六十七話 外の仕掛け
アダルの戦いが終わりに近付いているこのとき。外の世界はいつもよりも少し混乱しているだけで普通の生活をしているように見える。昨日の出来事の調査結果が未だに発表されず、なにが起こっているのか分からない市民たちはの胸中は不安に支配されている。今日も街は昨日よりもやや静かだ。それでもその不安を払拭させようと賑やかに凄そうとしている者達がいるおかげでなんとか街の喧騒は守られていた。そんなけなげな市民の様子にヴィリスは今にも泣き出しそうになる。なんでこんな活気の溢れる街を魔王種は狙っているのか。そして何故ここまで健気に暮らしている民たちに災いを送るのか。彼らはただここで生活していただけ。それだけなのに一体なぜ。そう言う思いが頭の中に巡ってしまう。
「何を見て泣きそうになってるんですか?」
隣で彼女の様子を見ていたハティスは疑問を投げかける。彼からしたら何故そこまで感情的になっているのか分からないから聞いた。
「別に泣きそうにはなってないよ。・・・・ただなんで魔王種はこの生活を壊そうとするんだろうって思って。其れでちょっと感情的になっちゃっただけ」
否定はしながら目尻に溜まっていた涙を拭う。それに対してハティスは足を止めること無く、彼女に言葉を返す。
「さて、なんでなんでしょうか。そこは分かりませんが。・・・・・・個人の見解でしたら答えることは出来ると思います・・・」
彼は前置きにこれから話すことはあくまで彼の個人の意見と言う事を口にしてから離した。
「彼らは集めている者。其れはおそらくは体なんだと思います」
「体?」
「ええ。体。肉体。器。言い方は何でも良いですが、彼らが一番欲しているものはそれだと思いますよ」
ハティスの見解にヴィリスは納得してしまう。
「・・・・確かに今まで襲われたところは人口密集地が多かった。其れに加えて被害者の多くの死体は確認為ることは出来ない。納得出来る意見だね」
「そうでしょう。おそらく悪魔種という種族は五百年前の封印によってこの世界での肉体を失った。だから大陸中で起こっている襲撃事件というのは悪魔種が地上に出るための器を集めているんだと思いますよ」
そこまで言いきると彼はいきなり肩を竦める。
「まあ、あくまで個人の見解です。答えは分からないですけどね。・・・・ただ」
少しおちゃらけた言い回しをした後、わざとらしく言葉を句切った。
「確証はあると思っていますよ。・・・・現に魔王種はこの世界で器を奪って現れたんですから」
その言葉にヴィリスも考える。確かにその節も一理ある。と言うかこれが答えなんじゃないのかとすら思える。
「其れが正解かもね。・・・・・けど今回は其れなのかな? 今まで魔王種は手下の巨獣にやらせていたこと。其れを自分達でやるのかな?」
今までは手下で事足りた。其れが今になって自分達が出て来たことがきりなってしまう。
「それは自分達が表に出て来たからじゃないですか?」
「えっ?」
疑問の返答まで返ってきて、ヴィリスは思わず立ち止まる。其れを察したハティスも数歩先で立ち止まり、振り返った。
「今まではそれでも良かったんでしょう。邪魔する者などいなかったんですからね。・・・・ですけどこの星も対抗策を打ってきた。我々のような存在を作り出した。そしてこれまで静観していたというのに今になって表世界に姿を現し、あろう事か手下を屠り始めた」
振り返った彼の言う言葉は素直に彼女の中に入っていく。其れが正しい情報だとなぜだか思えるのだ。
「魔王種が出て来たのはおそらく我々を屠るため。ですが本当の目的はそこじゃなかったんでしょうね」
「本当の目的って?」
「確保できそうな器の獲得。でしょうね」
魔王種もその肉体を持っていない。この世界にくるためには肉体を確保しなければならない。
「我々の対処なんて言うのはついでに過ぎないんでしょう」
「ついで。・・・・・なのか・・・」
その事実にヴィリスは少し怒りを感じる。
「ついでで倒されるつもりはないけどね」
「其れは自分も同じですから」
ハティスの表情もいつの間にか感情が見えなくなっていた。おそらくはヴィリスと同じ様な感情を抱いているのだろう。
「向こうの思惑が何でアレ。此方も思惑通りに動かせるわけには生きません。だからこそ。時間を稼いでくれている彼に変わって策を仕掛けなければならないですよね」
「うん。分かってるよお。・・・・・・最後の場所はもう少ししたら着くから」
そう言って二人は歩みを再開させる。
「・・・・・だけど本当にあれだけで良いの?」
「おや。疑いますか?」
少し胡散臭い笑みが返ってきて思わず首を振る。
「別に疑っているわけじゃないけど。・・・・仕掛けを施しているにしては毎回簡単にやるなって思っちゃって・・・」
疑問をそのままぶつけるヴィリスにハティスは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「・・・確かに簡単に見えるかもですね。・・・・・ですけど心配は無用ですか安心してください」
そう言う二人はおもむろに路地裏に入っていく。そのまま少し進むと立ち止まった。
「ここでいいでしょうか?」
「うん。ここで良いはずだよ」
「・・・では最後の仕掛けをしましょうか」
そう言うと彼は元の姿である狼の姿になる。そして爪と牙をおって其れを地面に突き刺す。そこで人間体に戻り、手首を切ってそれらに自分の血液を浴びせる。すると地面に刺した牙と爪を中心に魔方陣が展開され、発光する。がその輝きはすぐに収まり、魔方陣も見えなくなった。
「はい。終わりました」
「・・・・これで全部だよね・・・」
「ええ。そうですよ。・・・・・あとは魔王種達が外に出て来てからですね・・・」
そう言って二人は表の通りに出る。その目に映るのは城の上空にある半透明の巨大なキューブ。
「・・・・・少し。・・いえ、相当手こずっている様子ですね」
「・・・仕方が無いよ。一番損な役割だもん。・・・・出来れば私も一緒に行きたかったんだけど・・・・」
キューブの形状が時々歪むときがある事から中で戦っている彼の様子がなんとなく分かる。其れを見てヴィリスの心が痛むのだった。
「彼にも考えがあって貴方をこっちに残したんです。・・・・・其れに厳しい事を言うかもしれませんが、貴方があっちに行った所で足を引っ張ることになると思いますよ」
「・・・・・・そうかもね」
厳しい意見を投げられてヴィリスも同意為るしかなかった。
「アダルくんはさ。貴方から見てもやっぱり強いと思う?」
「ええ、思いますよ」
即答される言葉に嘘は感じられない。目の前にいるハティスだって彼女から見たら相当強いと思える存在だ。そんな彼がアダルのことを評価しているのは何だか嬉しくなる。
「この前あったばかりですけど。それだけは確実に言えますよ。彼は強い。十回戦ったら一回勝てるかどうか・・・・・っていうところですかね」
「貴方の能力も凄いと思うけど。・・・・それでも?」
疑問に対して頷き、言葉をつづける。
「そうですね。相性で言えばこっちの方が有利でしょう。・・・ですが戦いというのは相性だけで決まるわけではないですから。・・・・・彼には相性を覆すだけの物がある。それだけで強いと思いますよ」
その言葉は妙に心にしみた。確かにそう想わせるだけの力を彼は有している。相性の悪さなんて彼の前では覆ってしまう。そんな場面を彼女は何度かコの目で見てきた。今世でも。前世でも。
「そうだね」
同意しながらも、彼女は寂しくキューブに目を向けたのだった。




