四十二話 飽き
「エリ。アリ。おはようございます」
「これはこれは、アリス殿下。おはようございまする。今朝も誠に清々しい朝でございますね」
「おはようございまする。ええ。わたくしめも同意見でございまする」
部屋の前を守護する二人の騎士はアリスの挨拶に答えると輝くような白い歯を見せるようにはにかんだ。
「ええ。そうですわね。・・・・・・今メアリは何をしているのか教えてくれる?」
「はい喜んで!」
「メアリ殿下は現在新しく来られた補佐の方と今日の予定を確認中でございます」
二人の言葉にアリスは少しだが表情を暗くした。
「・・・・・そう。・・・・・迎えたお客様がメアリにも一目会いたいと言うことで来たのだけど。・・・・入っても良いのかしら?」
騎士二人はお互いに顔を見合わせると、彼女の後ろにいる二人の人物に目を向けル。アダルの方に目を向けたときは特に反応を示さなかった。其れは予想通りである。だが問題はもう一人の方。その人物の顔を見た瞬間。騎士二人は見る見る内に顔を青ざめさせていった。
「あお・・・あ・・・」
「・・・し、始祖・・・さま」
「うむ」
呻き声とも捉えられないような言葉に真祖は肯定の返事を為る。為ると二人は瞬時に片膝を地面に着け、頭をたれた。
「申し訳ございません。始祖様がここにお越しになっているとはつい知らず。大変無礼な態度を取っておりました」
「誠に。誠に申し訳ございません!」
平身低頭を自ら行い、謝罪の言葉を口にする。いや、其れは最早許しを請うているのだ。其れは誰に。真祖は勿論だが、一番は自分にであった。彼らの中には明らかな罪悪感が存在している。何故自分は真祖の存在を見るまで気づかなかったのか。何故ここにお越しになっている事に気づかなかったのか。何故自分は真祖の顔を確認しに行ったのか。幾ら職務とは言え、自分は王族の客分の立場を疑い、失礼を働いてしまったのか。そのような反省が頭の中をぐるぐると回っていく。
「そのように反省為るではない。其方側は職務を全うしただけ。非があるのは突然赴いた此方側だ。謝る必要はない。むしろ此方が謝りたいくらいだ」
真祖はおもむろに二人に近付き、その方に手を置いた。置かれた瞬間二人の体は明らかに震えたが、真祖は気づかないフリをして、言葉をつづけた。
「むしろ褒めてやりたいくらいなのだ。其方達は主人を守ろうとするその真面目さを。その真摯に職務を全うする姿。騎士としての主人を守護しようとするあり方。それは此方も好感が持てるぞ」
真祖の言葉に騎士達は恐れ多いという態度を示す。
「誠にもったいなきお言葉。そして我らが非礼に対する寛大なるオ心。誠に感謝いたします」
「我ら騎士。これからも始祖様の血族たる王族の方々の身を守護するため、身を粉にして働きまする」
宣誓する言葉を耳にしてアダルは意地悪なことを考えてしまった。其れは決して口では言えないこと。彼らの周りからは悪魔の気配は感じられない。それどころか邪な気配すらない。正真正銘この国に所属する騎士であるのだろう。だとするならば余計に可哀想なことだ。その守る相手は最早いないというのに。この騎士達は其れも分かっていないのか。そんなことを考えてしまった。
「エリ。アリ。中に入ってもよろしいかしら?」
「・・・・・・・・まずは確認を致します故、少々お時間をいただきとうございます」
その返答にアリスは真祖に目を向けると頷いた。
「ええ。押しかけているのは此方ですもの。・・・でも、なるべく待たせないようにね・・・・」
「受けたまりましてございます」
そう言うと騎士二人は立ち上がり、右側にいた騎士が扉の正面まで動き、ノックする。
「メアリ殿下。アリス殿下でございます。やんごとなき方もご一緒でございまする」
