三十九話 アリスが感じた違和感
「最初の違和感は城に入ってから空気が変ってた事でした。出かける前までは城内はそこまで騒がしくは無いものも、活き活きと仕事をしている者達ばかりで活気があった」
国の中心だ。皆が手段はどうであれ、国の維持を目的としている。活き活き出来るくらい恵まれた国だと言っていい。
「・・・ですが帰ってきてみると、活き活きはしている様子でしたが。・・・何というか、皆が心の闇を漂わせるような薄暗いものになっていました」
違和感はあった。其れを感じ取ってはいた。だが其れが何なのかはアリスには分からなかった。
「数日前まで。楽しそうでしたのです。辛い顔を見せたりもしていましたわ。ですが皆がどうにかこの国を。よりよい方向に向かって行かせようとする力がありましたの。・・・・ですが・・・・」
理由は分からないが職員達の活力が無くなっていた。
「活力を無くさせるほどの何かがあったのか。そうとも考えました。ですが一人二人。または十人くらいが無くすようなことがあっても城内全体の活力を無くさせる事が出来る事など出来るのかとも考えました」
そのような事になるのは大概、この国で重大な事が起こっているものだと考えなくても分かる。
「・・・・・ですが幾ら調べようとも。私の元にその知らせが届くことはありませんでしたわ」
確実に重大な事が起こっている。其れなのに自分のところにはその知らせが届いていない。其れこそ不自然と言えよう。なにせ彼女はこの国の王族である。国の一大事のことになればその知らせがいの一番に届くべき地位にアリスは存在するのだ。
「わたくしには分かりませんでしたが、何か重大な事が起こったことは事実。そしてそれがなえかわたくしには報告されていない。其れが最初の違和感でした」
アリスは口を開いたときと今で「最初」といった。と言う事は彼女は他にも違和感を感じ取っていた様子だ。
「・・・・他の違和感でしたわね。・・・・ええ。有りますよ。有りますとも。其れこそ妹のことについてですわ」
妹という単語にアダルは体を緊張させた。つまりはメアリのことで何かを感じ取っていたと言う事なのだから。魔王種について何か分かるかも知れない。
「わたくしが留守にしている間に、メアリは新しく従者をつけたのです」
「従者?」
特に問題な事だとは思わない。王女なのだそのくらいは出来るであろう。・・・そう。普通の王女ならば。
「ええ。それも出自が一切分からない従者ですわ。・・・其れに加え、メアリは今まで仕えてくれていた者達を軒並み解雇してしまったのです」
あり得ない事だとアリスは思った。何せ其れまでのメアリは心優しく、誰かを首にすることなど無かった。それも自分の身の周りを任せる従者などを首にするなどは彼女自身の首を絞めるようなことだから。当然今までは其れが分かっていたのだろう。・・・・・・だがアリスが帰還したときには其れは変わっていた。
「何故かも推測も出来ません。何せ其れが分かるのは今の所本人だけですから」
言い終えると彼女は少し疲れた様子だった。たった数分で情報を詰め込みすぎ、其れを整理し、口にしていったため頭を使ったためだろう。そんな事を思って居るとアダルはアリスに不意を突かれた。彼女はいきなりアダルの方に向き、頭を下げたのだった。
「このように混乱した状況であなたと遭遇したのです。己の不信感に苛まれた結果、貴方には大変失礼な行動を取ってしまった。・・・・今は大変申し訳なく思ってします」
この場面で謝罪するのはずるいと彼は想ってしまう。だが状況を考えてみればあそこでアダルに変な対応をした事は彼女も混乱していたからと言うのが分かってくる。
「・・・・別に。俺は気にしてないよ。・・・ただヴィリスにはちゃんと謝った方が良いぞ」
「・・・・それも改めて致したいと考えております。・・・・ですがあの方は貴方様への思いが強いため怒られましたから。まずは貴方様に謝罪するのが良いと考えました」
つい先程までアダルへの態度が攻撃的だったのに、違和感を口にしている間に考えを整理しての謝罪なのだろう。
「・・・・・そうか。・・・・・まあこれから先は俺が何かを言うべき事じゃないな・・・」
変に言葉を贈るよりも勝手に関係を修復してくれた方が楽だと考えた。もともと二人の関係はできあがっていた。その中に自分が入り込んでしまった結果の彼女の暴言なのだから。その問題にアダルが入り込む余地など一切無い。そう判断しての言葉だった。
「・・・・まあ。今回だけは協力のためにあんたと言葉を交わす事は許してくれ。それを許されないと、いざというときコミュニケーションがとれないからな」
「ええ、良いですわよ。・・・ふふ」
アダルが気を遣っているという状況が少し面白くなった有るスは少しだが笑ってしまう。だが次の瞬間には顔を引き締めた。
「・・・さて、私の違和感はお話しいたしました。次はなぜ貴方がここに居るのか教えてくださる? 真祖様も引き込んだ理由も」
最早分かっていると思われる質問が飛んできた。この返答次第ではまたもや敵意を剥き出しにされかねない。慎重に言葉を選んで辛口に出した。
「・・・・・俺たちの目的は今この国で起きている事への対処だ」
アダルの言葉に眉を顰めたが何のことなのかすぐに分かった。
「問題。・・・・街中の温泉のことですわね」
「ああ。これはメアリ。あんたの妹の力を利用して行なわれた事だと俺たちは考えている」
「・・・・確かに。私たちの力であったら可能でしょうね。・・・ですが其れを行っているのが妹だという確証や証拠はあるのですか?」
その言葉から、未だに先程真祖が口にした事を信じ切れないのが分かった。
「証拠はある。ここに来る前にこの国中の火山の気を読んだが、そこにはメアリのものが交じっておった」
それを聞いて彼女は目を見開いたが、すっと目を閉じて状況を受け止めようと試みた。
「・・・・・そうですのね。・・・・そのような証拠があるのでしたら信じなくては駄目ですわね・・・」
何度かの深呼吸をして、ざわざわしている心と、未だに受け入れがたい情報を拒む脳を落ち着かせる。
「・・・・・・まあ、そうですわよね」
そこまでやって彼女はこの状況を受け入れる。だがアリスにはまだ答えて貰っていないことがあった。
「今、メアリの体はメアリの意思の元にないのは分かりましたわ。・・・・其れを貴方はどうしたいのです?」
答えにくい質問をしてくるとは思った。正直言って如何したいのかと聞かれれば一つなのだ。
「魔王種の器は助けたい。・・・・と言うのが俺の想いだ。これに嘘偽りはない」
だが現実はそう簡単に行く物では無いと言う事は知っている。
「・・・・・・だが現状。魔王種を器から引き離すとどうなるのかとか。一度魔王種に入られた器の人格はどうなるのかとか。分からないことが多いのは事実なんだよ」
正直にそれを言って良いものか一瞬悩んだ。しかしここで不確定な情報を出さない事は後々禍根が残るだろうと判断し、そのことは正直に伝えた。
「・・・・・。そうですのね。・・・・でしたら可能性として。・・・メアリを殺す事もあり得ると・・・」
それに対してはアダルが頷いた。真祖の方に目をやると彼は目を閉じて沈黙を続けている。
「・・・・・助けられないかも知れない。その事も頭には入れといてくれ」
彼女には厳しい現実かも知れないが。其れも受け入れなければ話を進められないのだ。




