五十一話 とある願望
頭痛が本当に有るわけでは無い。だが痛くなりそうな情報ではあった。考えたくないのだ。裏切り者が存在していると言う事を。
『・・・黒か・・・』
「さあ、如何だろうな」
アダルは余計な事は言わない。そんな余裕がなかったのだ。襲いかかってくる熊達の猛攻。其れをいなし続けている。そのことに頭が持って行かれているから。
「・・・・ああ、鬱陶しいな!」
何時までもいなし続けて次の動きに行けない事をにイラだちを隠せなくなったアダルは舌打ちをして翼を広げて上に飛んだ。下を見るまでもなく液体同士がぶつかったとは思えないような硬い音が聞えてしょうとオツしたのだと分かる。
『逃げるの?』
「そんなことはするつもりはないが。こいつらの対処が面倒だからな。他の奴に対処させるんだよ」
そう宣言するとアダルは胸の前で腕を組む。
『させるとでも?』
『そうだ、・・・よ!』
腕に血液を纏わせて、其れを剣の形状にしたメアリはアダルが仲間を呼ぼうとしていると感じ、其れの邪魔をするために彼へと跳躍する。さすがは魔王種の器となりえるものの体と言うべきか。それとも魔王種の力でと言うべきなのか。その跳躍でアダルの元へと吐くのは早かった。
『とりあえず今までなじって貰った分。一端ここで返すことにするね』
これまでアダルの放った暴言。其れに関してメアリは当然の如く怒りを感じていた。
『そのあとで前世であんたの妹たちからの分も追加で上げる。・・・・私許すつもりはないからね』
獰猛に笑った彼女の表情にアダルは達観した様子であった。
「・・・・お前からなんて一発も貰うつもりはねえよ」
振りかぶっていたメアリの腕を言葉と共に掴んだ。意見何の違和感もないように思える。だがメアリは目を見開いている。彼女はなにが起こっているのか理解が追いつかなかった。
『・・・・えっ! ・・・ど、どうなってんの!』
信じられないといった風に彼女は笑うしかなかった。それもそうだろう。なにせアダルが彼女の腕を掴んだ手は三つ目であったのだから。・・・・いや、正確には肩から三つ目腕が生えていたのである。
「今までやってこなかったがな。・・・こういうこともできるんだよ」
彼女を嘲笑うアダルの輪郭がぶれていく。其れは高速で左右に動いている様に見えている。そしてそのぶれが徐々に大きくなっていく。そしてついにはぶれてはいなくなっていった。
「「戦いで使うのは初めてだが。上手く行って良かったよ」」
正真正銘にアダルは二人になった。其れは高速移動でそう見えているのではない。分身をしたのだ。
『そ、そんな事出来るなんて聞いてないよ!』
「「誰にもいっていないからな。戦闘で使うのは初めてだよ」」
奇策だが案外こういう術は相手の動揺を誘う。現にメアリは動揺している。エアトスの方もこめかみに青筋が浮かんでいた。ならばさらに驚かせようか。
「「「まだまだアトラクションは残っているんだ。楽しんでくれよ」」」
さらにアダルの背後から何のモーションも無しにもう行った分身が出て来た。これによってアダルは先程のぶれる現象も成しに分身が作れることを明かしてしまった。これは結構痛いことではあるのだが今は驚かせる事を優先してもう一体出した。
新たにもう一体出した分身は降下させた。熊たちを相手取るために。メアリの腕を掴んでいる分身はそのまま遠くに飛んでこの場からメアリを引き離す。下の熊の対処が出来たらその分身もメアリのほうに向かわせるつもりである。そして本体はエアトスの近くに降下した。
『三体は作りすぎじゃないか?』
「そうかもな。・・・・もう一体作ったのは余計だったと思って居るよ。・・・・だが些か単調な作業でいい加減熊との対峙が鬱陶しかったんだよ」
幾らメアリの戦法であるとは言え、何時までも血液でできた生物と闘い続けるというのはアダルの中でストレスが生じていた。其れに加え、エアトスの精神干渉もあったのだ。どうにかしなければと思考した末、それぞれ分身して対処すれば良いのではと言う事を思いついて実行した。そうすればお互いに邪魔がなくなると判断したのだ。
「・・・・・だけど良かったと思って居るよ。これであんたに集中できる」
光りの槍を形成し、右手で掴む。
『それはお前が使う必殺の権能か』
「残念だな。これはただの光りで形成したやりだ。こんな序盤で使うわけねえだろ」
いくら相手が魔王種であってもこんな序盤から使用していたらアダルの命が持たない。其れにあれを使用したら発動が終わるまで左腕が仕えなくなってしまう。みずから手札を減らすような真似はしたくはない。
『そうか。・・・・期待していたんだが残念だ。・・・だがその余裕がお前の命をつづめることになる』
宣言されたことにアダルは思わず吹き出してしまった。
「命を縮めるって。あんたは俺が生きて帰る事を望んでいるとでも思って居るのか?」
挑発気味に口にすると彼は目を細めた。
『何?』
「さすがに生きて帰るなんて。そんな夢みたいな事は考えていない。・・・・俺はな。死んででも。この命が尽きることになってもあんたらをここから出さないためにここに立っているんだよ」
アダルの覚悟というものをエアトスは勘違いしていた。こういう手合いは大抵戦闘したとしても生き残ることを考える。だからその後やりたいことなどを語る節がある。だがアダルは彼と対面してからそう言うことを口にしていなかった。てっきり敵を前にしたから言わないのだと思って居た。しかしどうもそういうわけではなかったらしい。
『命が惜しくないと?』
「お前ら魔王種相手に命の心配をすると思っているのか? 其れも二体相手にだ。馬鹿言えよ」
城内の廊下で再び決意した心持ちは変わる事はない。むしろ相対してその決意は一層に強まった。
「だから俺の命と共に消滅しろよ」
『・・・・・なんだ。・・・・・揺さぶれる様な相手ではないのか』
そしてエアトスは自分が思い違いをしていたとここで自覚した。
『あんたと俺は似ていると思っていたんだがな。・・・・・・ただ思考が似ているだけだったようだ』
「はっ! 今気づいたのか」
エアトスが思って居たことは当然ながらアダルは分かっていた。たしかに思考は似ているだろう。だが性格はと言うものは決して似ているとは言いづらいだろう。
『破滅願望持ちだったのか』
先程の問答でアダルの本質を見いだしたのはさすがだと言えるだろう。アダルは驚いた様な関心したような曖昧な声を上げた。
「はははっ! まさか誰にも言っていないことを当てられるとはな」
其れに関して彼は反論しなかった。それどころか肯定するような言葉を口にして、槍を突き立てる。なんなく躱すエアトスは言葉をつづけた。
『命が惜しくないと口にしている時点でそうなんだと確信した。・・・それに今までのあんたの行動を鑑みればそうとしか思えないような行動を繰り返しているからな』
今までと言うのはいつからだろうと一瞬思ったが其れはすぐに彼が話してくれた。
『我々が送り出した先兵との戦い。あんたは傷を負うような戦い方をしていた。幾ら再生能力を持っていたとしてもそんな戦い方はあまりにも非効率だろ?』
エアトスが話し続けている中でもアダルは槍を振い続けていた。それはまるで彼の口を閉じさせようとしているのかのように。
『図星のようだな』
「そうかもな!」
ここでアダルは彼が避ける寸前に槍の先端を刺叉状にして交わせないように胴体を捉えた。その上で逃げられないように先端を締めた。




