三十一話 彼女の部屋
「・・・・・・・・。どこだ。ここ」
見覚えのない天井を前にアダルは思わず呟いた。だが呟いた瞬間にここは星の意思によって貸し出された場所だと言う事が思い出した。周りを見てみると自分達が課された客室とは若干違う為、おそらくは他の部屋なのだろうと言う事も窺える。
「・・・・何があったんだっけ・・・・」
星の意思と会話していたのは覚えている。目が覚めたことも分かる。だが今になって。・・・・夢の中だから気にならなかったのかも知れないが。何故気を失っていたのかが思い出せない。
「・・・・・温泉に浸かっていたんだっけ。・・・・・それで・・・」
そこから先が如何しても無理だった。・・・・だが断片的に思い出した情報でおそらくはのぼせたのだと思える。ここで来る疑問がアダルがのぼせるのかと言うことであるが、まあまずはあり得ない。だがそのことを本人は自覚していない。だから情報を纏めるとのぼせて気を失ったとしか捉えようがないのである。
「・・・・其れで誰かが助けてくれたと・・・・・。はあ。情けないなあ」
これから下山してどうにか魔王種に体をおびき寄せなければならないというのに。こんな失態が起こってしまうとは。
「とことん自己の体調管理がなってないなあ。俺という存在は・・・」
自己嫌悪に陥ってしまうが、今はそんな事に構っている暇はないと言うことで断ち切る。反省は後から出来る。今はとりあえず行動為ること。そう想い、時計に目をやる。時刻は大体最後に見たときから四時間くらい。昼を少し過ぎた頃であった。
「半日の休養を潰してしまったな。・・・・まあ、これも休みの正しい使い方と言って三井のかも知れないが・・・」
もったいない気がするのはまた正常である証であるという証拠だろう。
「・・・まあ、いいや」
過ぎてしまったものはしょうがない。そう区切りをつけ、おもむろに起き上がり、体の調子を確認為る。だいたい意識を失うときは体調が悪いときと相場が決まっている。だからこそこの確認を行なうのだ。
「あっ。 明鳥くん。おきたんだ」
扉が開く音がし、その方向に目をやると桶を持ったヴィリスの姿があった。
「ヴィリスか。・・・・・と言う事はここはお前の部屋か?」
疑問が増えた。なんで彼女の部屋にいるのかということ。そして何故彼女が使うはずの寝台で寝ていたのかということが。
「・・・・・何で俺はここで寝ているんだ?」
「えっ! ・・・・・・・。覚えて・・・ない?」
顔を赤らめて彼女は問うてくる。
「・・・・すまん。温泉に浸かっていたことまではなんとか思い出せるんだが。・・・・そこから先は何故か記憶が抜けているんだ・・・」
すまなそうな表情を見せるとヴィリスは少し残念な表情が窺えた。だがすぐに笑みを見える。
「うん。・・・・そっか」
だがその笑みはどこかいびつなものに見えた。
「・・・・・その・・・ね。私がお風呂で気絶しているところを発見したの」
「・・・・・そうか。其れでここに連れてきて休ませてくれたってことだな」
勝手に解釈し、其れを履にする。するとヴィリスは彼の言葉を肯定するように何度も頷いた。
「その。・・・・本当は明鳥くんの部屋に送るべきだったなって今は思って居るの。・・・・だけど気を失った君を見つけたときは・・・・・。その・・・・・。こっちも気が動転してて。思わず私が借りている部屋に連れてきちゃった。・・・・・ごめんね?」
「いや、謝られることはなにもないんだ。むしろこっちが済まん。ヴィリスのお陰で命拾いしたんだ。いくら感謝してもしたり無いくらいだ」
頭を下げた後に、彼女の顔を伺うと、何やら笑みを装って複雑そうな表情を為ていた。その表情をさせている事を何か行ってしまったのかと少しかんがえた。思い浮かぶことがあるとすれば着替えのことか。其れは悪いことをしたなとは思っても、そのことには言及しなかった。これ以上気まずい雰囲気になる事は避けたかったから。
