三十六話 侵入
遂にと言うべきか、此方から仕掛けて行ける。今までは後手だったが、今回は先手を打つ。そのために真祖を巻き込んだのだから。
「・・・・上手くいくなんて思ってない」
今までが上手くいきすぎて居たくらいだ。本来最悪のケースになっていた場面も勿論存在していた。だがアダルが関わっていた中で最悪を引いたのは最初の一回だけ。その後は運が良かったのと、相手が自分より弱かっただけのこと。猪王は最悪のケースであったが、久々の戦闘にしてはよくやった方である。軟体獣は相手が明らかに石化光線特化だったことから対処が容易だった。巨人はアダル対策をされたのと大きすぎる巨体に苦戦したが弱らせて封印した後に討ち取る事に成功した。これまで三体と戦ってきたが、残念ながらこれから先戦うのはこの三体より遥かに高い戦闘能力を持つ者達。悪魔種の信仰によって生れた体と神獣種と同じ世界から呼び出された記憶も引き継がれている魂を持っている存在。魔王種との戦いが始まる。正直戦闘力は未知数。だが遭遇したインディコとヴァールの体を持って行った個体からすると神獣種よりも強いのは明らかだった。星の意思は其れに対抗する為に数を用意したと言うが、それでもぎりぎりの戦いになると思われる。
「死ぬ覚悟。と言うか本当に死ぬかな。今日は・・・」
なんとなくそれだけは想定できてしまう。勿論彼はただで殺されるつもりはない。ないのだが、少しだけ感じてしまう。殺される事への恐怖を。
「・・・・・感情がいかれていなくて助かったな・・・・」
恐怖を感じる事へ感謝し砲、覚悟を決めたアダルは深呼吸をする。
「準備できた。行こうじゃないか」
おもむろに横に声を掛けるとそこには目を瞑ったまま黙っていた真祖が居た。
「長い独り言だ。長すぎて眠気を催したぞ」
呆れた様な表情で口にする真祖の言葉にアダルは照れくさそうにはにかむ。
「そうだな。俺も恥ずかしいと思う。・・・・だが覚悟を決めるための作業だと思ってくれ。・・・・ただ考えるだけじゃ死にに行くのには味家がなさ過ぎるからな」
言葉にしてこそ。覚悟を自分に言い聞かせるようにできる。
「・・・・覚悟の仕方は人それぞれ。神獣それぞれ。だな」
少し鼻で笑われた気がしなくもないが、其れに反応為るほどアダルは小さくないし、おそらく馬鹿に居するつもりで行ったわけではないことは分かっているから突っかかりもしなかった。
「ではゲートを開ける。直接城内に入るとしようではないか」
そう言うと彼は前に腕を突き出しその空間を丸く歪めた。
「・・・・分かっていると思うがこれを抜けたらそこは敵陣地」
「気は抜かねえよ。・・・・死ぬにしてもそう簡単に殺されるつもりはない」
この先は純然たる強さがものを言う世界。だが其れこそが彼の力を引き上げる。彼はただ死ぬつもりはない。死んででも強くなるつもりなのだ。
「・・・上出来である。其方には期待しているぞ。アダルよ。早く俺の。いや、俺たちの元へこいよ」
特殊な一人称を使って居た真祖が自分の事を「俺」と呼んだ。そして彼の事を初めて名前で呼んだ。その事に気づいたアダルであったが、そんな事はどうでも良かった。今はただこの先のことを思い描きながら、愉しむと言う事だけに思考を向けていた。
「精々強くなれることを愉しめ」
その言葉と共に二人はゲートを潜った。
すぐに出口から出るとそこは城内の一室。妙にきらきらした部屋にでた。
「ここは・・・」
「此方の血族のものの一室であろうな。些か・・・・・・変わった趣味の持ち主なのであろう」
有る一方を見た真祖は少し固まりながらもどうにか言葉を紡いでいた。アダルもその一方に目を向け、そして固まった。
「・・・・・。なんでこの部屋なんだろうな・・・」
