五十五話 鷹堂綾鳥とは
メアリによる妹との思い出語りは続いた。
『その後なんやかんやで一年間友達として付き合いがあった。そんな時だった。綾ちゃんのことを好きになった人が出て来たのは』
彼女からの言葉を耳にして、其れをそのまま信じるのならば。綾鳥に好意を抱かない者はいないだろうとも思える。それくらい誰にでも分け隔て無く優しい存在ならば。
『私が隣にいる時だった。・・・・彼は私の事なんて目もくれずにただ綾ちゃんのことを見ていた。まるで最初からいなかったように扱った』
聞いている限り、その男が悪い事は明白である。ふと、其れが過去の事と重なった。
『私がいないように扱われたことは別に何も思わなかった。だけどその男はよりにもよって目の前で告白しやがった』
「・・・はっ?」
一瞬にして考えていたこと全てがはじけ飛んだ。人目も気にせずにそんな事をしたのかと呆れてしまった。
「・・・・・・おい、待てよ。・・・其奴はもしかして他にも人がいるところで告白したのか?」
『そうだよ。良く分かったね』
その返答に思わず頭を抱えてしまう。
「はあ」
ため息を吐く、その告白した男の事を考える。その青年はおそらく頭が良い方なんだろう。人前で恥もなく告白したのだから。其れで振られたら悪いのは綾鳥だという風潮を作り出す。告白した方は勇気ある者としてのたたえられる。そしておそらくその告白した男は顔が良くて異性からモテている事を自覚していた。其れが分かっていて告白すると言う事は彼に好意を持っている女子を敵に回すということであり、彼に取っては何よりも強い味方を生み出すことにもある。
『綾ちゃんはその告白を断ったよ。結果として同学年の女子の4割を敵に回すことになった』
4割も同じ男に好意を持っていたことに少し驚く。そんな男がいるのかという感想でしかない。別にその男が妹のこと好きであると言う事と妹がその男に好意を持っているとでは別の話であるからだ。妹としたらそこまで好意を抱いていなかったから断ったに過ぎない。
『真横で告白を振るのを見て、私は思わず驚いてしまった。そして内心では笑っていた。私はその男が嫌いだったから。ざまあみろと思って居たんだ』
嫌いと言うほどの何かが彼には合ったのだろう。彼女の又聞きだがアダルもあまりその青年にいい印象をもてなかった。そんな猾賢いこそくな手を使い様な男と妹を付き合わせたくないと言う想いが湧いたからだ。
『あいつの性格が悪いのは見て分かった』
彼の振る舞いを見てそう想うのは仕方が無い。現にアダルも同じ様な感想を持っていたから。
『だけど女子には人気だった。だからこそ告白された妬みと嫉妬心。そして彼の告白を断ったということを後悔させたいという想いが女子の中で広まった』
他人を排斥するときの人の力というものは怖いものである。アダルも過去。この世界でその対象になった事があるから分かる。あの時程団結力が上がるときは他にはない。
『そこからいじめが発生した。・・・・・だけど其れはすぐに解決した。その理由はそのときは分からなかった』
街がなく小鳥が干渉したから収まったことであろう。明鳥が死んでから十数年。アラサーになった彼女は社会的な権力を手にした事によって収まったこと。
『その後彼は何にも無かったかのように海外に留学した。その後の事は興味が無かったけど噂で大けがをしたとは聞いた』
そこまでは関与していないとは思いたい。大人になって丸くなった者だとは思いたい。だがアダルの知っている彼女はそこまでしてしまう程過激であった。妹に手を出し、周りの子達を唆した性格の悪さが仇になった結果であろう。そこまでして仕舞うくらい小鳥は妹のことになると過激になってしまったのかと頭を抱えてしまう。
『その後は楽しく過ごせていた。いじめられるようなこともなく。複数の友人と平和だった。・・・・だけど私の中にはある想いの火種があった』
火種が出来ると言う事はその平和な生活に満足が出来ないと言う事である。其れは何故なのか。正直聞いてみたくもあった。
『私の中で灯がともってしまった想い。其れは一年前。綾ちゃんと出会ったときに抱いてもの。・・・この子を壊したらどうなるんだろう』
正直聞かなくても答えは分かっていた。だが彼女の口から聞かないと其れは正解ではない。
『今回は壊れなかった。・・・いや、壊れないようにされた。綾ちゃんは元々いじめられた程度ではめげるような子でも無かったし、悪意には疎かったからいじめを受けていたと言う事も分かっていないような様子だった。だからこそ気になってしまった。ここまでいじめに疎い彼女は、どこからいじめと感じるんだろうって』
そこにあるのは単なる興味。だけではないのだろう。その興味だけで実行に移せるとは思えないからだ。少なくともアダルは実行しようとも思わない。
『・・・・だけどその考えは悪い事だって言うのも分かっていた。だから必死にその日を消そうと蓋をした』
道徳心というものは残っていた。だがそれでも彼女は決行した。
『だけど今度はその日が消える事は無かった。理由はそのときは分からなかった。だけど毎朝綾ちゃんと会う度にその思いが強まっていった』
一度は消えたはずの思考。もう一度やれば其れは消えるとメアリは考えた。しかし実際そうはならなかった。そこでアダルは思ってしまった。一度蓋をしたその火種。其れは果たして本当に消えていたのだろうか。
『消えないことを悩んだときもあった。寝れなくなった日もある。そして朝になるとまた綾ちゃんに会ってその思いが強くなった』
その時の事が本当に苦しかったのであろう。その顔は悲痛なものになっていた。
『だから私は考えた。なんで私はこんなにも綾ちゃんに執着しているんだろうって』
執着するのには理由がある。苦しんでいたからこそ彼女は其れを知りたかった。
『そこから綾ちゃんを観察するようになった。私が執着しているのは彼女だったから其れを詳しく知りたいが為に』
「・・・・・・それで理由は分かったのか?」
アダルの問い掛けに頷いて口を開く。
『綾ちゃんは魔性の女。というのは悪口過ぎるかな? だけどそれくらいの魅力を彼女は持っていた』
妹が魔性の女だということを聞かされても首を傾げたくなった。
『誰にでも好かれるような性格。愛らしい容姿。そして何よりも不思議だったのは彼女の一度目があったら離すことが出来ない目だった』
アダルが覚えている妹は赤ん坊の時だったが、メアリの言う通り綾鳥は不思議な目を持っていたのを思い出した。
『綾ちゃんの目。あれが本当に特別なものだった。一見為ると他の人の目と変わらない。だけどそうじゃないのは観察して初めて分かった。綾ちゃんの目は他の人の目とは色が鮮やかだった』
綾鳥の目。メアリが言う通りその色は日本人離れしている。
『カラコンをしている事も私には分からなかった。だけどしなければいけなかったンだと言う事も本当の目を見て分かった』
「おまえ。見たのか!」
彼女が見たことも。妹が見せたことにも驚く。あれは家族以外に見せて良いものではないはずなのだ。
『・・・・その反応。・・・・本当に綾ちゃんのお兄さんだったんだ』
メアリのアダルに向ける目にも驚きがあった。正直言って疑うのも仕方が無い事ではある。なにせ都合良く前世でいじめていた相手の兄が現れる事なんてないのだから。
『うん。みたよ。彼女の人を魅了する。・・・・・虹色の瞳をね』