「・・・・・・・また星の意思に呼び出された」
「・・・・・・えっ?」
話を逸らすにはそれ以上のお題を言えば簡単に逸れる。彼の言葉は当然ながら沈黙を守っていたヴィリスの耳に届いていた。
「今起きていること。其れをわざわざ教えてくれてな。・・・・・・今のこの状況は過去一で大変なことになっている」
聞いていって、彼女の表情が段々強ばっていく。
「今回戦う相手。其れも教えて貰ったが・・・・・。些か俺との相性が悪くて仕方が無い」
「・・・・そんな情報も教えてくれるんだ・・・・」
心なしか覇気が感じにくい声。だが其れは仕方がないと言える。彼女は今回戦うつもりでこの土地に来ていない。正確にはこういう状況になってしまったのだから戦う事も念頭に入れなければならないというのは分かっていた。だがその覚悟が出来きっていなかった。そもそもただの旅行であった。だが其れを何かが許さなかった。だが彼女は其れを諦めることは出来ないで居た。だからヴィリスのスタンスはあくまでアダルの付き添いである。彼が真祖に会うと言う事でここまで付き添い、道中襲われたから戦ったまでの話し。だが遂にそうも言っている場合ではないとところまで来てしまった。
「・・・・・なんで休ませてくれないんだろうね・・・」
不意に出た言葉。だが其れが彼女の本心である。
「其れが向こう側の狙いなんだから仕方がないと言えばそうなんだろうな・・・・」
向こう側はこの土地に神獣種が居ることは把握していないであろう。それでもこの様に動きが早いのは神獣種を誘いこむため。何か罠を張っているのだろう。
「いよいよ魔王種達も本気で俺たちを殺そうとしてくる」
数回ではあるが、計画の邪魔をしたのだ。体が手に入った今、邪魔者の排除を行うのは当然であると言えよう。
「・・・・嫌になるな。・・・・・何で俺たちなんだろうな・・・」
彼女の暗い表情を察して、アダルはヴィリスの意見を代弁するような事を口にする。すると彼女は頷き、口を開いた。
「そうだね。・・・・・なんで星の意思様は明鳥くんにばかり押しつけるんだろうね。・・・・・・少しは他の神獣種にも押しつけて欲しいよ・・・・。いっそ私に押しつけてくれれば良いのに・・・・」
どこか冷たさを感じる言葉が発せられる。だがアダルは彼女の言葉には賛成できなかった。
「別に俺に押しつけられているわけじゃないだろ。神獣種の奴等は各々何かしら背負っている。例えばこの前城に招かれていたベルティアって少女がいたろ?」
この問いに頷くのを見ると、アダルはつづけた。
「あいつは常に空腹の状態で常時何か食べ続けなければいけない。其れは一見楽しそうだが。本人からしたら災難でしかない。何かを食べ続けなければ死ぬと言う恐れ。もし食料がなくなったらどうするというどうするという怖い思い。・・・・・まあ言ってしまえば恐怖だな。そんな思いを抱き続けなければならない。あんな楽観的に見える彼女でも何かを背負っている。と言う事が言えるんじゃないか?」
履にしていながら、それでも彼女はそのような恐怖を愉しんでいるのではないか思った。
「・・・・・・・。お前だってそうだ。その背中にそれ以上何かを背負う必要は無いんだよ。其れは今まで何も背負わずに引きこもってきた俺の仕事だ」
自虐的に笑う。ただの事実なのだから受け止める。
「・・・・・相変わらずメンタル強いね。・・・・・なんでそんなに強いのか教えて欲しいくらいだよ」
諦めた様に笑みを溢すヴィリス。其れを見てほんの少しだが心が痛む。彼女に心配させているというのは分かっているのだから。




