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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
第一章 暴嵐の猪王
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二十八話 黒の影

 アダルは現在、猪王が活動を停止させている場所に向けて、飛行している。彼はあの後物の十秒ほどで王宮を駆け抜け、外に出た。そしてその勢いを殺さずに翼を広げ、飛び立ったのだ。王宮内を駆け抜けている途中に彼に気付き、話かけようとする人物もいたが、如何せん早すぎて、言葉が置き去りになっているアダルの耳には何も届かなかった。届いていても、きっと彼は耳を貸さなかっただろう。それくらい状況は切迫していた。

「間に合ってくれよ」

 にじみ出した焦りが、その言葉を吐かせた。彼はフラウドの言葉を思いだしていたのだ。フラウドが言うには今の猪王の状態はガス欠。普通の場合そのままにしていると、ある程度時間を掛けないと動けない。だが、あいつは普通じゃない可能性がある。何かしらの補給手段を持っていたり、或いは何者かが猪王に補給させるかも知れない。

「俺の予想。当たらないでくれよ」

 どこか恨み言のような言葉が、彼の口から発せられる。彼は知っているのだ。猪王に魔物の血を補給させうる存在の事を。そして、口で言いながらも彼は分かっているのだ。きっと、その存在なら猪王に魔物の血液を無条件で与えるだろうと。それが分かっていて、彼はその場に急いでいるのだ。別にフラウドに時間を取られた事を悪いことだとは思っていない。むしろ有益な事が知れて良かったと思っているくらいだ。猪王の知らなかったことを聞けて良かったと思うし、奴が魔物の血液を求めて行動為るというのも聞けて良かったと。だが、しかし。それでも正直今は時間が惜しい。この僅かな時間さえも、その存在にとっては猪王に供給するのに恰好の時間なのだ。それが分かっているからこそ、アダルは焦っているのだ。彼は昔それを経験して、知っている。その存在に力を供給された魔物はそれまで以上に強くなった。しかも急速に。一度経験して、彼はその存在の恐ろしさを理解している。きっと今回も例外なくその存在は猪王に力を与えるだろう。そうなった場合、本当に想定外の被害が出かねない。もしくは王国に住む全ての生物が全滅しかねないのだ。それを考えると彼の体は恐怖に震える。これ以上被害を増やすわけにはいかないと考え、より一層飛行を加速させる。早く奴が停止した場所に向い、猪王を倒さんが為に。これ以上この王国に被害をもたらさない為に。これ以上、屍を前に泣く姿を見たくないために。彼は真っ直ぐな眼差しで、遠くにあるその場所を見据えた。その目は決意を表すように、濁りが全く無い物だった。そして、こんな理不尽な事を起こしている猪王への怒りの念もその目には宿っていた。






 活動を停止させていた猪王の近くに黒い人影があった。それは人影だとは分かるがそれ以外は全く分からない曖昧な存在だった。影は三十メートル近くある猪王の巨体を様子を伺うように見上げている。

