二十五話 襲来の朝
翌朝になってもアダルの悪い感覚は消え去らない。
「まさかな」
食事の間にて、独り言ちる彼は自身の嫌な予感が頭をよぎる。しかし、すぐに頭を振って、その考えを振り切る。
「何がまさかなんだ?」
正面で朝食を共にしていた不思議そうな表情をアダルに向ける。彼はすぐになるべく自然を装った笑みを浮かべる。
「なんでもないさ」
気にするなと言葉を続けて、自身の前にあるスープを口に運んだ。そんな彼の様子を不思議に思いながら、フラウドはそれ以上追求はせず、自然と話題を変えた。
「アダル。今日も訓練場を使うのか?」
何気ない様子でそれを口にすると、アダルは首を横に振る。彼の行動にフラウドは少し驚愕すると、アダルは言葉を口にした。
「昨日で大体戦闘の感を取り戻したからな。まあ、少し不安はあるが」
「そうなのか? だったら訓練をした方が良いんじゃないか?」
「いや、そういうわけにもいかないだろ。いつ奴が現われるか分からないのに訓練場に籠もりっぱなしっていう訳にも行かないだろ」
それを言い終えると。アダルは口を潤すため、水の入ったコップに口をつける。
「それにな、ただ、がむしゃらにやれば良いってわけじゃないんだ。一日くらい休養を取らないとな」
「そう物か」
「そういうもんさ」
言葉の最後にアダルは含みのある笑みを見える。
「ところで、ヴィリスはどうした? 今日は姿を見てないが」
アダルは朝から気になっていたことを周りに目を向けながら口にする。
「ああ、あいつか。ちょっと俺の仕事を手伝って貰っててな。それで今遅くなっている。もうすぐ来る頃だろう」
「仕事? そういえば、前から何か手伝っているような事を言ってたな。あいつに何を手伝わせているんだ?」
「そういえば、お前に詳しくは言ってなかったな」
為ると、彼は自分の失態に少し苦い顔をした。
「まあ、いろいろと手伝って貰っているんだ。俺宛ての書類の整理だったり、伝言板だったりな」
「へえ、そんな事をやってたのか」
思い返してみれば、アダル自身がヴィリスに仕事の事を聞くことなんて無かった事を思い出した。
「まあ、あいつ自身の仕事みたい事は存在するんだがな」
「そうなのか。それは気になる」
口のパンの欠片を放り込み、興味ありげな顔をする。
「そうか。まあ、本人は今ここにいないが教えても文句は言われないだろう。どうせ何時かは知られる事だしな」
どうやらフラウドは最初からそれを隠そうとはしない様子だ。彼はそのまま言葉を続けた。
「あいつはな、子供達を教育しているんだよ」
「教育?」
「そうだ。あいつは、今王都郊外にある教会でそこで保護されている子供達に加え、一般の子供達にも文字の読み書きや、算数を教えているんだ」
それを耳にして、アダルは少し抱け意外な気持ちになった。彼はヴィリスが自身の毒にトラウマを持っていることを耳にしている。そんな彼女がこのような活動をしている事が意外だったのだ。しかし、何故か同時に納得している自分もいた。
「なるほどな。確かあいつの前世の夢は小学校の教師だったな。なんか納得したわ」
彼は、そう結論づけて頷く。
「そういうことだ。前世で叶えられなかった事をあいつはこの世界で叶えられた。それだけでもこの世界に転生出来た事は良かっただろうな」
その言葉を耳にして、アダルは少し複雑そうな顔をした。今の言い方から、ヴィリスはフラウドには自身の毒によるトラウマを伝えていないことは明白だった。だから、その言葉に同意しずらかったのだ。アダルはヴィリスのトラウマを耳にした為に。そんな葛藤を自身の中で繰り広げていることにも気付かず、フラウドは言葉を続けていく。
「他の国でもあいつはそういう活動をしていたらしい。そして、付いたあだ名が、導きの聖女だそうだ」
「ぷっ!」
面白がりながら、フラウドはそれを口に出すと、あまりの内容に吹き出してしまった。
