三十八話 メアリの正体
正直に言ってしまえば意外だった。彼女の身なりからそれなりの高い身分の者なのだとは察していたが、まさか王族だったとは。
「メアリ? 妹がどうかしたのですか?」
話に突如出て来た妹の名前。それが気になったのか問い掛けてぅる。アダルは少し言いづらそうに真祖に目をやった。
「うむ。これは此方が話すべき事だな・・」
「すまない。俺じゃあおそらく無理だからな・・・・」
大変な役目を押しつけてしまっている事への罪悪感が彼にのし掛る。本当は自分が言いたいのだ。ヘイト役になるのは得意であるから。だがそれでは彼女は絶対に信じない。アリスはヴィリスの信奉者。そんな彼女がヴィリスの周りにいるアダルのことを毛嫌いしている感じがある。其れは勿論アダルは感じ取っている。人では無い存在だからこそ感じる事が出来る向けられる負に感情には敏感である。彼女には明らかにアダルへの負の感情があった。先日のこともあり、おそらくは彼の言葉には耳を貸さない。だからこそその役目を真祖に譲るしかなかった。
「単刀直入に言うとしよう。アリス。其方の妹メアリはもう既にこの世には存在しない」
突如として語られる言葉にアリスは理解が出来なかった。
「・・・・其れはどういうことでしょうか? メアリなら今朝も共に朝食を取りましたが・・・・」
「・・・そうだな。確かに其れはメアリだ。メアリの体ではあるからな」
本気で真祖が何を言おうとしているのか分からなかった。それ程までにここ数日間。違和感なく過ごしてきたと言う事であろう。
「メアリの体は生きている。・・・・いや、あれも最早命はないのかも知れぬな」
自分で口にしてからその言葉に疑問を持つ。だが其れに答えられる存在は今はいない。
「始祖様?」
「・・・ああ。済まない。突如黙ってしまったら不安になるな」
謝罪の言葉を口にして、その後言葉をつなげた。
「今のメアリはメアリではない。中身が違うからな・・・」
「中身がですか・・・」
いまいち釈然といないような声が帰ってくる。
「今この大陸で巨大な獣たちが破壊活動しているのは当然の事ながら知っているな」
「はい。私が尊敬してやまないヴィリス様がその対応に当っていることも当然の事ながらご存じです!」
そこまで知っているのならアダルの事も知っていそうなものだと思ってしまうが、まあそれでもファンの身からしたら自分の推ししか目にいかない事もあるのだろうと納得してみせる。前世でもそう言う輩を見てきたから。
「其奴らには当然ながら司令塔が存在する」
「・・・・まあ、そうでなければ同時期に連続してあのような巨大生物は出現しませんよね・・・」
真祖の言葉を聞いて妙に納得してみせる。どうやら彼女は毛嫌いしていなければ素直に聞く様子だった。其れを目にしてアダルは口を挟むようなこともするつもりはなかった。
「悪魔種という者どもも知っているな?」
「ええ。五百年くらい前に封印されたと聞きます。其れこそ始祖様の活躍を描く物語でも伝えられる極悪非道の種族という事は知っています」
アリスの言葉に苦笑いを浮か、眉間に手をあてた。
「その程度か。・・・・まあ、それ以上のことはこれから話すとしよう」
伝承されるべきことがされていなかったことに頭を抱えている様子であった。
「この大陸で起こっている事。そして今、此方と、其方の者がここに居ることは無関係ではない」
「・・・・貴方もですか?」
明らかに嫌な顔を向けられたためアダルは仕方が無く口を開いた。
「関係無いわけないだろ? 君は俺がどうしてヴィリスの近くにいると思って居たんだか気になるんだが?」
「え? ただ付きまとっているだけですよね? ヴィリス様の優しさを利用して、強引に側に近付いてきた輩でしょう」
偏見丸出しの情報弱者のような発言にアダルは思わず呆けてしまった。だがその言葉がなぜだか面白く感じてしまい、思わず吹き出してしまう。
「・・何を笑っていますの?」
彼の行動は明らかにアリスを不機嫌にさせた。
「ああ。すまない。話す言葉が面白くて思わず笑ってしまった」
「・・・そうですか。おもしろいですか。・・・・貴方のような下賤の方でも私の発言を面白いと感じるのですね」
アリスは皮肉に対して皮肉で返してきた。ここで悟った。どうやら彼女とアダルは普段なら決して交わらない人種だと言う事に。だが今はそれどころではないため真祖に目配せした。
「喧嘩はそれくらいにしておけ。・・・・其れに些か口が過ぎるぞ。此方も此奴を客として呼んでいるのだからな」
ほんの少しだが真祖から気が漏れた。其れを無意識のうちに感じ取ったのか、アリスの表情が強ばる。
「アリス。其方は此奴のことを知らないのは分かった。・・・・だがこれだけは覚えておくと良い。此奴は今何の要請も無く、自主的にこの国のために戦おうとしているのだ。そのような者を笑いものにする物では無い。己の品位を下げるのと同じのようなものだ」
「・・・・・・・」
真祖の言葉にアリスはただ黙るしかなかった。
「話を戻すとしよう。悪魔種は封印されたこの五百年で新たな種族を生み出した。恨みによって生み出されたその存在の実力は悪魔種の完全なる上位になる」
悪魔種自体を身にした事が無い彼女からしたらいまいち実感が湧かないものだが、それでもアリスは思わず喉を鳴らした。悪魔種の恐ろしさというものは語り継がれてきた証拠ではあるのだろう。
「さて。メアリの話しをするとしよう」
「・・・・そうでしたわ。そういえばその話しでしたね」
ここまで説明されてしまったら賢い彼女だからなんとなくその後される話しがそうていできてしまう。何せ答えは最初に出されてしまっている。そして真祖が何故今そのような話をしたのか。この様な状況で彼が無駄な話をするわけがないのだから。
「結論は先程言った通りだ。今のメアリはメアリではない。中に入っているのは魔王種。その一体だ」
事実として投げられたものをアリスは受け入れることが出来なかった。
「それは。・・・・本当にそうなのですか?」
その言葉に真祖もアダルは難しい表情をしていた。
「・・・・・。こればっかりは真実であろう。確実で信用の出来る方から貰った情報なのだからな」
ハティスだけではない。確実な情報源であろう星の意思からの情報だ。信用は今の所アダルはしていないが、向こうには嘘を吐く理由はないと踏んでいる。だが全部を開示してはいないのだから、まだ隠された情報があるのも勿論存在しているのは分かっている。其れを教えないのはまだ時ではないから。
「・・・・・。思い至るところはあるであろう・・・」
真祖の問い掛けにアリスは黙りこむ。だが言われたとおり、思い至るところを思い出した様に口を開いた。
「・・・・。私は数日前にここへ帰ってきました。ヴィリス様の特別な儀式があると言う情報をキャッチしたので、私も其れに参加しようとして外へ出たのです。・・・・ですが私は其れには間に合いませんでした。なにやら数体の巨人が大樹城を襲ったとかで途中で引き返すことになってしまったのです」
その巨人騒動はヴィリスの殻割りの儀を狙って行なわれた事だから、従者が危険と判断して起算するという判断は間違っていないことであろう。
「些か不満があった判断ですが、従者達の判断も間違いでは無いと思いました。個人的にはヴィリス様の竜の姿をこの目にしたかったところですが・・・」
どうやら其れは適わずに帰国したのだろう。
「其れで帰ってきたその日です。私が最初に違和感を感じたのは」