視線の先で見つけたもの。其れは壁一面に引き延ばされたヴィリスの姿。其れを目にしてしまっては引き締められていたものは微かに緩んでしまった。
「この子。・・・・其方の同胞であろう? 何でこんなところに飾られているのだ?」
真祖も呆けた様に間抜けな声が出ていた。
「知らねえよ。なんでこの写真があるのか。・・・・って! 周り全部そうじゃねぇか!」
思わず声に出した通り、この部屋には彼女の写真が他の壁にも張られていた。
「・・・・この部屋の持ち主は相当のヴィリスの信奉者なんだな・・・」
そんなありふれた感想しか出なかったが、実際にそうなのであろう。
「・・・・なんでこの部屋につなげたんだよ?」
「此方も意図してつなげたのではない。・・・・・ただ人の気配がしないところにつなげただけだ」
其れはおそらく騒がしくしないための配慮なのだろうが、其れが必要なのかは分からない。おそらくこの進入はあちら側にはバレている。其れなのにわざわざ人が居ないところに飛んだのは彼の性格が出たことなのだと思う。
「・・・・・。まあいいさ。兎に角ここから出る事が得策なんじゃないか? どうせここに進入したことはあちら側にはバレていることだしな」
「・・・・いや、彼方には露見していることは確かだが、ここをすぐに出るのは得策ではない。・・・・まずはここを拠点としよう。出るのはその後からでも出来る」
真祖の言う事は確かにそうだと思い、自分の行った得策という言葉が恥ずかしくなった。アダルは正直言ってこの部屋にはあまり長居したくなかった。その思いが彼を焦らせたのか、口に出てしまったのだと冷静に自己分析して反省する。
「・・・・そうだよな。喩え敵陣地だとしても自分達が安心出来る空間は作っていた方がいいか。・・・・・済まない。さっきの言葉は取り消させて貰う」
素直に謝罪の言葉を口にするが、真祖は耳に入っているのか入っていないのか分からないような反応を示さなかった。ただゆっくりと瞼を閉じて何かを感じ取っている様子だ。
「・・・・・・。結界か何かの気配は感じぬ。どうやらあちら側も城内に直接乗り込んでくることは考えていなかったか。・・・・それともわざとであるか・・・・」
魔王種の狡猾さを見ると後者なような気もする。難しい能力を使う者の存在が確認されているため、その考えに到らないことはないだろう。
「既に進入している事は感づいているだろうからな。今さら怖いものなんてないさ」
真祖は「そうか」と無造作に言うと指を鳴らした。その瞬間彼を中心とした結界がこの部屋に張られた。
「これで敵意ある者は入れない。ついでに断音も仕掛けておいたから何も聞えはしないぞ」
敵には空気を使う者がいるためどの程度防げるかはわらない。とつなげる真祖だがないよりはマシだと思う。
「だがここではもう何も話す事は無いが」
「・・・・そうだな。後は事前に決めていたことを実行に移すだけ」
アダルが言い終わると同時に部屋の扉が開いた。二人は咄嗟に目を合わせる。そして瞬時に透明化した。これはアダルの力である。
「ふんふんふんふん!!! さあて。朝一番からヴィリス様の写真を鑑賞して、今日も頑張るぞ!」
鼻歌交じりに入ってきた彼女は入るなり、そんな事を口にしていた。おそらくこの少女がこの部屋の主人であるのだろう。扉を閉じるなり、正面にある一番大きいヴィリスの写真に駆け寄った。
「ああ。ヴィリス様。なんと美しいのでしょうか。今日も貴方の姿が見られるだけで私は生きていけます」
少女の奇行をまざまざと見せられる畑里はなんとも言えない表情であった。だがアダルは気づいた。この少女には見覚えがあったのだ。先日現れた彼女のファンを名乗る少女でアダルに突っかかっていた少女その人であったから。




