二十四話 訓練2
アダルが王都に来て三週間が経過した。彼はその間のほとんどを離宮地下の訓練場で過ごしていた。そして、例に漏れず、本日も彼は訓練場に姿を現す。初日に彼によってボロボロにされたその場所はアダルが自身の能力によって修理したため、その傷跡は微塵も感じさせなかった。
彼は訓練場に姿を現すなり、そこの中央にまだ足を進める。そこに辿りつくと、着用していたコートを脱いでその場に胡座で座る。
「ふう!」
目をそっと閉じて、彼は深呼吸をする。これは彼が訓練場に来るたびに行うルーティーンのような物だ。これをする事によって彼は訓練中の集中力を維持している。
「くっ!」
しばらくその行為を続けていると、彼の顔が不意に歪む。
「まただ。また嫌な感覚がきた」
目を開けないまま、彼は苦言を口にする。今、彼の体に走っている感覚は肌を刃物のような鋭利な物で突き刺さルような感覚だ。その感覚が彼を不愉快に刺せる。
「三日連続だぞ。さすがに可笑しいよな」
自嘲気味に笑みを浮かべるアダルは目を開き、勢いよく立ち上がる。
「前にもあったよな。この気持ちの悪い感覚に襲われた事が」
すると、昔もこの感覚に襲われた事を思い出す。彼はそれ以降の記憶も同時に思い出そうとする。
「くっ!」
すると彼の表情が怒りで歪んだ。
「そうだ。そうだったな。確かこの感覚に襲われた後にあの野郎が現われたんだったな」
憤怒に満ちた声がその場に響く。幸い、誰もいなかったためこの声に威圧された者は存在しなかった。
「という事は、もうすぐそこまで来ているって事だな」
アダルは天上を見据えて、納得したように頷く。
「早く錆を落とさないとな!」
独りごちりながらアダルは天上を見据えたまま右腕を上に掲げた。すると右腕が突如光りを放ち出す。その光りは徐々に大きくなり、最後には訓練場を覆った。
「自界転移。成功だな」
光りが晴れると、そこは先程までいた狭い訓練場の景色では無くなっていた。辺り一面が青で支配されたその空間。それを認識したアダルの体が突如落下を始める。しかしそれに慌てる事はなく、冷静に彼は自身の翼を広げて落下の勢いを無くした。彼は不意に周りを見渡す。そこにはどこまでも高い青い空と、どこまでも広く深い蒼い海を目にした。
「なかなか落ちない錆を落とすにはやっぱり海での訓練だよな」
自身の翼を数回羽ばたかせ、彼は水面に近づいていく。水面に近づくと、彼は右腕を海中に突っ込み、眩い光りを一瞬だけ放つ。それをやり終えると、すぐに海中から腕を取り上げ、その場で翼を羽ばたかせながら停空する。
「来たか」
そう呟く彼は考えながら眼下の海を見続ける。すると、体長三十メートルを超える細長い影が徐々に水面に近づいてくる。その影は明らかにアダルへの襲撃を狙っており、猛スピードで這い上がってくる。
「キヒィィィィン!」
声と共にそれはアダルを襲撃した。彼は上昇出ることによって、その襲撃を回避する。
「今日の訓練相手はこいつか」
考えながら呟く彼が目にしたのは、体長三十メートルを超える頭部に二本の角を持つシーホースだった。シーホースはアダルに向け、威嚇の声を上げ、そのまま、飛びかかった。
「おっと!」
シーホースのジャンプ力は約五十メートル。全身の筋肉を使って行われるこの跳躍は子供の大竜種を殺せると言われる。それに加え、この個体は鋭い角を二本持っている。この攻撃は最早、弾丸と同じなのだ。アダルはその攻撃を苅ろうして、避けることに成功する。
「あっぶな!」
額から汗が滲んでいる。彼はそれを拭き取って、海面に戻ったシーホースを見据える。
「今のが当たっていたら、ただじゃ済まなかったよな」
少し焦りを感じさせる声で呟く。
「キヒィィィン」
