三十二話 アダルの役割
「・・・・・クックッック。なんとまあ愉快な力を取られたものだな。最早呆れるを通り越して笑えてくる」
星の意思によってもたらされた情報を四人に伝えると、真祖は思わず笑っていた。
「血液と空気。互いに厄介ですね。・・・・・。ですがまあ、吸血鬼の姫君の能力はまあ予想した通りでしたか。・・・・些か汎用性が高すぎる気もしますが・・・」
笑みを浮かべるハティス。彼は過去視は出来ても能力を知ることはできなかった。だからその情報がありがたいと思うと同時に、その影響する範囲の広さに驚きを隠せないで居た。
「真祖の血を受け継いでいるのですから。出来なくもないでしょう。ですが彼女は特別先祖返りして、その力を有したと記憶しています。他の王族の方々はそこまでの力を発現することはできませんでしたから」
「・・・・・・そのように特別だから狙われたのであろうな。・・・・・・まあ此方も溶岩を操られようと対抗は出来るからいいとしよう」
問題はもう一体いる天使種の方。
「空気を抜かれたら結構危なくない?」
「危ないで済みません。確実に詰みです」
ヴィリスの言葉を訂正するハティスの表情は曇っていた。明らかに笑う余力も無い。
「空気を抜かれる前だったらヴィリスが対応出来るだろうが・・・・・抜かれたらその瞬間終わる」
空気のない中で戦うという経験は勿論ない。この前海の中で戦ったが、あれは自分の周りに光の膜を作って、其れに接触した水から酸素を取り出していた。だから本当に空気。正確には酸素を抜かれてしまえば此方は為す術もない。いやアダルは何も出来なくなってしまう。幾ら再生能力を有していたって、不死身ではないのだから。
「そうですね。・・・・問題はそのお二方が同時に街にいることですね・・・」
向こうは何時爆発せてもいい爆弾を二つ所持している。考えるだけで滅入りそうになるような非情な現実。どっちも無効化にさせることは可能かと言われれば、不可能に近いであろう。
「どっちかをおびき寄せてもどちらかが力を使用したら終わり。・・・・・・はあ。今さらながら現実は辛い事ばっかだな・・・」
夢の中では気づけなかった事も今はすぐに思い至ってしまう。
「そんなわかりきったことを。・・・・今はどう対処するべきかを話し合い、出す場所では無かったのか?」
真祖の思い一言でアダルは今浮かべていた表情を止めた。
「そうだったな。・・・・とりあえず俺は何も出来ないままにやられるだろうな。・・・・だから囮は俺がやる」
目に見えて敗北するのは分かっている程アダルとは相性が悪い。だからこそ前に出ることを決意した。
「駄目だよ、アダルくん! そんな危険な役割をしなくたって」
「危険じゃない戦いなんて無いだろ」
反対するヴィリスの言葉を遮ってはなった言葉に、彼女は黙るしかない。
「今回の戦いでは明らかに俺は足手まといだ。だったら自分の出来る仕事は請け負う。この戦いの場合俺が出来ることは、お前達から意識を外させること。そもそも向こうはまだ俺たちの存在を感じ取っては居ないはず。だったら其れを利用しない手はないだろ」
この作戦で肝になるのは神獣種が居ることが向こうにバレてないことだ。それだけで奇襲になる。だが、もしバレていた場合。奇襲を仕掛けるための囮が必要となってくる。正直言ってこの囮は最悪魔王種二体を押さえ込む必要があるため、かつて無いほど危険である。最早命を無駄にするような行為であるとも取れる。実際命はあったら儲けものくらいの役割である。
「問題は二体も引きつけていられるかという事ですね」
「ああ。魔王種の関係は分からないが、二体が固まっているとは考えられない。各々違うところに居るだろうな」
二体共同じところに居たとしても、どちらともが相対してくれるとは限らない。一体だけ相手にして、もう一体の方が災害を引き起こすと言う事も想定できる。
