四十七話 真祖の助力
翼を切られた痛みが、アダルの思考を邪魔する。一歩下がって、切り落とされた其れに目をやると、切り口が雑になっていた。
「やっぱお前も性格が悪い。こんな雑に切りやがって。お陰で痛いじゃねえか」
痛みになれているというアダルが痛いと口にした。普段はあまり口にしない言葉である其れを。よくサイコパス診断で行われる質問に綺麗な刃物と刃が欠けた刃物どちらを使うという質問があるが、エアトスは間違い無く前者であろう。
「サイコパスが」
『・・・・・・まあ、そうだな。前世其れをやったときはサイコパス診断を受けていた。そのときは否定していたが、今は受け入れよう。俺は間違い無くサイコパスなんだろう。・・・・その証拠にお前のその顔。見ていて昂揚する物があるからな』
気持ちの悪いカミングアウトだ。
「・・・油断しすぎたな」
おもむろに隣に歩んできた真祖の小言が響く。
「これくらいは想定内だよ。・・・・首を切られなかっただけましだ」
そう。魔王種に近付くのだ。どこかしらの欠損は覚悟できていた。むしろ翼で良かったとすら思って居る。
「この痛み。ただ切られただけじゃないな。・・・・・・ちっ!」
気づいた瞬間にアダルは残った翼を根元から切り落とした。
『・・・・・それを気づくか』
関心したように呟くエアトスをアダルは思わず睨む。
「ああ。今のは危なかったよ。・・・・まさか鉄化させる粉を交えていたとはな。危うく手遅れになるところだった」
先程切り落としたもの。そして今落としたものは徐々に鉄になっていく。あのままだったら体に付着して、浸食されていったであろう。
『悪い手ではなかっただろ?』
「お前に取ってはな。俺からしたら最悪だ」
一見何が悪いのか分からない。現にメアリは首を傾げていた。
「・・・・・・違和感に気づけて良かったよ。普通の痛みじゃ無いと思っていたらそれはそうだ。不純物が入っていた。其れもわざと粗めに入れて。ちゃっかり毒を混ぜて。・・・・手数が多いな。本当に怖い相手だよ」
空気を掌握していると言うことだけを把握していたため、そっちの方に意識が言ってしまったが、そうではない。軟体獣は石化光線を撃っていた。つまりはそのような攻撃をする技術が開発されていると言う事。そして其れを改良し、戦闘に交えることも可能。考えるだけで嫌になる。
「・・・・・。真祖。先走ってしまったのは謝るから、そろそろ手をしてくれないか?」
分かっていた事だが、さすがに分が悪いことを察し、救援の要請を為る。
「・・・・やっと頼ってくれたか。遅いぞ」
「すまないな。頭に血が上っていたんだ」
「言い訳にはならない言葉だ。・・・・だが頼ることが下手な其方が助けを求めた。・・・・今はそれでいいだろう」
真祖はやや呆れた様子で言い終わると、右腕の袖をまくった。
『ひ、卑怯だぞ!』
メアリの小物感たっぷりの避難は残念ながらアダルと真祖には届かなかった。卑怯というのなら向こうの方がそうで有ろう。だから耳を貸すつもりは無かった。
「で、何を手伝えば良いと?」
「事前の打ち合わせしたとおりに」
行動パターンは既に決めてきた。空気を操る相手なのだから、下手に口にしたら、すぐに耳に入ってしまう。
「・・・・心配するだけ無駄だな」
真祖は一度きりアダルの背中に目をやるが、すぐに諦めた様な素振りをした。
「ああ。そうだよ」
アダルもその問い掛けに引き締めた顔を見せる。
『・・・・・・・作戦会議は終わりか?』
「無粋な奴だ。こっちの会話に入り込んでくるとはな」
抗議する真祖の声音が変わった。それはアダルでさえ、今まで感じたことのないような重く、空間を抑圧するようなもの。其れにを耳にした魔王種二人は思わず一歩下がった。