「ははっ! この程度の力に耐えられぬとは。この個体も出来損ないか」

 影から発せられた声は不遜そうな男の物だった。彼は落胆の声を上げると、影は疲れた様な息を吐いた。

「所詮器では無かったということか。我も見込みが無いよな」

 失望を表すその言葉を吐き、影、向きを変えその場を去ろうとする。

「・・・・・・・ぅぅぅ」

 そんな影を呼び止めるように猪王は今ある体力を持って、必死に呼び止めようと声を上げる。その声が耳に入った影は不愉快そうな顔を猪王に向けた。

「何だ? 畜生風情が我を呼び止めるとは。凄く不愉快だ」

 影の威圧混じりのその声に猪王は動けないながら体を震えだした。しかし、猪王はそんな状況ながら訴えるように小さな声を上げていく。

「グ・・・・ルぅぅ。ガ・・・・・・ゥゥ!」

 その声を聞いて、影はより一層に顔を歪める。

「まだ、力を求めるのか。貪欲な奴め」

 最早見るに堪えないと影は再び向きを変え、歩みを始めた。

「グルル・・・ゥゥゥ! ガルゥゥ。ガルグ・・・・・・ゥ」

 そんな影を必死に引き留めようと、猪王はうなり声を上げ続ける。

「何故我がこれ以上貴様に力を与えねば成らない。戯言も大概にしろよ」

 最後に振り返らずに、怒気を滾らせた言葉を叩き付ける。その言葉に、猪王は声を上げるのを辞めただ、影を見送ることしか出来ない。

「さて、どうした物か」

 歩みを続けながら彼は悩んでいた。

「緑の先兵は力配分を見誤る愚か者だった訳だが。これでは些か共に見せる顔が無いな」

 影は黄金の球体の事を思い出し、不甲斐ないと感じていた。

「いっその事、我の先兵を使うか? いや、まだ時期が早いな」

 あれでも無い、これでも無いと、考えていく影。そうしている内に、彼は全てが破壊された町跡に足を踏みいてていた。

「フンッ! なんと大雑把な破壊だ。これだから力馬鹿の緑の配下はいけ好かない」

 その町後に踏み込んで、影は再び、不愉快そうに顔を歪める。

「やはり破壊は斬撃でやるに限る。それこそ綺麗な断面が出来、芸術にも成る」

 そっと目を閉じてその光景を頭に思い描き、影は光悦の表情を浮かべる。

「均等に切り裂かれた建物。一寸のの狂いも無く、裂かれた瓦礫。そして、それをいるづけるように疎らに鏤められた赤い血液。虫の死骸はその芸術を引き上げるためのアクセント。これこそ真の破壊であり、芸術。それなのに・・・・」

 瞳を開けると、そこには無造作な現実があった。

「なんだ、この破壊は。全く成っていない。やはりあいつに、この芸術は分からないか」

 彼は落胆したように肩を落とす。

「力馬鹿に一軍を任せるとは。我が友は一体何を考えているのだ?」

 彼は黄金の球体とは結構な長い付き合いとなるのに、その意図は全く分からないと考え、息を吐いた。

「まあ、それはいい。問題はこの作戦をどうするかだが」

 影は考え込むように顎に手を当てる。

「作戦を続けるにしても、あの畜生では続行は出来ないだろう。何せ我が力を与えてなお、町一つしか大雑把に破壊できない訳だからな」

 そっと瞳を閉じ、その場似合った瓦礫に腰を下ろしながら彼は悩み続ける。

「だが、作戦は未だ実行中だ。この作戦失敗すると、青が五月蠅そうだ」

 その光景を思い浮かべるか彼は苦そうな表情を浮かべる。

「それは面倒だな。さて、どうした物か・・・・・」

 彼はそこで悩み続けた。この作戦をどうにかして成功させる必要がある。彼は友である黄金の球体をがどのような行動を求めているのかと必死で思考を続ける。

「どうするべきか・・・・・・。ん?」

 考えにふけっていると、彼はある事に気がついた。

「此方に猛スピードで接近してくる者が居るな」

 訝しげにその気配を探ると、それはとてつもないスピードで此方に近づいてきていた。

「この気配。どこかで味わったような」

 その気配に覚えがあった影は、必死に記憶からその気配の正体を思い出そうとフル回転させていた。

「うーむ。どこだったかの? 確か百年以上前だったか? この気配を前に味わったのは」

 未だ、その正体を思い出せない。そうしている内にも、気配はどんどん此方に近づいてくる。それに連れ気配もより性格に読み取れるようになっていく。

「ああ、そうか。分かったぞ!」

 その正体が分かった彼は勢いよく目を開け、愉快そうに口角を上げた。

「そうか! あやつか。ようやく引きこもりを止めおったか」

 愉快そうに声を上げると影は声を出して笑い出した。

「正直、このような作戦つまらないと思っておったが。いやはやこれは面白い事になりよったな!」

 その笑い声は誰も生存者のいない瓦礫だらけの街跡に響いた。少しの間、その声は続いた。

「そうか! 良いことを思いついたぞ!」

 影は悪巧みを思いツタ表情を浮かべ、そっと立ち上がり、足を進め始める。

「我を落胆させるなよ。星の鳥。天輝鳥(ガルーダ)よ!」

 それを呟くと影は笑い声をあげながらその場から姿を消した。

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