シーホースは憎らしげな目をアダルに向ける。それに答える様に彼は指を鳴らす。
「久しぶりに元のサイズに戻れる相手だな」
その言葉を合図に彼は自身の体を発光させる。その光りは徐々に形を変えていき、次第に巨大化し始めた。その高さは約四十メートル。その巨体を支える為に翼も巨大化した。
「もう時間が無いみたいだからな。最初から全力で行かせてもらうぞ!」
巨鳥の形態に戻ったアダルは翼を振って、自身の体は海に向って急降下する。
「キヒン!」
彼の取った行動に目を疑ったシーホースは困惑の声を上げる。しかし、その間にアダルはシーホースに急接近している。
「キヒィィィィィ!」
その行動に危機感を持ち、咆哮を想わせる声を上げるシーホースは海に潜った。こうすることでアダルは急降下した勢いを無くし、海面近くに停滞する。シーホースはその瞬間を作り出すためこの行動を取った。しかし、その思惑は呆気なく否定された。
「そんな手、与えるはずがないよな」
彼は急降下の勢いを殺さずにそのまま海面に突っ込んできた。その様子を目にしたシーホースは目を疑った。
「・・・・・・・・」
彼は海中に突っ込むや否や、目を開き、周りを見渡す。海中に潜ったシーホースを探す為に。そして、その目標は呆気なく達成される。彼は目的のシーホースを見つめるや目に笑みを浮かべた。
「キヒィィィィン!」
その笑みを目にしたシーホースの体に寒気が走った。この相手と向かい合ってはならない。そう判断して、自身の向きを反転させ、一目散に逃亡を図ろうとする。
「キヒヒィィィン!」
だがその逃亡は失敗する。何故か前に進まないのだ。その現象にシーホースは焦りの鳴き声を上げる。そこでふと、自身のしっぽを握られている感覚を感じた。シーホースは恐れも抱かずにその感覚の正体を目にしようと首の向きを変える。
「キヒィ!」
シーホースのしっぽを握っていたのは、巨鳥状態のアダルの左手だった。彼は表情に何も表さず、ただ、握ったしっぽに目を向けていた。
「・・・・・・・」
彼は徐ろに右手でもしっぽを持つ。握られた瞬間、シーホースは悪い想像をしてします。その彼によって、自身が振り回されてしまうという想像だった。
「・・・・・・・」
その想像はどうやら当たってしまった。アダルは自身の体を軸にシーホースの巨体を振り回し始めた。
「キヒヒヒヒィィィィン!」
その回転力は海に大きな渦を作った。振り回されているシーホースは悲鳴を上げるしかない。
「お前では、俺の遊び相手にもならないみたいだ」
突如その言葉を口にしたアダルは、シーホースの尻尾を離した。勢いを殺さずんい尻尾を離したため、シーホースは海上の遙か彼方に飛んでいく。離されたシーホースは目を回していたため、自分がどういう状態に成っているのか分からないまま、飛ばされていった。
さて、次の当てを探しに行くか
彼はそう考えると、一瞬だけ、海底に目を向けた。理由はなんとなくだったが、そのどこまでも深い暗闇がかつての敵を思い起こされる。彼はすぐに海上に出て、息を吸った。
「くそ、時間を無駄にした」
後悔混じりの嘆息をして、彼は当たりを見渡す。
「まだここに訓練相手はいたよな」
焦った様な声を出し、必死で、次の大戦相手を探そうとする。
「今日が最後の訓練になるかも知れないんだ。時間の限り、俺の体をたたき直してやるか」
彼はそう言うと、翼を羽ばたかせ、もうスピードで飛び立つ。どうやら次の相手を見つけたようで、その相手のいる咆哮に飛んでいるらしい。
「次こそは骨のアル相手であってくれよ!」
願望にも似たその呟きが不意に口から出た。しかし、彼はそのことに気付いていない。彼の表情はどこか焦りに囚われているようにも見えるた




