六十話 ブラフ
残念ながら今アダルは表情筋が少ない為、口にした其れが本当かどうかなんて向こうからしたら分かったもんじゃない。だがここでもし本当にそうなのかも知れない情報が相手から話されるとしよう。其れはどう解釈されるだろうか。
『ほお。それは意外なことを聞いたな。あんたの戦い方を見るに痛覚を切る術でも有るのではないか思って居たんだが・・・・そうではないと?』
エアトスの表情が少しだが驚いている様子である。勿論其れを信じるのならで有るため少しだけだったのであろう。今のこの状況で敵対する者が急に自分の能力の欠点を口にした。普通であればその欠点を突くことが定石。なにせエアトスは精神干渉が可能なのであるから。アダルの欠点を突くことで彼の動きを少しでも止める事が可能なのである。其れは即ち隙を産ませることが出来る。そしてそれによってアダルを排除することが出来るのである。が、しかし。これは本当の事であるのかという考えが頭を過ぎるのだ。まあ、仕方の無いことであろう。ただいま戦闘真っ最中。戦闘が少し始まる前からの短い付き合いとは永、彼の戦い方をみて性格がほんの僅かに理解出来たりするものである。だからか、疑ってしまうのだ。はたして彼が先程。本当の事を口にしたのかどうかと言う事を。勿論アダルは真実を話した。だがこれまでの問答中に会話した事の全てが真実だったかというとそういうわけではない。アダルは戦闘中でも何故か自分の事を俯瞰で見れてしまうため、別の事にも思考を向けることが可能なのだ。闘う時は自動操縦のような状態と言ってしまえば良いのだろうか。前にリヴァトーンにアドバイスした思考しながら戦えと言うのもこれによって自分が出来るため口にした事である。だが今は其れが良かったのかいまいち分かっていないのだ。彼の訓練をしていたときに思い知ってしまったから。自分の思考しながら為る戦い方は他の者には負担が大きすぎると言う事に。だからそのアドバイスを言った事を後悔して居る。
「今余計な事を考えるのは止めよう」
独り言ちるその言葉はもちろん小さな物であるためエアトスには聞えていないだろう。そこに自信は無い。なにせ彼の力は空気を操る事。其れによって聞えてしまう事もあるのだから。
思考を切替える。余計な事に考えが逸れるのが彼の悪い癖である。前述した通りのことが出来るためアダルの思考は会話に寄っている。その中にはブラフも入れていた。だからエアトスが迷っているんだ。先程口にしたアダルの欠点が真実かどうかと言う事を。アダルはそう考えていた。しかしエアトスはずっと含み笑いを浮かべている。
『・・・・なるほど。こちらの思考の邪魔をしようとしているのか。・・・・全く。面白い事を仕掛けてくるな』
残念ながらアダルのもくろみは簡単にバレてしまった。残念では有るが、仕方が無い事であろう。如何に自分と似ているからと言っても頭の良さは向こうの方が上である。ならばすぐに看破為るのも納得である。
『先程の発言。おそらくは本当の事を口にしたな? ・・・・全くもって笑える話しだよ。こっちが必死に痛覚の遮断の方法を模索していたというのに。あんたのやっていたことはただのやせ我慢だったなんて。がっかりだ』
「悪かったな。・・・・・だけどこれが一番楽な対応策だ。・・・・別に覚えなくても良いんだぞ」
がっかりされようが別に構わない。そもそもアダルは別にそれでも構わなかったのだ。
『やせ我慢。残念ながら痛みに敏感な今の状態では難しそうだな・・・』
心底がっかりしているのが目に見えて分かった。そしてこのタイミングでアダルは翼を白熱化させる。そして無数の光輪が出て来た。これは先程用意していたものではない。先程使用した者は何回か使ったがその後突風によって弾かれてしまった。攻め方を変えなければと思い余ったものを吸収したそのだ。それを再び光輪に形成し直したのだ。
『また其れか。・・・・・・一度上手くいったからといって。何回も同じ手を繰り返す程馬鹿じゃないとは思うが・・・。あんたはそうでないと思いたいな』
憐れみを含めた目がアダルに突き刺さる。確かに彼の言う事は一理ある。一度使い道を失った道具をもう一度だしたのだ。同じように使うと思うのは仕方が無い事だ。
「一度使ったものだからこそ。仕掛けの種が明らかになっているから使える技って言うのもあるんだよ」
そう言うとアダルはあらぬ方向に其れを投げた。全くの見当違いな場所にである。エアトスは彼の発言が気になり、咄嗟にその光輪に目が行った。だがすぐに消えてしまった。其れは消滅したのではなく、突然無くなった。なにも起こらないと思い、視線を戻したとき。アダルの拳が彼の頬を貫いた。
『うっ・・・ぶうぅ』
殴られた瞬間咄嗟にその方向に自分から飛ぶことになんとか成功できたが、勢いは殺しきれなかった。なんとか足で着地することが出来たが、膝を付いてしまう。頬、首、肩。そして足に痛みが走る。一番痛いのは一応頬ではある。だが其れは今だけ。今後痛みが強くなるのは首であろう。
『・・・ぺっ!』
頬の外も中も血が出てくる。口内の不快感を取り除くためにはき出すが、それだけで止まらないのはわかっている。だから即座に回復させた。
『視線誘導』
「そう。古典的な技に引っかかってくれてありがとう」
真上から聞える声。嫌味が含まれたものだ。咄嗟にその方向に目を向けると二人のアダルがいた。この二人は最初に光弾を浴びせた個体である。
『・・・・何も知らずにあんたと敵対してしまったことを後悔して居るよ。まさか姿を消す術もあるのか・・』
「ここで肯定為ると思うのか」
ほぼ肯定したような返答に思わず口角が上がる。
『再び出した光輪。また同じ手ではないという警告。そして其れをブラフにした不意打ち。ああ、面白いな。あんたと戦うと勉強になる。これが戦闘術か!』
興奮した声を上げる。今まで頭を使うことはあっても戦う場に出る事がすくなかったからこそ出る発言であろう。そして恐ろしいことに吸収力が凄い。魔王種のポテンシャルは未だに計り切れていない。なにせ向こうは明らかに攻撃を受ける事を楽しんでいる節がある。
「楽しむのは良いが。・・・・まだ終わってないぞ」
真上の二人は両手全部の指から光線を放つ。四方八方に放たれる光線。しかしそのどれもエアトスを狙った物では無く、あらぬ方向に向かっていく。其れは直接エアトスに当る物では無かった。そう当らないと思われた。
『ぐうっ!』
突如として胸部を貫かれた。其れは先程も感じた痛みである。目を向けると血が溢れている。だが先程と違うのは貫かれたのが胸であるということ。胸は大体の生物の大事な臓器が納められている場所。貫かれたのは左胸。おそらくは肺をやられた為、呼吸がしづらくなっていく。
「それだけで済むと思うなよ」
宣言通り、体のあらゆる場所が貫かれていく。さすがにこの間までは不味いと思ったのか、急速再生させ、貫かれた場所を塞いでいく。だが残念ながら内臓の再生までは頭が回っていかない。呼吸のしづらいが増していく。だがそこは空気の使い手であるため、其れを無理矢理坑の開いた肺の中に戻して、圧によってその穴を塞いだ。ただ其れだけではなく、その場から動き、何が自分の体を貫いているのかを確認した。いや、何が貫いたのかは分かっている。アダルが放った二十本の光線であろう。問題はあらぬ方向に飛んでいったはずの其れがどのような動きでエアトスの体を貫くに到ったのかをどうにか確認使用とした。




