五十二話 尊敬の念
破滅願望が有ると言われたとき。アダルは不思議と自分の中で納得してしまった。今までそのような事は思った事も無かった。だが言われてみればそのような振る舞いをしていたと思い返す。それは前世から変わらない性格の根幹にあるのだろう。不思議と体に傷が付くことにためらいがなかった。スポーツをするときでも。喧嘩に巻き込まれたときも。事故に遭いそうな子供を助けたときも。痛みこそ感じても不思議と満たされるような感じがした。だからこそアダルは分からなかったのだ。周りの人達が何故怒っているのかと言うことを。アダルは確かに褒められるようなことばかりしてきた訳ではなかった。だが怒られると言う経験は何回か逢った。それこそ事故似合いそうな子供を助けて足を折ったとき。そのときは子供の両親からは感謝された。だが自分の両親からは注意を受けた。考えれば分かりそうなことではあった。だがアダルは。いや、鷹堂明鳥はなぜ注意されているのか理解が出来なかった。
本人からすれば子供を助けることは当たり前であった。明鳥が骨折するほどだ。それが小さい子供の場合。その命はなかったかも知れない。足が折れただけでこどもの命を救ったのだから本人としてら問題の無い事であった。だが周りの者達にとっては違った。まず明鳥のやった事は褒められることであった。そこに疑いの余地など存在しない。誰もが彼の行なった事を善としてみた。だから本人は気づかなかった。その行いで誰が心配するというのかと言う事を。思えば彼は心配する者の気持ちというものをおろそかにするきらいにある。だからこそ親の抱いた感情と言うものに疎かった。・・・いや、親だけではない。友人や同級生の抱いていたものにも疎かったのだ。唯一アダルの根幹が見えていたのは妹であった小鳥だけであった。だから明鳥が怪我して帰ってきたときは笑って馬鹿とか阿呆とか罵倒が飛んできた。そう言う意味では言い妹を持ったと思うし、先に死んでしまったことは申し訳なく思う。
『戦いの最中に他の事を考えているな?』
不意に外からの声が聞える。そして思い出す。今の現業を。
『そんな暇があるのか。さすが死にたがりは違うな』
エアトスの言葉が心に響く。これは能力なのか。それとも違うのかアダルには判断がつかない。その事実が無性に苛ついて思わず舌打ちを鳴らす。
エアトスの拳が顔面目がけて飛んでくる。其れを寸でに避ける。寸ででないと軌道修正されて顔面に当るからだ。避けた拳に目をやると、軌道が横に変わった。拳頭をこめかみ当てようとしている動きだ。この場合頭を下げた方が良いのだろう。だが下に目をやると今出された腕に隠れている左の拳が攻撃準備が終わっている。おそらくこの右拳はブラフ。本命はこの拳であろう。だがブラフにもまだ勢いがある。
「ふっ!」
『ふん!』
一歩下がって横薙ぎを避けた。そこから続けざまに左の拳が飛んで。
「はあっ!」
来なかった。エアトスはここで足払いをしてきたのだ。拳に意識が言っていたのと一歩下がって重心がまだ安定していないときに足払いを掛けられたためアダルは大きくバランスを崩した。
『まだ終わらない』
この隙を見逃すほど愚かではない彼はいつの間にか左手にナイフを持っていた。
「何時出したんだよ!」
思わず叫ぶが答えない。転倒しそうになって、今は一瞬だけ空中に浮いている状態である。この様な体勢で動かせるもの。
「こ・・・の!」
左手を地面につけて、そこから片手バク転の要領で回転運動を生む。その際にエアトスの左腕をついでに蹴った。勿論その程度の打撃でナイフを落とすわけではなかった。だが蹴ったことで怯んでくれたのか、追撃はしてこなかった。このチャンスを逃すこと無かれとアダルはバク転から着地すると大きく退いた。
『足癖の悪い奴だ』
言葉を吐くと瞬時にアダルに近付く。息を吐く間もなく近付かれ、悪態を吐く暇も無い。だからここでアダルは拍手の了承で手を鳴らす。普通のものでは考えられないほど音が響き、あまりの音の大きさにエアトスの動きが止まった。奇襲が失敗したのを確認し、次の行動に移る。
拍手の状態から指を立てた状態で手を開き、全部の指先から掌底部に光りを集めて丸く形成為れた光球を放つ。参考になるような技は前世では大量にあった。この様な世界に来たのだから再現したくなるのは男として仕方が無い事である。
『ちょっ! その技は駄目だろ!』
避けられずにクロスした両腕で防がれる。だが出力が高いため距離は取る事に成功した。前世が同じであるエアトスからは呆れられた。まあ、言いたい事は分からなくもない。だが意表を突くにはもってこいであった。現に突かれた彼は防御に意識を持っている。
「そのためにこの業を使ったからな。日本生まれでこれを知らない奴はいないだろう」
嘲笑うような声を出すアダル。悪役に見えるような振る舞いである。
『それを使うとは思うかよ。・・・あんた、作者に対するリスペクトはないのかよ』
「それこそ意見の相違だな。・・・俺はこれを考えついた作者には最高の敬意を抱いているんだよ」
自分一人では決して考えつかないような技を作り出す。其れも読者が考えつかないよう事を描ける作者という存在にアダルは敬意を持っている。だからこそ彼は本を読むのが好きであった。其れはこの世界でも変わらない。生憎漫画は存在しなかったが、その代わりに魔法があるこの世界では魔術書や伝説をモチーフにした本が存在する。前世ではライトノベルと言われるようなものである。娯楽の少ないこの世界では全年齢の者達に読まれることもあるジャンルである。ここだけ言うとアダルはライトノベルしか読んでないように思うかも知れないが、そんな事は無い。結構いろいろなジャンルを読んだりする。恋愛ものだけは読まないがその他のジャンルは結構まんべんなく好んでいる。
「俺では決して考えつかない事だ。この世界では勉強になるだろ」
彼の発言にエアトスは呆れた様な表情をした。だがここでアダルは彼の痛いところを突く事にした。
「では言わせて貰おうか。あんたも自分の技で前世の記憶を参考にしたものが無いわけないよな」
吐かれた言葉。次の聞えたのは息が詰まった音であった。つまりは。
「図星だな」
アダルの言葉に返答できなかった。つまりはその通りであるということである。
「まあ、そうだよな。いくら強力な力があっても。それを生かせる使い方をしないとそれは宝の持ち腐れだ」
『・・・・そうだな。・・・たしかに前世の知識を活用している。そのおかげでこういうことができるんだからな』
何か仕掛けてくることを確信したアダルは身構える。だが何故か自然と指を鳴らしていた。その行為は彼が自発的に行ったものではない。
『精神干渉してあんたの体の権利を一時的に奪った』
先ほどまでの挑発的な態度が一変。彼から放たれるそれは苦々しいものであった。
「・・・・・ああ。考えないわけではなかったが。・・・・・最悪だよ」
精神干渉が可能なことでできる事で候補には上がっていた。だがそれもいつの間にか消えていた。おそらくそれもエアトスが仕掛けたことなのだろう。
「・・・ああ。最悪だよ。今の動作のせいであんたの能力の枷が取れてしまった」
『それがいま俺がやるべきことだったからな。…だけど凄いな。体の主導権は未だに奪えない。封印を解除させることが精々だ』
褒められているのだろう。だが一切うれしくない。理由は分かっている。自分がいまだ魔王種を甘く見ていた事が証明されてしまったからだ。




