六十四話 鬼神の女
女の鬼神は現れるやいなやこの様に恭しい態度でアダルへと接した。其れを見るだけで彼女がアダルの率いている存在だと言う事が分かる。
「久しぶりで悪いな。シュラヒメ」
「・・・いいえ。お謝りになる事など何もございません。我らを使うことがない位平和だった。ただそれだけですので」
頭を上げて言葉を紡ぐその表情は何も感情が見えないほど平静だった。
「それで今回はどのような御用向きでしょうか」
頭を下げたままのシュラヒメ。その姿勢は命令されるのを待っている。待っているのならば命令を下すまで。アダルは口を開く。
「まずは立ち上がって、後ろを向け」
「・・・・・畏まりました。我らキシュラ一派。主人様の命令と言うのならばどのような仕打ちも受けましょう。喩えどんなに卑猥な命令だったとしても」
明らかにアダルの命令を勘違いしている。其れか遊んでいるかだ。シュラヒメの性格を知っている彼から為れば明らかに後者。思わずため息を吐いてもう一度同じ命令をした。
「遊んでないで後ろを見ろ。其れがお前を呼んだ理由だ」
「・・・・畏まりました。では・・・・・・・・・・。これは・・・」
立ち上がり、ふり返って彼女は言葉を無くす。
「・・・・本当に遊んでいる暇は無かったのですね。これは失礼いたしました」
巨人を見上げた彼女の口から出て来た最初の言葉は謝罪だった。どうもよかれと思ってやった遊びだったのだがそのような時間など無かった事を謝っているようだった。
「別に良い。・・・・・・其れよりもやってくれるよな」
おもむろに彼女の隣に立ち、向きも変えないまま問い掛ける。為るとシュラヒメは態々片膝を突いて頭を下げる。
「其れが主人様の望みならば。直ぐさまあの木偶の坊を倒して見せましょう」
言い終わるやいなや立ち上がると同時にその場を駆け出す。巨人の足下まで走ると地面がくぼむほどの踏み込み、真上へと跳躍した。優に数百メートルを超えるほどの巨人であるが、彼女の跳躍力も化け物であった。なんとあの踏み込みだけで巨人の頭部にまで跳躍したのだ。その化け物じみた身体能力にアダルは思わず笑いが零れる。幾ら身体能力が優れている種族とは言え、あそこまで化け物の身体能力を持っている者など限られよう。彼女の勢いは止まらずに空中を蹴り、進む方向を巨人の顔へとかめる。其れと同時に右手で拳を作り、其れを自分の顔の横へセットした。
「鬼神拳」
拳にオーラが纏う。拳が巨人へと放たれる。巨人は其れを防ごうともせずに受けようとしている。明らかに油断しているのだ。この様な小さい個体の攻撃を受けたところでなんともないと。
『っ! 馬鹿、避けろ!』
だがメアリは気付いた。その拳の危険性を。だが言った所でもう遅い。最早避ける間もなく、その拳は巨人の頬へと直撃した。瞬間。
『んな!』
巨人の頭部。いや、肩ぐらいまで吹き飛んだ。
「・・・・ははっ!」
さすがに読んだ本人であるアダルでさえも空笑いしてしまうほど。彼女の放った正拳突きは破壊力が凄かった。
「・・・・前より凄い事になっているな・・・」
「お褒めいただき、恐悦至極でございます」
彼の放った独り言はシュラヒメの耳に届いていたらしく、着地するやいなや感謝の言葉を口にしてた。アダルも不意に出た言葉であった為、褒めているつもりもなかった。だが彼女が勘違いしているのならばそれでいいと思い、その後は弁明しなかった。
『・・・・・なんだそれ・・・』
メアリは倒れる巨人を目にして呆然と呟く。目の前の光景が信じられない様子だった。彼女から為ればアダルが自分と同じように光で人の形をした物を作ったのかと思ってた。しかし生み出された物は明らかに自分の意思を持っており、尚且つ巨人を一撃で倒してしまうほどの力を有しているのだ。其れはつまりアダルが作りだした物では無い。メアリはそう結論付けた。アダルの発想力ならば其れが出来るであろう。