『・・・・これが生ける伝説の実力の一片か。興味深いな』
圧倒されてしまったが、エアトスの目は輝いていた。まるで憧れる存在を見るような眼差しを向けてくる。敵対しているという事実があるのに其れが出来る事が驚いてしまう。
『・・・・くっ!』
対してメアリの反応は体が震えていた。それは逆らえない相手に逆らっている時のような恐怖が彼女の体を襲っているからであろう。メアリの体は真祖の血が入っている。だったら尚更その恐怖心というものが刻まれているから出る反応だった。
「最初は。・・・これだったな」
拳を握った瞬間魔王種二人の背後の空間が歪み、穴が出現した。其れを瞬時に感じ取った二人は思わずそっちに目を剥けかけた。其れが明らかな隙になってしまったのだ。
「よそ見するんじゃねえよ!」
瞬時に翼を生やすと其れを使い超高速で、二人に近付いた。
『ちょ!』
『・・・・これは無理』
あまりに目で捉えられないくらいの早さでとか付かれてしまったが為、さすがに対応が出来ず、二人ともアダルの頭を掴まれて、歪んだ空間の中に道連れのように入っていった。
「手伝うのはここまでって話しだったな・・・」
握った方の腕を振い、その穴を閉じた。彼が口にしたとおり、手伝うのはここだけ。何故なら真祖にはまだすることがあるからだった。
「・・・・・。面倒な事ではあるが・・・」
指を鳴らし、扉に掛けた閉鎖の術を解除する。すると音を立てて、騎士二人が入り込んで来た。
「っ! 入れた! やっと開いたぞ!」
「はあ、はあ、はあ。んん。大丈夫でしょうアリス様、メアリ様! 始祖様」
その二人は部屋の前にいた二人であった。汗だくで息も絶え絶えの二人の様子からして相当焦っている様子だった。
「あれ? ・・・・・いない?」
「おい、其れに何でこんなに荒れているんだ」
目的の二人がいない事。其れに部屋の見る影もないような荒れように騎士二人は混乱した。
「・・・・まあ、落ち着け。・・・・と言っても出来る訳が無いな」
この様な状況でそのような事が出来ないと言う事が理解出来る。が、して貰わなければならない。出ないと話が進まないから。
「・・・・・・」
「・・・・・これは一体どういう事なのか。お教え願いますか?」
頭は混乱している。だがそれでも二人はどうにか落ち着こうと努力した。一瞬。ほんの一瞬だけだが、怒りが支配し、真祖を襲うことも考えなくはなかった。だがそのような事をしてもただの時間の無駄になることは瞬時に考えて頭を冷やしたのだった。
「・・・・ああ。説明はするとも。お前達が。・・・・味方であったのならな?」
その言葉に一人は混乱した。この方は一体何を言っているのだろうと。吸血種にとっての真祖とは神のようなもの。つまりは信仰の対象である。この騎士二人は軽い感じで接してはいるものの、その内に秘めているものは絶対的な忠誠心である。其れに騎士達が真祖に対してあまり重く接していないのは真祖が其れを望んでいたから。信仰の対象だからと言って、あまり崇めたて奉らないようにという真祖自身からの勅旨が存在する。其れはこの城が出来た時から城内に存在するものであった。だからこそ歴代の騎士達はそのお言葉に従って、真祖が入城したときに其れを守ってきた。其れは勿論この騎士二人も同じ事。其れだというのに真祖はまるで此方に信用が無いようなこと口にした。其れに眉を顰めない臣下がいる者だろうか。
「・・・・右のもの。すぐに其奴から離れた方が良いぞ?」
「其れは一体」
真祖からの忠告の言葉に疑問しか浮かばない。だがその言葉は間違い無く正しかった。
『・・・・・くくくく』
突如として隣から異様な雰囲気が発せられたことに気付き、彼は想わすその場から離れようと退いたのだった。