「何を簡単な事で迷っているのか分からないな」
悩んでいる空気を切ったのはこの屋敷の主人である真祖であった。彼の発言からは愉快さが滲んでいた。
「二体が別に行動するの止めたいのであれば、それ相応の理由があれば良いことであろう」
簡単に言うがその理由を如何するのかで悩んでいる。口では言わないが、目で訴えると、真祖は少し得意気に口角を上げる。
「釣り上げるための餌が必要であろう。うむ、分かっておるとも。・・・・・だが忘れているのか? ここに最高級の餌があると言う事を」
口にしながらおもむろに右手を胸に当てた。
「・・・・・まあ、妥当なところでしょうね」
いち早く反応したのか真祖の隣にいるユーナ。彼女は少し疲れた様な表情を浮かべながらも彼の意見に肯定的であった。
「・・・・確かに何をするにしても貴方は良い餌になるでしょう。・・・・ですが」
ハティスも何かを思い足り、渋い表情を浮かべる。
「上等すぎる餌を警戒しないほど馬鹿なのでしょうか?」
彼が言いたい事も同意せざるおえない。真祖という極上の餌が目の前にまかれた。だが同時に大きすぎる餌でもある。もしかしたらその大きさに怯えて逃げ出すのではないかという不安が出てくるのだ。
「其れはないでしょうね。・・・・・・向こうの狙いはこの方の排除でしょうから」
「・・・そうでなければ態々真下の街を襲うようなことはしないだろう」
そうでなければ餌の役割なんて勤まらない。
「・・・・ならば安心です。・・・・・すいません。偉そうなことを言ってしまい・・・」
「別に良いぞ。其方はただ疑問を口にしただけにすぐないのだから」
ハティスの謝罪に真祖は豪快に笑い飛ばした。
「それで? その餌を降ろす場所はどこにするんだ?」
「もう考えついているのだろ?」
すぐに帰ってきた言葉にアダルは思わず虚を突かれる。
「・・・・・まさかあの場所にするんですか?」
ハティスも少し呆れた様子だった。
「俺も一瞬思ったとこだが。・・・・・本当に良いのか?」
「問題無かろう。・・・・・どうせもう敵対する者しかいない場所など。なんの思い入れもない」
現状可能性でしかないことだが、大いにあり得る。何せ敵は魔王種本体。配下である悪魔種の依り代に使って居ることだって想定できることである。
「・・・ねえ。・・・・その場所って?」
「お前もなんとなく想定できてるだろ?」
アダルの言葉にヴィリスは弱々しく頷く。
「その場所であってるよ」
肯定した彼も思わず頭を抑える。
「・・・そんな。・・・・何も知らない人だって居るかも知れないのに・・・」
「本当にそう想うか?」
真祖の冷たい言葉が彼女の心に突き刺さる。
「本当に。・・・・・無関係な者がいると。最早あり得ぬ事だ。何せ王族が殺されてと言うのに。誰一人として其れを外に出さなかった。それどころかいつも通り過ごしている。これがおかしいことではないと言える理由を教えて貰いたいものだな」
「・・・・・・」
責め立てる真祖の言葉にヴィリスは何も言えなかった。何せ異議を申し立てるところがないのだから。
「女の子をいじめる趣味でもあるんですか? はあ。見損ないました・・・」
緊張した空気を断ち切ったのはユーナの真祖に対する侮蔑の言葉である。
「い、いや! 別にいじめるつもりで言ったわけではない! ただ現実をいせてやろうとして言葉が強くなっただけだ」
「其れだったら益々軽蔑します。乙女の信じたいという思いをそんな非情な言葉で塗りつぶすなんて。・・・・・・はあ。別れようかな・・・」
「そ、それだけは勘弁してくれ。此方はもうお前が居ないと生活できないのだ」
ヴィリスを発端とした喧嘩に彼女はまだついて行けなかった。展開が急すぎて心が追いついていないのだ。
「・・・・・まずは心を落ち着かせろ。そしてその後に言葉を受け入れてくれたらいい。まあ、そう深刻に悩むなよ」