『・・・・・・光で転送させたのか・・・』
「おお、正解。よく分かったな」
思いつきで呟いたこと。不可能だと思ってしまっていたこと。幾ら考えてもそれ以外に思いつかなかったから言ったこと。それがアダルの口から正解だと言われた。其れが聞えたとき、思わず唇を噛んだ。
『そんなんありかよ』
「・・・・・・まあ、お前には出来ないかもな。俺が使うのは光だからで来たことだとも言えるかもな」
原理としては某青い猫型ロボットの使う道具と同じ様な物だろう。あれは扉を媒介として通った存在を原子レベルまで分解し、再び扉を通る前に再構築させる。アダルはこれをなんの媒介も無しに行った。
『ピンクの扉かよ』
同じ世界から来ているからか、何を参考にしているのか分かる様子だが、それでも彼女は悔しそうである。
『・・・・そっちが質で来るなら、こっちは数で押す!』
巨人は血液に戻って、血だまりが増えた。其れを確認為る間もなく指をならすと、数百を超える。いや、千にも及びそうな数の人型の兵隊が出て来た。そして驚くことにそれぞれが近代武装を装備していた。
『いくらチートな能力を持っていてもこの数の前でただで済むわけがない!』
勝ち誇るように笑みを浮かべ腕を上げる。あれが振り下ろされたときが一斉掃射の合図だと言う事はよく分かった。
「・・・・主人様。・・・この様な軍勢。どう対処するのが正解でしょうか?」
さすがの数を前にシュラヒメも対処を迷っているらしい。しかも彼女から為れば軍勢の所持している武器がどのような物なのか検討も付いていないだろう。
「ああ、うん。これは・・・」
アダルが返答する前一発の銃弾がシュラヒメの肩を抉る。突然の痛みと衝撃に思わず抉られた肩をに触れ、溢れた血を見る。
「なるほど。・・・・そう言う仕組みですか」
「どう対処するか、難しいな」
アダルもさすがの量を前に頭を抑える。
「・・・・・そうですね。これは大変生き残る方が難しいでしょうね・・・」
シュラヒメが言い終わると同時にメアリの腕が振り下ろされた。後を追うように轟くような銃撃音支配する。その音は十秒経っても絶えない。三十秒経っても止まらない。一分。二分三分と続き、四分経った時も止むことは無かった。それがようやく収まったのは五分が経過した時。何が切っ掛けなのかは分からない。エネルギーが切れたのか。それともメアリの気が済んだのか。それとも違う理由か。彼女は指を再び鳴らし、軍勢を血だまりの中に戻した。そこでようやくアダルがいた場所。つまりは銃弾の集中砲火が成された場所に目をやった。ここは集中砲火によって大きく抉れ、血で出来た弾丸であった為其れが液体に戻り、池のようになっていた。
『・・・・・・まさかこの程度なわけ・・・』
血の池に近付き、水面に目を向けるメアリから零れる言葉。彼女は期待しているのだ。アダルがどのようにこの五分間。銃弾の猛威からどのように逃れたのか。
「あの弾丸の嵐。それをこの程度なんて言うなよ。結構危なかったんだからな」
メアリの期待通り、アダルの声が聞えた。其れも真上から。そこに目を向けると何もない場所から少しずつ体が浮き上がってきていた。最初に傷を負ったシュラヒメも彼にしがみついていた。
『透明化。出来るのは知っていたけど。・・・・・明らかにそれだけじゃないよね』
現れ方が透明化が解けたような時の物だったからそうだと思った。だが其れだと彼の体に傷がなさ過ぎる。勿論アダルの再生能力も理解しているが、それでも無傷に近い。そして傷を負ったはずのシュラヒメもどこにも怪我の形跡がなかった。




