四十五話 悪性
アダルの返答は当然ながらその場に響いた。彼の言葉に一番早く反応したのはメアリだった。
『なにそれ。笑えないよ。自分の事正義の体現者だと思って居るくち?』
煽るような口ぶり。おそらくはアダルの言葉が気に入らなかったのであろう。
「俺は俺の事を正義だとは思わないな。むしろ根本的には悪性が強いとおもっている。何せ俺には暴力でしか相手と対抗出来ないからな」
『その暴力も。他人の為に振う。今は大陸の生物全体のために振っている。周りから見れば其れは正義の味方だ』
大衆はアダルの心中は分からない。だからこそ皆、自分の好きなように解釈する。そして其れの押しつけによってアダルは正義の味方になっていく。
『其れを受け入れるのか』
「さあな。俺は他人からの評価で自分の振る舞いを変えるような面倒な事はしない。正義の味方にはなるつもりは無いし、なりたくもない。俺はただ、今生きているこの世界を守る為に暴力を行使する」
自分さえよければそれでいい。他者の事への興味はあまりないような言葉だ。
『その犠牲になっている者達がいることなんて興味が無いんだね』
メアリは思わず泣きそうな表情を浮かべる。其れは本当の感情なのか。それとも演技なのか。アダルには分からなかった。
「興味が無いわけじゃない。俺達神獣種もその犠牲になってきたんだからな」
思い返すは過去の旅路。転生した同級生を探す為に大陸を回った時の出来事。まだ人化を出来なかった事のもの。沢山浴びせられた侮蔑の言葉。どの種族とも捉えられない容姿だから生じた差別。そして見せられた人という生物の醜悪さ。あの旅はアダルに取ってはマイナスなものが多かった。そして引きこもったのはそれらと関係を持って生きていくことがしんどくなってしまったから。大なり小なり、他の神獣種も味わったであろう苦労。それはまさに民衆の犠牲と言っても過言ではないのであろう。
『それでも貴方は。醜い性質を持つ者達を守ろうって言うのか?』
「・・・・・極論が過ぎるぞ。どんな種族だって個で持っている性質なんて変わるもんだ。たった一人に。たった一体に。たかだか個の存在にやられたからって全体を責めるっていうのか? 責められるべきは悪事を行った個であるべきだ。それに・・・・」
アダルは反論するように目つきを鋭くする。
「お前らはそれを言うべき立場なのか? 五百年前。封印されたのはお前らの悪性がもたらしたことだろう。其れを棚に上げて、俺らを批難するなんて事。魔王種であるお前らはするのか」
その言葉に二人は眉を動かした。何やら刺さった様子だ。
『・・・何も知らないくせに』
メアリの悲痛のような声が部屋に響いた。居たたまれない気持ちになりかけたが、彼女の表情を見て考えを変えた。笑っていたのだ。その表情は。全く悪びれもせずに。
『あははははは! 引っかかった。案外単純なんだ!』
完全に反応で遊ばれたアダル。先程まで啖呵を切っていたのが急に恥ずかしくなってくる。今さら強い言葉を使ったところでそれも反応を愉しませるための玩具となってしまった。
『遊ぶな。空気を読め。まったく・・・・・・』
エアトスはそんな彼女を諫めると頭に手を添える。
『すまないな。こいつはこういう奴だ。・・・・全く空気を読まずにぶち壊す』
『ええ! 読んでるよ。ちゃんとね』
其れだったら余計にたちが悪い。
「随分と性格の悪い事をするんだな・・・」
口にしていて後悔した。性格が悪いなんて当たり前ではないか。対峙している存在は。
『そうだよ! 私達は魔王種。悪魔達の想いによって生れた願いの集合体。だからこんなにも性格が悪くなって生れてきてしまった存在。・・・・・ふあぁ。さっきのは面白かったよ。鳥さん』
恍惚な表情にアダルの体に悪寒が走った。異常な精神性。其れも醜悪なもの。前世が人間だからといっても、わかり合えない存在。メアリのその表情を見て確信した。魔王種とは明らかな悪性の生物であると。エアトスはまだ理知的であるほうであろう。だがメアリはその性分を隠そうともしない。
「その性悪。今世から備わったものだとは思えないんだが。・・・・・もしかして前世からのものか?」
『そんなわけ無いじゃん! 精々友達にいじめまがいな罰ゲームを仕掛けたくらいだって。其れをネットにアップして炎上したのは良い思い出だな』
きゃはきゃはと甲高い声でその時の事を思い出している様子をみて引いてしまう。よく見たらエアトスも同じように引いていた。その内容を聞いて理解出来るのは前世の地球の知識を持つ者のみ。試しに真祖の方に目を向けても訳が分からないのか。ただ静観していた。
「意味。分かったか?」
「いや、分からないな。だが、其方らの前世の事であること。そして其方の反応から見るに、彼奴が行なった事は、問題になる行動だと言う事は理解した」
それだけ分かってくれれば十分だと答える。そういえば真祖に前世のことを話したか否かを思い出してみる。どうだったんだろうか。多分だが話してはいないはずであった。だが真祖は星の意思と通じている。そのくらい知っていてもおかしくはない。
「倫理観がぶっ壊れている」
『そうかな? 全然殺しとかの方が壊れていない? 私は直接はやったこと無かったけど、もうちょっとだったなぁ』
『壊れすぎだろ』
さすがにエアトスも引きすぎて思わず突っ込んでしまった。
『エアトスまでそんな事いっちゃうの? だけど同じ様なもんでしょ?』
『語弊がある言い方するな。俺とお前が同じ訳があるかよ』
即否定するが、その後の詳細は決して口にしなかった。あえて言う程ではないことなのか。それとも言いたくないことなのか。当事者ではないアダルでは判断が出来なかった。
「だけどあの時は惜しかったなぁ。もうちょっとで人が死ぬとことを見れると思ったんだけど」
そこまで語ると彼女は落ちこんだ。
『まさか反撃に遭って逮捕されるとは思わなかったなあ』
『自業自得だ。自分のやった事の報いを受けたんだからな』
エアトスの言葉には同意しかしない。
『笑わないでよ。心底恥ずかしい思いをしたのはこっちだったんだから。それにむかつくのがあの子の姉。なんか分からないけど、私がしてきたことを全部ネットに晒した上で警察連れて家に突撃してきたんだよ?』
そうとう優秀な姉なのだろう。そして勇敢でもある。そして何より妹の事が隙なのだろう。興味の無い場合も多いし、妹が酷い目に遭っていると分かっても其れは自己責任だという事の方が多いだろう。血のつながりがあるからと言って、下の弟妹の周りに干渉して良いのかと言う問題もある。だが其れもお構い無しに助けに行けることは称賛にあたいする。
『お陰でパパの会社は城跡悪化で倒産。借金まみれになっちゃってうちは家庭崩壊。ただの遊びでそこまでいっちゃうんだから笑えるよね。もう許せないな』
終始メアリの前世の自業自得案件である。同意なんて出来ないし、するつもりもない。
『だからこの正解を壊した後に私は前世の世界に戻るんだ。この力を持ったまま。そして壊すの。私を笑いものにした。綾鳥を。そしてその姉の鷹堂小鳥をね』
メアリの発言にアダルは固まった。今彼女は何を言ったのか。なんで彼女は明鳥の妹二人の名前を口にしたのか。
「綾鳥と。鷹堂小鳥?」
彼女の口にした名前をアダルも口ずさむ。その反応に違和感を覚えたのはその場にいた全員だった。
『その名前が如何した?』
『何? 知り合いなの?』
忠義の瞬間。アダルの中で糸が切れた音が聞こえた。




