七十五話 退散
そして二体の戦いが始まる。最初に動いたのはエアトス。彼は周りの空気を真空にする。自分の周りにだけ空気の層を作り出し、自分だけ動けるようにした。だが気が付けば自分は吹き飛ばされ、そして真空は解かれた。
「ちっ!」
どうにか着地するが直ぐさま同じようにハティスが目の前に現れる。握られている拳を見て咄嗟に防御の体勢を取るが意味が無い。次の瞬間右足の太腿が切り裂かれたから。そして今ハティスがいた場所に再び目を送るとそこにはいない。なんという速さだと内心で毒づくが考えている暇を与えないためか次は背中を切り裂かれた。
「っ! いてぇ!」
先程の光芽との戦いで痛みには慣れたはずだった。だがそれでもいたい物はいたい。痛みを知ってしまったせいで、感じた直後はいくらかからだが固まってしまう感覚がある。それが煩わしくてたまらない。それはまだ体を手に入れてからまだ日が浅いことで生じる弊害と言ったところであろう。
「どうかしましたか?」
突如として現れるハティス。その姿を捉えるなりエアトスは見えない空気の針を雨のように来りだす。彼がいる場所に目がけて。
「心配して出てみればこれですか。・・・・残念です」
だが別の場所に彼が現れたことで今のが不発だって事を察する。その事実に苛立ちながらもなんとか返答した。
『こっちも余裕がないんでね。・・・・・・あんたのようなチートな存在と戦うんだからさ。汚いことぐらいするさ』
ゆっくりと大量の空気を取り込んだことで体の傷は癒えていく。これはアダルから盗んだ能力であるのだが相変わらず便利な物だと感心する。
「・・・・・それは彼の力ですね。・・・・・・どのようにして再現したんでしょうか・・・」
ハティスの方も再生能力がアダルから見て盗んだとすぐ分かったようだ。同じように再生する様子からそう結論付けたのだろう。
『ああ、凄く勉強になった』
「それはよかったですね。・・・・・ですが厄介な力を与えてしまったことは後で文句を言わねばなりませんね」
その発言からは余裕が感じられる。あからさまにこの後の事を考えている事から生き残ることに微塵の疑いをもったいないこと。そして侮っているとも捉えられた。
『・・・・・お前の能力。明らかに普通に動いていない。・・・・・それどころか速度を感じれない』
妙に鋭いところを指摘される。
『早いのに速度を感じれない。つまりは高速で動いてわけではない。じゃあ何か・・・』
そこから導き出せる答えは。
『・・・・・お前。時間に干渉しているな?』
「正解です」
返答と共にエアトスは胸を貫かれた。
『ぐはっ!』
血反吐を吐くと同時に急激に呼吸が出来なくなっていくのを感じれた。おそらくは貫かれたときに肺に穴を開けられたのだと思った。だがどうやらそうではない。穴を修復しようとしても出来なかったからだ。
『ど・・・・・な・・・て・・・』
声も出せない苦なり、息苦しい中咄嗟にハティスを探した。そしてすぐに彼の姿を見つける。その両手には血まみれであり、何かを持っていた。
『そ・・・・・れ・・・は・・・』
「貴方の肺ですよ」
目を見開きながらエアトスは倒れていく。それでも顔だけは彼の方へと向けていた。
「何度も驚きを感じ得ません。・・・・・一体どのように思考をしたら正解に導き出せるのでしょうか・・・」
片手に納めた二つの肺を持てあましながらハティスは不思議そうに思考する。
「確かに何度も見せましたよ。・・・・それでも証拠は残していないはずなんです」
それでもエアトスは正解を導き出した。判断材料など全く無い状態から。最早勘で当てたと行ってくれた方が納得為るまである。
「・・・・・話せないんですよね。・・・・・ですが凄いですね・・・・まだ生きているなんて」
肺を両方とも抜き取られた状態で生きていける生物なんて存在しない。だが彼はどうにか自分の力で空気を体内に循環させながら肺を再生させて言っているのだろう。
「・・・・本当に恐ろしい方ですよ」
『お前ほどじゃない』
頭の中に直接念話が送られてくる。だがその程度では驚くことなどはない。
「・・・・・いいえ。私なんかよりも恐ろしいですよ。なにせそのような状態でも精神干渉を行ってきているんですから」
なんという執念だと感心までする。だがハティスにそれが効いてはいなかった。それにも勿論仕掛けが存在する。だがそれを態々開示することもなかった。
「・・・・・・さて。・・・・如何しますか?」
二つの肺を弄ぶハティスは問い掛ける。エアトスは苦々しい表情を作りながらどうにか腕を動かす。そして地面に何かを描くとそれは光った。
「逃げますか・・・」
『・・・・ここは退散させて貰う。・・・・・だが次はお前を確実に殺す』
「楽しみにしていますね」
おもむろに肺を落とし、それを踏みつぶす。その光景を目にした瞬間にエアトスはその場から転移した。
「・・・・終わりましたか・・・・」
この場から彼がいなくなったのを確認為るとそこでようやくハティスは一息吐いた。正直な話し早々に退場してくれてよかったとすら思って居る。
「疲れましたね・・・・」
呟きながら彼は人の姿になっていた。可笑しな話しだと思うだろうが正直人の姿の方が体力の消耗がなくていい。逆に神獣形態は常に能力を放出し続ける形態であるため疲れるのだ。そして疲れをこれ以上減らすため彼は人の姿に変化した。そしておもむろにその場で腰を下ろす。果てには大地に寝っ転がった。
「・・・・・本当に引いてくれて助かりました」
あそこまで追い詰めていたハティスであったが、それでも相手は何を起こすか分からない魔王種。まだ戦闘を継続する可能性も無くはなかった。その場合もどのように行動為るのかあらかじめ決めていたし、ずっと臨機応変に行動できるように思考し続けていた。
「・・・・ですが本当に引くとは・・・・」
正直な話しまだ戦うものだと思って居た。対峙していた魔王種の目を見た感じまだ戦う意思はあったのだから。だからか以外でなら無いと思うのと、自分の事を分析できてしまう冷静な心を持っている厄介な相手だとも判断できた。
「・・・・今回は初見殺しが効きましたね」
だが次に対峙したときは効かないことも分かっている。時間に干渉していると言う事を見破られてしまっているのだ。どのように瞬間移動しているのかなんてそこに紐付けてしまえば簡単に種が分かってしまう。だから次はない攻撃だった。それが今回は有効打になってくれた。
「・・・・対抗策を考えないとな・・・」
「そうだね。・・・・それを考えないと今度は負けちゃうね」
足下から声が聞える。その方向に目をやるとヴィリスが無感情な表情で立っていた。
「其方も終わったようで・・・」
「・・・うん。・・・・だけど正直まだ足りなかった」
起き上がり、声を掛けるとその評定のまま彼女は隣に座ってきた。その感情が一切分からない表情のまま。それがハティスに恐怖感を覚えてしまう。
「・・・・そっちも早かったね。・・・終わるの・・・」
「そうですね。もう少し時間を引き延ばしたかったんですが。・・・・お伺いしたことがあったので」
彼の方も残念そうに口を開く。
「・・・・・・正直意外です。・・・・貴方は戦いが終わったら真っ直ぐその足で彼の元へ行くと思って居ましたよ・・・・」
「・・・・・・・そうだね。私もこっちに立ち寄ろうと思った事が意外で仕方が無いの。・・・・・なんでだろうね・・・」