「マジかよ。あいつそんなあだ名付けられていたのか」
「そうだぞ? どうだ、面白いだろ?」
「確かに面白いな」
アダルは我慢しているように早い息づかいになる。
「それで、それは本人は知ってるのか?」
笑いを堪えながらそれを聞くと、フラウドは笑みを浮かべて首を横に振った。
「知らないな。それを知ってたらあいつは羞恥でその行動を止めるかも知れないからな。今この国にいる状況においてそれが一番困る。何たって導きの聖女様がこの国の子供達を導かないのは周辺国への外聞が悪いからな」
「それもそうか。考えて言ってなかったのか。お前の事だから影でそのあだ名を笑っているもんだと思っていたんだがな」
「それもある」
彼はアダルの言葉に秒速で同意した。
「あるんじゃねえかよ! お前は悪い奴だな!」
少し笑い疲れたアダルはかすれた声を上げながら少し呆れたような顔をする。
「お前も同じだろ?」
返された言葉が正論であったが、アダルはそれを鼻で笑って受け止めた。
「お前と一緒に為るなよ。俺はそういう思いでそれを隠すことなんてしない。まあ、ヴィリスの掻く集うに支障が出ないようにするために隠すことはあるだろうがな」
お前とは違うと最後に口にして、アダルは残っているパンの欠片を全て口に放り込む。そこで、彼は何かに気づいた様に怪訝そうな顔をして天井に目を向ける。
「どうした? 何かあったのか?」
彼の行動に笑い半分で問いただすフラウド。しかしアダルの顔はどんどん曇っていく。
「少し上が騒がしいな」
彼は自分にしか聞えない声でそう呟く。今までのおちゃらけた物だった彼の声が、今この瞬間真面目な物に変わった。
「なんて、言ったんだ?」
彼の声は当然フラウドの耳に伝わることは無く、彼は聞き返した。しかし、返答が返ってくることはなかった。アダルは不意に出入り口の扉の方に目を向ける。すると、彼が目を向けた瞬間に、バンっ!という大きな音と共に、扉が勢いよく開かれた。
「ぜぇっ! はあっ! はあっ!」
そこから現われたのは息を切らせて、額に汗を滲ませたヴィリスの姿だった。どうやら少し駆けてきたのだろうと言うことが窺える。
「そんなに慌ててどうした?」
彼女の顔から何かしらのことがあったと察しながら、少し困った様にフラウドは聞く。
「その前に息を整えさせろ。ヴィリス。こっちに来てまずは水を飲め」
未だ息を整え切れていない彼女を察して、アダルはコップに水を注ぐ。ヴィリスは彼の言葉に従うように此方の方に駆け足で駆け寄り、アダルの手にあったコップを受け取って、一気にそれを飲み干した。
「ありがとう、明鳥君。おかげで、少し楽になったよ」
「お礼は、いい。それでお前がそこまで急いで来た理由はなんだ?」
アダルの言葉で用件を思い出したヴィリスはハッとして、慌てた様にふたりに目を向けた。
「そうだった。大変なんだよ! 二人とも!」
「お前を見てたらそれは分かる何が大変なんだ」
フラウドは少しからかう様にそれを口にした。しかし次にヴィリスから発せられた言葉によってその表情は凍る事になる。
「現われたんだよ! 猪王が!!」
「何っ!」
「・・・・・」
フラウドは怒号に近い声を上げる。一方アダルは嫌な予感が当たったと苦虫をかんだような表情をする。
「それで、エドールちゃんから急いで二人を呼んでくるようにって!」
「くそっ! 分かった。すぐに行く。アダル!」
「分かっている」
フラウドは立ち上がりながらアダルに目配せをする。彼はそれに頷き、椅子から腰を上げる。それを確認為ると、フラウドは急ぎ足で、出入り口の方に進んでいく。アダルはそんな彼に付き従うように付いていく。その後にヴィリスも少し遅れて付いてきた。
「この王国をこれ以上荒らされて溜まるか!」
怒り任せにフラウドは吐き捨てた。




