二十二話 夜明けの邂逅
結局その日。三人の足を持ってしても頂上までは辿りつかず、日が傾き始めた時には危ないと言う事からその場で野宿と言う事に相成った。食事に関してはこの様な岩肌の土地に生物など住み着くことなど無く、一切確保できなかった。だがしかしこの場で食事を抜いたくらいで脱落するような者は存在しないのだが。
「・・・・・・もうすぐ夜明けだな・・・」
アダルは遠くに見える僅かな日差しを見つけ、過ぎ去った時間を実感する。目の前の燃えさかる火はアダルが出したもの。暖を取るために出したそれを囲うように各々警戒体勢を取りながら寝息を立てている。ヴィリスは体育座りで。ハティスも片膝を立てて何時でも行動できる様な態勢であった。この場で一番警戒心のない座り方をしているのは誰がどう見てもアダルだった。何せ胡座なのだから。だがそんな事は関係無い。襲ってくる岩石で出来た肉食獣ごときではアダルの前では手も足も出ない。
「・・・まあ、もう少し警戒した方が良いんだろうが」
肉食獣ごときでは警戒するのに値しない。だがもし警戒するべき相手が現れたとしたら、ここで休んでいる時点で命はない状況。神獣種である彼らがである。
「そろそろ起こしても良いかもな」
日が昇り始めたら再び登頂だ。だからもう少し休ませてやりたいが、時間は待ってくれない可能性がある。そんな時である。
「っ!」
正面の空間が歪んだのが見えた。この様に空間を歪ませることが出来る存在というものは警戒するべきだと言う事は過去の経験から学んでいた。
「おっ! ・・・・・・ちっ!」
急いで起こそうと思った瞬間。二人揃って地に倒れる音が聞える。思わず目線を二人に向けると伏せっていた。この様な状況から起こせない判断した。正確には起こす時間がないと言って良いだろう。先程まで座って仮眠していたというのに今になって倒れるなど普通ではあり得ない。ならばこれは空間を歪ませている相手が仕掛けた術なのだろう。毒の類いではないはずだ。何故ならヴィリスが倒れてしまったから。その身に。いやその翼にあらゆる劇毒を宿す彼女には当然ながらその抗体もある。そしてその体に無い毒を受けても瞬時にその効力を他の毒が殺してしまう。だから彼女には毒が効かないと言う事をアダルは知っている。だからこその判断だ。ハティスの方も人里で過ごすのは初めてであったという。つまりは知識としてこういうことがあるというのは知っていても、その対処は実際起って見ないと難しい。彼だったら其れも想定為そうなものだが、現実問題、ハティスは倒れてしまった。
「・・・・はあ。寝ないでおいて良かったよ・・・」
頭を回して出た言葉はそれだけだった。何かあるかも知れないという予感があった為、眠る事はしなかった。其れが功を奏すとはと愚痴を心で吐きながらアダルは彼らを守るように燃えさかっているたき火を分で消しながら前に出た。
「・・・・・突然入ってきてしまったことは悪いとは思って居る。・・・・だが出来れば話を聞いて欲しい」
この山で自由に空間を歪ませることが出来る存在など一人しかアダルには思い浮かばなかった。何せこの山はその存在の眷属その物なのだから。その存在以外この山ではあらゆる事が制限されるも動議。其れは神獣種である自分でさえもそのルールからは逃れられないだろう。だから先程述べたのだ。警戒する相手が現れた場合。個々で休憩している時点で命はないのだと。幸い二人とも命を奪われたわけではない。だがその相手の手に二人の命が握られる結果となった。
「・・・・どうにかなるかと思ったが、・・・・・失敗だったな・・・」
仮眠とは言え眠る彼らを止められなかったのは明らかにアダルの失策である。だが其れを後悔する時間はもう無い。ゆがみに目を向けるかその奧からうっすらと人影が見える。それは徐々に濃くなっていった。正しく歪みの奧から此方に進んでいる存在が居るのだ。歪んだ空間の中を歩くことが出来る存在というのは、超常的存在。天使種や大母竜くらいなものだ。怪異種や妖精種も出来る個体は存在するが、それは本当に小さい空間で行う。頂上からこの休憩している中腹までの長距離を其れで移動してくるのは先程述べた者達に並ぶ存在位なのものである。
「そう警戒するな。此方とて争いをしに来たわけではない」
歪みの中から聞える声は空間を震わす。声を発するだけでこれなのである。
「普通の声じゃない相手にそう言われたとしても信じられると思うのか?」
「・・・・・確かにそうではある。お前の意見を採用しよう」
声が近付く度にその震えは大きくなっていく。それでも目を覚まさない二人はやはり何かしらの術に掛かっているのは明白であった。
「敵対するつもりがないんだったら俺の仲間を解放してほしいんだが・・・」
アダルからの問い掛けに歪みの奧のものは答えず、ただ此方へ歩み続けるだけであった。その返答が聞えたのはようやく彼のものが歪みから外に出たときであった。
「其れはしばらく待って欲しい。此方は其方と少し語らいたいのだからな・・・」
出て来たのは二十代後半くらいの長身の青年であった。肌は若干焼けて居るため褐色である。一見為ると普通に見えるその青年だがその目は明らかに人の物では無かった。瞳の中は正しく夜空を思わせるほどの闇と星の光が散らばれている。綺麗と思う者もいれば気持ちが悪くなる物でもあるのだから。
「相変わらず吸血鬼のくせに日焼けしているのか。・・・・・可笑しな話しだな・・・」
「其方も相変わらず吸血種の事を誤解しているようであるな。此方は別に日の光など弱点ではないのだ。それならば星の光も弱点になってしまうからな」
生きていけずに絶滅してしまう。そう言いたいのであろう。確かにその通りだと前聞いたときもそう想った。前世で言い伝えられた吸血鬼は日の光を浴びたら消滅すると言われていた。だから彼が言ったことには納得するしか無いのだ。だがそのような知識を覚えていたが故に彼の違和感は未だに拭えないのだ。
「久しぶりだな。百六十年くらいぶりか」
「・・・・・その姿。ようやく人化したのだな。頑なに覚えなかったというのにどういう心の変かがあったのか興味が湧く」
相対した二人の口ぶりから窮地である事が窺える会話だった。
「又この世界に姿を現すようだったからな。折角だから名前を貰ったんだ。その方が楽だって言うのは学んでいたからな・・・」
「ほう。此方が名付けをしてやろうかと提案したときは断ったくせに、他の者から名を貰ったのか」
興味深いといいたげな笑みを浮かべると同時にアダルからは少し拗ねているようにも見えてしまった。
「アダルだ。折角名付けられたんだからこの名前で呼んでくれると助かるぞ。真祖ロード」
真祖を名で呼ぶと彼は鼻で笑う。
「まあいい。・・・・其れでどのような用向きで訪れたのだ? 下の様子と周りの山が騒がしいが、其れと何か関係があるというのか?」
下というのはおそらく谷の中の街であろう。素の騒がしさには気付いていたようであった。しかし他の山というのはアダルからしたら初耳だった。それはまだ出ていない情報だったためである。
「他の山もか・・・・。これは本格的に避難させた方がいいかもな・・・」
いろいろ加味して情報を整理した結果、其れが一番被害が出ない方法である。
「何か思い当たる節でもあるか?」
真顔とも笑みを浮かべているとも取れる表情を浮かべる真祖にアダルは獰猛に笑った。
「ああ。あの街の民を滅ぼそうとする者達の企みがな・・・」




