っている行為を未だにやっている。理性の無い中でそれをしていると言うことは未だに自身の使命を果たすためか。それとも逃亡を図ろうとしているのか。もはや猪王自身にも分かっていない。ただ、訳が分からない衝動が猪王に襲って、それをさせている。
「っ!」
不意な痛みが走り、アダルはそれが起きた左肩を押さえた。左肩は先程猪王の牙によって貫かれた箇所だ。手を外すと予想通り流血しており、手が真っ赤に染まっていた。それを少しの間見た後、彼は少し考えているような仕草をして考え込む。少し間を空けた後、彼は溜息を吐き、その血を払った。彼はその指をパチンっ!と成らすと身に纏っていた鎧は消え去る。それを目で確認すると、今度は左腕に手を掛けた。
「お前にはもったいない攻撃だが、これで死ねることを喜ぶといいぞ」
今度も明らかに猪王に聞えない声でそれを発したアダルは、左腕を発光させた。その光りは今までの白っぽい光りではなく、どこか虹を思わせるほど鮮やかな光りだった。
「ギュ、アアア!」
その光りを目にして猪王はいきなり苦しそうに行きを荒げ始める。それを目にし、アダルはどこか納得した声を漏らす。
「そうだろうな。今のお前からしたらこの光りは毒以外の何物でも無い」
アダルは分かっていた。もしこの光りを目にしたら猪王は苦しみ出すと。それは過去に同じ事を経験していたから分かっていた事だ。
「お前の中にある闇が拒否反応を起こしているんだ。苦しくないわけが無い」
そういうとアダルは一度右手を外し左腕を掲げ始めた。まるで左腕の光りをより見えやすくするように。
「ギュア、ギュア。ギュアアアアアッ!!!」
それによって猪王は余計苦しみだし、目を背けようと体を動かそうと試みる。しかし今の猪王の状況でそう簡単に動けるはずも無い。何せ猪王は現在立ち上がることも困難な程疲弊しているのだ。猪王は何も出来ないまま徐々に自身の体の中に起こっている光りへの不快度が上がっていくのを感じると共に虚脱感が起こってきている状況に混乱した。
「この光りはお前の中の力を消し去る効果があるんだよ。だからもうお前は立ち上がることさえままならない」
耳には聞えてもアダルの言っていることは理解出来なかった。猪王が理解出来るのは偉大なる者達の言葉だけで、それ以外の者の言葉は一切理解をしようともしない。しかしそれが今回仇となった。言葉が理解出来ないと言うことは彼の言っていることが理解出来ないと言うこと。それは自身の身に起きた事が理解出来ないということだ。
「さて、大分消え去った頃合いだな」
彼はそういうと掲げていた腕を下げる。その際右手を再びそこを掴む。すると左腕の形状が変化を始めた。まずアダルの体との接続が外れた。その際アダルは一つも苦痛の表情を溢さない。その現実が猪王に衝撃を与える。次に外れた左腕が棒の様に縦長に伸びて両先端が鋭く形成された。
「これは俺がなるべく使いたくない技の内の一つだ。よく見ておけよ」
そう言うと彼はそれを胸の前に掲げる。その瞬間眩い程の輝きが光りの棒から漏れ出た。その輝きに耐えきれず猪王は目を瞑る。
「光神兵器」
そん言葉を口にするとアダルはそれを上に持ち上げ、投擲するような構えを取る。その間も目は投擲目標である猪王に狙いを定めていた。調度そのタイミングで猪王は一度目を開けようやく立ち上がることに成功していた。猪王は何を思ったか此方を見据えだし、震えた足で突進の構えを取り出す。
「まだ、諦めてなかったのかよ」
吐かれた言葉からは呆れのような物が零れていた。今もこの光りによって相当苦しい状態のはずなのに、猪王は未だに勝つことを諦めていない。武器であったはずの牙を奪われ、体に残っていた力もほとんどが消えて尚、猪王は諦めていない。そんな猪王の姿を見てアダルは少し抱け笑い声を溢す。
「来いよ。これでお前を屠ってやる」
「ギュ・・・オオッ!!」
彼の言葉に応えるように猪王は息が絶え絶えながら声を返す。次の瞬間猪王は此方に突進を仕掛けてきた。おそらく最後の攻撃になると理解して居てか猪王はこれまで以上の速度で向ってきている。風は纏っては居ない。おそらく突進の直撃しそうなタイミングで一気に発動させるつもりなんだろうとアダルは考える。
「まあ、させねえけどな!」
アダルは光りの棒を顔の横に持っていき左足を前に出す。
「光りの兵器の威力をその身でもって知れ! 煌星王の尖槍」
アダルはそれを猪王に向け、勢い良く投擲した。それは彼の手を離れた瞬間から光速に至り、誰にも視認出来ないほどの早さで猪王の体を貫いていき、猪王の遙か後方で霧散して消えていった。




