六十六話 残り時間
結界内の二つの戦場。其れを上空から眺めているアダルがいる。彼は最初の時にメアリの作り出した熊と戦っていた存在である。そして何を隠そう彼こそがオリジナルのアダルであった。彼は早々に熊の血族を蒸発させてここまで上がって戦場に目を向けていた。そんな彼は人間の姿に戻っており、その手には時計が握られている。
「・・・・・まだまだ時間を稼がないといけないよな・・・・」
そういうアダルの額からは汗がたれている。分身を作り出すという行為は別に大した事ではないのだ。しかしその二体が相当力を行使して行くため、オリジナルの彼から力を奪っていく。そのため彼の表情から疲労の色が見えるのだ。
「ヴィリス達はどのくらい掛かるんだか・・・・」
「もうすぐ終わるだろうな」
突如として現れる空間の歪み。その中から出て来たのは真祖その人である。
「何しに来たんだ? 足止めは俺の役目だったと思うんだがな・・・」
「外の様子を教えるために来たのだよ。其方の結界が外から見ても歪んで見れた。限界が近いだろうと思ったのでな。進捗も聞きたいだろうと思って入ってきたのだ」
口にしながら取り出すのは水筒。其れを渡してくる。
「結界が歪んだと言う事をこの可能性を感じてな。・・・限界に近いのだろ。其れを飲め。少しは復調するだろう」
直接飲めるタイプの水筒を開け臭いを嗅ぐ。明らかに苦そうな臭いだったが為、思わず顔を逸らしてしまった。
「臭いは独特だが、質はいいのだ。飲めば復調間違い無しだからな」
「・・・・それって変な物入ってないよな・・・」
この臭いを嗅ぐに明らかに変な物が入っているような臭いなのだ。だから口にするのが躊躇われる。だが、折角の善意。拒む訳にも行かないし、拒むほど余裕も持っていない。彼としても結構力を持って行かれてギリギリなのだ。だから思い切って鼻をつまみながら口をつける。
「・・・・・うえぇええええ!!!」
臭い通り、味も最悪だった。青臭いは生臭いは。あまいやら苦いやら。味を判断するのも困難なくらいそのドリンクの味は悪かった。
「まっず!」
「そうだな。味も良いとはいえんな。・・・・だが・・・」
不思議と自分の中で消費していた力が補われていく感覚があった。
「ははっ! まじかよ」
「言ったであろう。質は良いとな」
その言葉に嘘は無かったらしい。だがだからといっても。
「あの味はないだろ」
口から出る文句の言葉はさも真っ当なものであった。
「・・・・だがすまん。助かったよ。正直言って大変なんだ」
回復できたことで少しは余裕が出来たのか、真祖にお礼の言葉を口にする。だが次の瞬間には先程彼が現れたときの言葉が気になり、其れを追求した。
「もうすぐ終わるってどのくらいだ?」
「さあ。・・・・・・三十分は持たせた方が良いだろうな・・・」
三十分という言葉にアダルは思わず目を見開く。
「そんなにか・・・」
今回復させて貰ったお陰で少しは余裕が出来た。だがそれでも少しだ。正直三十分はギリギリの時間であろう。
「・・・・・なんとか持たせるか」
自分から引き受けた業務だ。それくらいはやらないと示しが付かない。
「・・・・・だが三十分で出来るのか・・・・・。やっぱ凄いな・・・」
そしてこの作戦の軸である二体の優秀さに思わず感嘆してしまう。
「なんだ。自分の力を卑下しているのか」
「・・・・・まあ、そう聞えるか」
思わず呟いていた言葉から卑下していると思われたことに少し驚く。確かに少しは当っているだろう。結局自分は闘う為の力でしかないと言う事を思い知らされる。だがいまはそんな事で思い悩む程余裕はない。だからこそ先程の出た言葉は純粋な称賛の言葉であった。
「そんな事してるリソースは残って無いんだよ」
「・・・・そうだな」
疲れた表情を見せ付けて、真祖を無理矢理納得させた。
「・・・・其方はよくやるな。・・・・一番の損な役割だと言うのに」
「手伝えることが戦って時間を稼ぐぐらいしかないんだよ。それ以上傷を抉るな・・・」
褒めているのか。傷つけているのか。いまいち分からない言葉。それに対して本当に余裕がないためか。傷を抉られたと感じてしまった。
「すまない。言葉を選び間違えたようだ。・・・・いや、これに関しては追求しないのが正解だったようだな」
反省の色を顔に宿し、ため息が出る。
「さて、此方もそろそろお暇しよう。其方のお供達に其方の状況を知らせる役目でも致そうか?」
善意で言ってくれているのだろう。それは正直言って嬉しく思う。だが。
「やめておいてくれよ。俺の状況を知ってしまって、それで今やっている作業に支障が出るかも知れないからさ」
ハティスはどうか分からないが、ヴィリスの方は想像が簡単だ。彼女は元からアダルが生け贄になるようなこの作戦にあまり乗り気ではない。そんな状況でアダルが結構ギリギリな状態だと知られれば、心配事が増えてしまう。おそらくはそれでも完璧に自分のすることを全うして仕舞うであろうが、これ以上彼女に心配事をさせたくはないのだ。
「そうか。善処しよう」
「回復剤ありがとう。・・・・・このあと、頼みますよ。真祖様」
珍しく敬った言葉を使う。それに対して真祖はかるく鼻で笑うだけで空間の歪みに入っていった。
「・・・・さてと」
気をひきしめるため一度咳をし、体に力を入れる。そして一瞬のうちに体を変質させ、元の姿に戻った。
「人間体は光の量を抑えられるから良いが、やっぱり力を入れるならこっちの方が良いよな」
呟くと同時に右腕を掲げると、そこに光が収束していく。その輝きは徐々に大きくなっていき、結界内を明るく照らす太陽にまでなっていた。さすがにここまですれば魔王種達も気付くであろう。自分達が戦っていた個体は分身であったと言う事に。だが最早それでもいいのだ。分身も自分である。オリジナルと遜色などない存在。それ故の特権という奴かいろいろと都合が付く。その一つに離れていても意思共有が出来ると言うのがある。当たり前だ。自分と同じ存在であるならば考えている事も同じである。そして同じ作りの体であれば如何にじゃ慣れていても分身の思考は読めてしまう。だからオリジナルの彼はどっちの戦場の状況も理解出来ている。エアトスの戦闘IQが高いこと。メアリと綾鳥の前世での出来事も。どちらも把握出来ている。そのどちらの戦場もアダルはピンチに置かれていた。エアトスとの戦場では手札が消えていく。メアリとの戦場は圧倒的に魔弁を支配されている。倒す事が目的ではないとはいえこのままやられるのは癪である。だからこそ最後の力を二体の分身に分け与えて、禁断のあの技を使わせる事にした。
「あと三十分持たせば良い。・・・・だからここで切ろうか。切り札をな」
それだけ言うと彼の体は集めた光に耐えきれずに光の粒子となって崩れていく。そして集めた太陽にも見まがうほどの光も粒子となっていく。もはや結界内全体の空を埋め尽くすが如くの粒子は近すぎる星と見まがうほどであった。その行き場のない光の粒子。どこに行き着くのか。それは分身したアダルの肉体にであろう。流星となってアダルの分身に降り注ぐ。
『なにが!』
『起こっているんだ!』
別の場所で戦闘をしていたはずの二体の魔王種は奇しくも同じ事を口にしていた。それに対してアダルは答えない。だが、ある言葉を口にしていた。星の意思によって使わないように言われていたあの禁断の技の発動コードを。
「光神兵器」




