十七話 真祖とは
真祖。吸血種の祖と呼ばれる最初の吸血鬼にして吸血種において尤も貴い存在。吸血種のほとんどはかの者の血を体内に宿しており、その血が濃ければ濃いほど振るえる力が大きくなる。それ程強い血が全身に純粋なまま宿しているかの者が弱いはずが無い。
ここで真祖と吸血種がどのように生まれたのか語っておこう。真祖と呼ばれるかの者が生まれたのは今から五千年前。未だ星全体の知性が発達していない時代に霊鬼種の亜種。夜行鬼種の男と星の恩恵を受けた乙女との間にかの者は生れた。いわば半分だけの半端な存在だった。当時は同じ種族同士で交わる事が常識であり、他種族とは交わって生れた子は半端物であるとされ忌み嫌われた。そんな当時にうまれたかの者も当然ながら迫害を受けた。しかしかの者はその比類することができない力を持っていた。夜行鬼種の特性上夜にしか力を発揮することができなかったが振うそれは正しく災害と言っていい代物であった。そしてかの者は夜行鬼種の弱点であった日の光を克服する事ができた。夜行鬼種という種族は日の光を直接浴びることによってその身が灰に成り、そこから再生することはできない。つまりは日の光その物が弱点であると言っていい。其れは正しく吸血鬼そのものと言って良いだろう。しかしこの世界の吸血種はそのような弱点は存在しない。其れは何故か。始祖たる真祖がその弱点を克服できたからだ。
理由としては簡単である。かの者の母親が星の恩恵を受けた乙女であるからだ。彼女は星の意思によって特殊な体質となった人間。言い方を変えれば星の意思がある役割を課した星の意思の娘と言っても過言ではない。そんな彼女の力が真祖にも受け継がれた。其れによってかの者は日の光を克服したのだ。
だが其れによって夜行鬼種との間に溝ができたり。戦争に発展したり。そして最後には真祖一人だけで夜行鬼種を滅ぼすなどのことが起こったのだが。今はそのような事を詳しく説明する事は無い。
「言っておくが俺は反対だからな・・・」
険しい地肌を晒した山道を歩くアダルは往生際悪く、否定の言葉を口にした。其れを耳にしたヴィリスは曖昧な表情を見せ、ハティスは彼の方に目もやらずに前を見て進みながら口を開いた。
「そうは言っても今回はてを貸して貰わなければなりません。何せ彼が血族があちらの手に落ちてしまっているのですから」
「それだけの理由で手を貸して貰えるとは思ってないから俺は反対しているんだよ」
かの者と接触したことがあるアダルはかの者がどういう存在か分かっている。
「真祖は快楽主義者。楽しいことを優先する」
「そういえば前にアダルくん言ってたね。真祖と賢者には警戒してるって」
「ああ」と返事する彼はハティスが反応為るかどうかを見た。だが彼は何の反応も見せない。其れは少し不気味に思えてしょうが無い。
「それでも頼った方が今後良い方に向かいますよ」
前を向きながら口にする素振りはまるで其れが正解だと言いたげだった。
「・・・・。お前。未来も見えるのか?」
「・・・・。さあ。どうでしょうか?」
アダルの言葉にようやく彼は一度足を止め、振り返るとその表情は曖昧に笑っていた。
「・・・・・そこまで確証があるんだったらもう何も言わねえよ。・・・・悪かったな・・・」
「いえ。謝るほどのことでは無いです。それに貴方の意見も正しいのですから・・・」
つくづく大人の対応だなと思うと同時に。自分の幼さが目立って仕方が無いと思ってしまう。
「・・・はあ」
立ち止まっているハティスを追い抜くアダルはため息を吐きながら考えてしまう。結局自分は精神的に成長していないんだなと思うと心が萎えてくる気分だ。
「・・・・それにしても真祖ってかなり問題の多そうな方だけど。どういう人なの?」
「変わった方だと言う事は否定出来ないと思います」
「その一言で済むような人では無いんだけどな・・・」
ヴィリスからの質問に応える二人。ハティスは抽象的に。アダルは具体的に答えル。ここのやり取りでもハティスが真祖とは面識が無い事が窺えた。
「まあ、悪い奴では無いとは思う。面白いと思うことにしか興味が無いだけで、自分から割ることを為るような奴では無いからな。・・・・ただ・・」
そこで区切ったアダルは疲れた様に手で目を覆った。
「一言で言ってしまえば究極の気分屋。気が変わったら決意したことも一秒で変えてしまう。一秒前まで肩をあわせていだと思って居たら急に敵側になっている事もある。そんな厄介な性格の持ち主が真祖という者の特性だな」
話を聞いていたらなんとなくヴィリスは分かってしまった。アダルが危惧している事に。
「正直言ってそんな相手を戦場に引き出す事は得策じゃ無いと俺はまだ思って居る」
「・・・。ええ。其れも十分承知の上です。ですが今回ばかりは動いて貰わなければなりません」
そこまで聞いてアダルは違和感を覚えた。そういえば先程からハティスは同じ様な事ばかり口にしているのでは無いかと。その様子にアダルは違和感を覚えた。そしてそれを確かめるようにあることを口にする。
「・・・・感情に振り回されるなよ・・・・」
「っ・・・・・・」
背後で立ち止まる音と同時に息が止まる音が聞こえる。それは当然ながらアダルの耳にも入ってきた。
「・・・・なんだよ。図星だったのか・・・」
立ち止まったアダルは振り返ると呆れたような表情をしていた。
「・・・・・・ええ。…そうですね。・・・・私は今、感情に振り回されている状況です」
少し悔しさが滲みだした顔をしながらどうにか笑みを保とうとしている。
「私はこれまで情報は集めていても他の者たちと接触しようとはしなかった。・・・・何故だかわかりますか?」
その質問にアダルは肩を竦めた。
「さあな。俺には分かんないな。・・・・・ヴィリスならわかるんじゃないか?」
「えっ! 私にふるの!」
突然話を振られたヴィリスは当然ながら困惑する。しかしそれでもまじめな彼女は必死に答えを出そうと頭を働かせた。
「・・・・・・。周りと自分があまりにも違うことが最初から分かっていたから。・・とか?」
必死に考えた答えを口にするとハティスは微笑んだ。
「おおよそ正解です。・・・・まさかあてられるとは思いませんでしたが・・・」
口にするハティスの表情は少し寂しく思えた。
「周りと自分が違う。というのも正解です。・・・・ですが本当の理由はですね」
一度言葉を区切った彼だがもったいぶらずに続きを答えた。
「受け入れられないと思ったからです」
一見同じ話に聞こえるかもしれないが、これは全然違うことであった。この場にいた誰もがそのことに気付く。周りと違うということは別にいい。そもそも種族が違うこともあるし、同じ種族でも違うこともあるのだ。そのうえで受け入れられるかどうか。これが問題になってくる。
「・・・・まあ、分からんでもないな・・・」
「うん。・・・・全く同じとは言えないけどね・・・」
それを聞いたアダルとヴィリスも似たようなことに経験があった。
「・・・・ですがあなたたちは外に出ていった。私は受け入れられないことがわかっていたから出れなかったんです」
はにかむように笑うが、その笑みはどこか痛々しく感じられた。似たようなことはしょせん似たようなことであり、全く同じという訳ではない。その辛さは本人にしかわからないし、理解できるようなことではないのだ。
「今まで他者と接してこなかった。…だからでしょうね。いざこうして外に出てみると感情の制御ができなくなってしまいます」




