二十一話 アダルと真祖
先程、岩の肉食獣の襲撃を受けたアダルら三人はその後の襲撃を警戒して、戦闘形態のまま山を登り続けていた。人間の体とは違うため歩くスピードは上がったが、その分警戒をし続けなければならないため疲労感は先程よりも上がっているのは確かである。だがこの程度で音を上げるような者はここにはいないのだが。
「アダルくん! 気になっていたことを聞いて良いかな・・・」
山道を登り続けているというのに息切れを一切せずにはきはきと喋るヴィリスに彼は「どうぞ」と答えるだけだった。
「さっき真祖さんのことを詳しく語っていたよね。そして魔力弾も受けたことがあるって言ったたし。・・・・もしかして真祖さん本人とも面識があったりするの?」
その質問にアダルは思わず、ずっこけそうになる。
「だ、大丈夫?」
「ああ。其れに関しては問題無いんだが・・・・」
心配して駆け寄ってくる彼女を安心させるような事を吐きながら、思わず呆れた表情をしていた。
「えっ! ・・・何?」
「いや。・・・・・お前って意外と抜けているなって・・・・。昔から」
問われたから思った事そのまま口にすると不思議そうに首を傾げた後、一気に何か恥ずかしくなったのか顔を紅くしてアダルから背けた。
「そ、そんなことないよ」
小さく呟くが、残念ながらその声はアダルに聞えている。彼はため息をしたい気持ちを我慢して、彼女の問いに答える事にした。
「まあ隠すことでもないからな。隠したかったわけでもない。さっき言ったことで伝わってくれたら良かったんだが・・・」
言わなくてもいい一言を付け加えてと自覚しながらも其れは口から出てしまった。
「少し時間を貰うが。・・・いいかハティス」
「どうぞ。私も気になっていたことですので・・・」
彼の許可も貰ったことだし、アダルは「休憩だ」と言ってその場に腰を下ろした。彼に倣うようにヴィリスとハティスは同じように行動する。
「これは先に行っておくが面白い話しではないから」
前置きを置くと一度空気を深く吸った。
「俺が真祖と面識があるのは当然ながら俺が前にもこの山に登ったことがあるからだ」
そうでなければ迎撃魔術の存在など知るよしがない。そんな事はハティスも分かっている。聞きたいのはここに訪れた理由。
「もちろん理由はあった。・・・俺はその当時あるものを探していた。それを見つけるために大陸中を歩き回った。当時は人化出来なかったから、人の大きさになった元の姿のままでな・・・・」
その発言に目を見開いたのはハティスのみ。当然ながら前に話したことがあるヴィリスは反応を見せない。
「なんと。そのような事をしていたのですか! 危険ではないですか!」
珍しく感情的な面を見せるハティス。確かに危険な事はあった。危ない目にも遭った。だがそんな事よりもアダルには同級生を見つけるという目的があった。
「まあ心配してくれるのは嬉しいが、過去の事だ。お前は気にしなくていい」
宥めるような事を言いながら空笑いを入れる。
「まあ結果から言えば其れは見つからなかった。四十年も大陸じゅうを歩いたというのにだ」
寂しそうに口にする彼の姿を見て、ヴィリスは胸が締め付けられる思いだった。ハティスも何故か罪悪感を抱いていた。そのような理由など無いはずなのである
「そんな時だ。俺がここを訪れたのは・・・」
当然ながら訪れる理由が無ければ訪れない場所では会った。過去に何回かこの周辺を訪れた事はあったが毎回なるべく避けていた場所だったから。
「真祖だったら俺が探しているものを知っているかもしれないと教えて貰ったんだ。ヴィリス。お前の母親からな・・・」
「・・・母様・・・・から?」
情報源は大母竜。つまり訪れた時期はアダルがヴァールに嵌められ、大樹城を去った後である。心身共に疲労が溜まっていたタイミングだった。
「当時の俺は動じて今までこの山に登らなかったのか忘れるくらい判断力が落ちていた。そして自殺行為をしてしまったんだ」
自殺行為。其れは山を登ることもだが、其れよりも厄介な迎撃装置の存在がある事を忘れて飛んで頂上に向かったと言う事である。
「迎撃装置があるって言う情報は随分前に知っていた。・・・・だがそんな事も忘れてしまうくらい、当時は精神的に来る事があった直後だった・・・」
苦笑いするアダルにヴィリスは心が痛くなった。彼女は当時のことを教えて貰っている。だから何があったのか。どうして彼の頃が摩耗してしまったのかを知っている。其れを考えると自分の過去も思い出してしまい、心に痛みを感じてしまっているのだ。
「あれは大変だったな・・・・」
過去を思い出し、遠い目をしている。彼の顔から表情は消えてただ遠くを見つめるだけ。最早苦いだの辛いだの言っている暇など無いくらいの思い出なのだろう。
「幾ら再生能力のある俺だって。・・・・あれは本気で死ぬと思ったんだからな・・・」
これまで幾つかの視線をくぐり抜けてきた彼も死ぬ事を覚悟するほどだったと語る。その発言で迎撃魔術の現実味が増した。
「どうやってあの死の弾幕をかいくぐったのか気になるのですが・・・・・」
ハティスは興味津々といった様子だが、アダルはここぞとばかりに満面の笑みを浮かべる。それは了承の物では無く、拒否の笑みだというのは目を見て分った為、彼はこれ以上踏み込むことはなかった。どうやらそのときのことは思い返したくもないらしい。そのような記憶はいくつもある彼であるがこの時のことはトップレベルで思い出したくない過去であった。
「なんらかんやあって俺は頂上に着き、真祖と対面した。あの時のあいつの顔を見たら今でも腹が立ってくる・・・・・。くそ、ボコボコにしたい気持ちが蘇ってきた・・・」
感情にまかせてアダルは地面の向けて鉄槌を降ろす。勿論人の物では無い其れで殴ったため地面は音と煙を巻き上がり、抉れていた。
「・・・・。其れはないな。俺は私情を持ち込まないと決めているからな」
「じゃあ何で?」
正直答えていいのか迷った。何故ならアダルは快楽主義者の真祖が外に興味を持たずに、何故このような何もない岩山の頂上で暮らしているのを知っている。其れを考えれば彼はおそらく協力しないことは目に見えて分かってしまう。だが其れを他人に教えて良いのかがアダルには判断が付かなかった。
「それは。・・・・・俺はあいつの事情を知っているから・・・かな」
少し言い淀んでしまう。其れは彼の中の葛藤がそうさせてしまっていた。
「・・・・・なるほど。そうですか・・・・」
「ふふっ。相変わらず優しいんだね・・・」
彼が言えないと言う事の理由を察した二人は納得して見せ、ヴィリスに到っては優しく微笑んだ。
「事情は言えないと言う事ですね」
「そう言うことだ。幾ら俺でも他人の問題をその本人の居ないところでべらべら話す事は出来ないんだよ」
律儀だと思ったがこれも良いところだとヴィリスは思い至り、笑みを浮かべてしまう。
「・・・・俺はあいつが手伝ってくれるとは思って居ないが・・・・まあここまで来たんだ。なんとか手伝ってもらえるように交渉しないとな・・・」
そう言うと休憩は終わりだと言いたげに立ち上がる。
「この山は足で後、数時間かかる。夜になる前に登り切るか」
「そうですね。野宿することになってしまいますから急ぎましょう」
彼の後に付くように二人も立ち上がって体を少し伸ばした。
「・・・・はあ、せっかく慰安のために来たのに。野宿は嫌だな・・・」
「まあ初日からこれじゃあ嫌になる気持ちも分かる」