室内にも届く声で問い掛ける。すると数十秒後にベルの音が二回聞えた。其れを耳にした扉を叩いた騎士はおもむろに取っ手に手を掛ける。
「お入りくださいませ」
口にしながら扉を引き、もう一方の手で仲に入るように促した。
「ありがとうございます」
アリスは騎士にカーテシーを行うと中に入る。アダルは騎士の方に目を向けた。
「・・・・これは俺も入って良いのかな?」
「どうぞお入りくださいませ。殿下のお客様ですから。誠心誠意真摯におもてなしを致します故に」
騎士ははにかむとアダルは了承し、真祖に目配せする。彼は先に入るように促してきたのを確認為るとアダルも扉の向こうに足を進める。その際に緊張の糸を張りながら。
室内に入ると、そこは正しく王族らしい豪華なこしらえになっている。よくこんな目に優しくないような部屋で生活できるなと呆れた感情を隠し、室内にいる使徒の気配の方に目をやった。瞬間。アダルの生存本能が危険信号を出した。間違い無い。二人だ。この二人で間違いが無い。分かっていた事である。だがいざ目の前にすると嫌でも分かってしまう。二人の異質さが。二人の正体が。そう彼ら二人を目にして確信した。魔王種であると言うことを。
「おや、お姉様。おはようございます」
「アリス殿下。おはようございまする」
中にいるのは当然。部屋の主であるメアリとその従者の男。メアリの方は天真爛漫な笑みを浮かべている。
「・・・・お客様というのはそちらの御方ですか?」
目線をアダルの方に向けた彼女は不思議そうに問い掛けてきた。向けられた目の奥にある狂気。それが分かってしまうのだから彼はまた自分が嫌になった。其れを隠せていないのだからおそらくこの魔王種の演技力は普通。周りのものが騙せても、実力者が見たら一発で分かってしまうだろう。
「ええ。この方もそうです。が、本命はこちらです」
アリスは優しく諭すように口にしたのを合図に彼が室内に入ってきた。
「・・・・・し、始祖様!」
「ははっ! 相変わらず元気であるな。そして其れに加えて可憐であるな」
真祖の存在に気づいたメアリは喜ぶように飛び跳ね、彼の元に駆け寄った。それに真祖も応じて勢いの有るメアリを受け止める。
「まさか、来てくれるとは思いませんでした。ですが急に如何したのですか?」
「何、少し下が騒がしいと感じたものだからな。その問題解決の手伝いにと考えてここに来たまでである」
はははっと笑う真祖にメアリの口角が上がるのがアダルから見えた。
「そうなんだ。・・・・やっぱり気づくんだ」
独り言ちた声は不思議と部屋に響いた。耳にした瞬間アダルは戦慄を。アリスには恐怖が襲いかかった。
「・・・・・正体を明かすのが早いんじゃないか?」
アダルが挑発気味に従者の方に向け言うと、彼も肩を竦めている。その様子は明らかに呆れた様子だった。
「まったくもってその通りだ。この生活に飽きたとしてもせめてしらばっくれるくらいはして欲しいんだがな」
ため息を吐くその様子はどこか人間味を感じなくもない。前世が人間だと言う事も加味していれば、確かに納得のいくものであるのだが。どうにも其れに違和感を感じる。
『ええ、だって。もうバレているわけだから。演技する必要も無いですしょ』
先程見せた演技の笑みよりも獰猛な笑みを見せる。声も二重に聞えるようになった。
『・・・・・ふむ。其れもそうだが。・・・・全くいつも勝手に先に進めるな。付き合う我らの身にもなって欲しいんだが』
従者の声も同じように変化する。
『ふふふっ! で、なんで貴方も来たのかな真祖? こっちの想定では貴方は不干渉だと思っていたんだけど。・・・・もしかして構って欲しかったのかな』
ありきたりな挑発を真祖に向けてふっかける。其れを耳にした真祖は鼻で笑った。
「なに。金の臆病者の僕という名の新しい玩具が来たからな。遊んでやろうと思ったのだよ」




