二十七話 脱衣場にて
二人は一気に混乱した。この状況は明らかに異常な事だと言う事は二人とも瞬時に理解はしていた。しかしそれでも考える能力は二人とも吹っ飛んでしまった。
「・・・・・・・・・」
ヴィリスの問い掛けにアダルは返答する事無く、彼女に背を向けるように視線を戻した。あまりにも衝撃的な光景を見てしまったが為にアダルは思考が停止してしまったのだ。
「・・・・・・ね、ねえってば・・・」
彼からの言葉がないヴィリスも又、頭の中はぐちゃぐちゃであった。だからこそ返答を求めてしまった。当然ながらアダルからの其れは帰ってこない。そのことに一瞬怒りを覚えそうになったが、そこで頭が冷えてきた。彼女もそこで気付いたのだ。ここは旅館やホテルではなく、あくまで一般宅。だから浴場が離れていないことなど当たり前であると言うことを。そんな事を失念していたのは寝起きで頭が働かなかったからであった。そして何より彼女はアダルが見た光景がどれほど衝撃的なものだったか理解していない。だが少し冷静になってから今の自分が裸であるということを理解し、顔を赤らめた。
「ご、ごめんね!」
そういうとヴィリスは勢いよく扉を閉めてその場に蹲った。当然ながら思考停止中のアダルには何の言葉も届いては居ないのだが。
「・・・・・・・はあ。・・・・」
ため息の後の言葉が出てこなかった。頭の中が未だにぐるぐるしているため、考えが錯綜しているのだ。
そもそもの話し何故ヴィリスがここにくる事が出来たのか。当然ながら其れには主謀者が存在する。この屋敷に来たとき、彼女の世話を申し出たのはユーナであった。目が覚めた時、近くに彼女が居たことに混乱したヴィリス。だがユーナが柔和な態度で接したことで其れはすぐに解かれた。そして自分が眠ってしまった後の事を聞いた。そしてまたアダルに迷惑を掛けてしまったことと言う思いが生れてしまい、落ち込んでしまったのだ。そんな時、ユーナの提案でこの露天風呂に訪れたのだった。
「・・・・まさか明鳥くんが先に入っているなんて・・・・・」
そんな事は微塵も考えていなかった。其れは先程思い至った通り、ここが旅館やホテルと同じ様な感覚であったから。それ故にこの様な事故が起こってしまったのであった。しかしここで新たにある疑問が浮上しだした。
「・・・・・もしかして。あの人は知っていたんじゃ・・・・」
今この時間。アダルが先にここにいると言う事を。おかしい話しではない。何せ彼女はここの住人である。この家のことなら何かしらの事で情報を用いることが出来るのかも知れない。
「・・・・やめよう。こんなことを考えるのは失礼だよね・・・・」
折角の善意を疑うようなことはしたくない。そう言い聞かせる。そしてこの先どうしようかと頭を巡らせる。
「・・・・・・明鳥くん。今何してるんだろ・・・・」
彼の行動が気になったヴィリスが取った行動はのぞきと言われるような者であった。音を立てない異様に僅かに扉を開けてその隙間から彼の様子を覗いた。
「・・・・・・・変わってないなぁ」
微動だにせず、ただ温泉に浸かり続けている彼の背中を見て、思わず少し残念そうな声が出た。其れは彼女自身無意識なことであった為、気づいては居なかった。
「・・・・・・・だけど、本当にどうしようかな・・・」
大分落ち着きを取り戻したヴィリスはこの後の行動を迷った。折角目の前に温泉があるのだから、出来る事なら入りたいと思う気持ちはあった。しかし今はいって寛いでいるのはアダル。彼女としても混浴は少し複雑であった。別に嫌なわけではないのだ。興味もあった。しかし其れよりも恥ずかしいという気持ちが遥かに勝っている。ただこれだけの話し。
「・・・・・こういうことって小説でも書いていたよね・・・」
思い出されるのは前世で読んでいたラブコメ系のライトノベル。そう言う物は基本的に空想なもので、実際に起きたら犯罪だろうと冷めた目で読んでいたものだった。其れがまさか自分にも当てはまるとは読んでいた当時は一切思わなかった。だがいざ同じ様な場面にあってしまえば、小説の中のヒロインと同じ様な反応を見せてしまった。
「・・・・・もっと強気で言い返せると思ったんだけどな・・・・」
其れか全く気にしない風を装う事が出来るとも思って居た。しかし結果はこれである。そのことに少し落ち込んだ。
「・・・・・・・だけどこれって・・・・」
何かを思い至った彼女はもう一度アダルの後ろ姿を見た。彼は先程と変わらずに固まっている。勿論ヴィリスからはそうは見えない。先程の事など無かったかのように普通に温泉に浸かっている様に見えている。そのことがヴィ離鵜も少しであるが悔しかった。そしてなんで自分は裸で脱衣場に居るのに彼だけが入っていることにも僅かだが怒りを覚えてしまった。
「・・・・これは仕返ししないとね・・・」
普段の彼女だったらしないような悪い笑みを浮かべるとおもむろに立ち上がり、一回深呼吸をした。そして意を決してわずかに開いた隙間に手を掛けて開く。意を決したはずなのに音を立てなかったのは、僅かながらに羞恥心があったからであろう。それでも僅かには音が響いた。其れにも反応を示さない。ここまで来るとヴィリスも面白くなってきていた。どの程度まで言ったらアダルは反応為るのだろうという興味と好奇心が出て来たのだ。彼女の中でここまで主張しても反応を示さないのは最早わざとそうしているとしか見えなくなってきていた。そこからは控えめながら少し音を立てて、行動し出す。まずは体を洗い、その後近づきかけ湯を行う。そして、ついには彼の隣になるように温泉にも入った。個々まで来て急に羞恥心の方が勝り、顔はすぐに紅くなった。そして今まで自分のしてきた行動に後悔しだした。何でこんな大胆な行動に移ってしまったのだろうと。普段の自分なら絶対にしなかった。だが僅かな怒りと、興味本位で動いてしまった結果がこれである。だから自分の迂闊な行動を乗りたくなった。今からでも数分前に戻りたくて仕方が無い。だがここまで行動してしまったのだから最早後悔後に立たずの状況。羞恥と戦いながら興味を持った事を確認して見るとこにした。赤らめた顔を見せるようにアダルの方に目を向けた。
「・・・ご、ごめんね」
とりあえず謝罪の言葉を入れるヴィリス。だが次の瞬間今まで紅かった顔は一気に冷めるのが分かった。
「えっ?」
いままで彼女は勘違いしていたのだ。アダルがわざと反応しない様にしていると。其れがお互いのためだという思いでそう行動したのだと思って居た。だが今の彼の様子を見るとどうも其れではないらしい。
「えっ! ちょっと! ねえ! 起きてよ! さすがにここで意識がないのは駄目だって!」
アダルは反応しなかったのではなく反応できなかったのであった。なにせ彼は湯船に浸かったまま、気を失っていたのだから。
「なんで明鳥くんが気絶してるの!」
体を揺らすヴィリスであるがそれだけでは起きる要因にはならない。
「・・・・・・これって如何すれば良いの・・・・」
黄昏れたいがこの状況ではそんな暢気なことは言っていられない。1度息を吐いてから彼を肩に乗せて立ち上がる。彼女だって竜の一体。人の姿であるアダル一人肩に乗せることくらい何でも無いのだ。そして見てしまった。人の姿であるはずのその体には数え切れないほどの傷跡が存在していた。再生能力に長けているはずの彼の体にである。




