十五話 納得しないもの
アリスと自ら名乗った彼女は怒気の籠もった目をアダルに向ける。彼の方は微妙な表情を浮かべるだけ。遠目から見て面白くても其れに巻き込まれたら迷惑でしか無い。この様な輩はどのような態度で接したとしてもやっかみをぶつけてくる。だからアダルはそのような表情しかでしなかった。
「・・・・・・ごめんね。アダルくん・・・」
「いや、ヴィリスが悪いわけじゃ無いんだけどな・・・」
「何ですの! お姉様を呼び捨てとは! 聖女と呼ばれるような方を敬う気持ちが無いとは! やはりわたくしが貴方の態度を改めさせてもらいますわ!」
アダルが普段の調子で呼んだら其れが起爆座になってしまったようでアリスは目をかっと見開いて彼の顔前まで近付く。
「巻き込まれてしまいましたね・・・」
後ろで笑い後を漏らしながらハティスが口を開く。
「笑うな。笑い事じゃ無くなる」
小声で注意するが残念ながら其れは聞えてしまった。
「何が笑い事じゃ無くなるんですの?」
聞かれてるだろうなと思って口にしたため覚悟はしていた。だがいざ反応されるとため息も吐きたくなった。
「自己紹介が遅れたな。俺はアダル。君が聖女と慕っている彼女と共にある仕事をしている者だ」
「ご丁寧な挨拶痛み入ります。・・・・・で、その仕事というのは?」
揚げ足まで取ってくるのかよと内心で思ってしまったがまあ、仕方が無い。此方の挨拶がなっていないのは分かっている事だったのだから。
「言わないとわかんないか? 聖女の信奉者であろう君が本当に分からないというのか?」
先程の意趣返しとばかりに皮肉を口にすると、少女は明らかに機嫌が悪くなる。
「そのような事はありませんわ! わたくしほどお姉様の行いを把握している存在など降りませんもの!」
激昂しながら反論されるとアダルは冷めた態度で其れを宥める。
「分かった分かった。・・・・それで俺が近くに居た理由はそれでいいのか?」
納得させるように優しく口にしたがアリスはどうやらそうではないらしい。
「いいえ! 貴方ほど卑しい存在がお姉様の行いを手伝えるとは思いませんわ!」
ここまで言ってもどうやら彼女は納得した様子を見せない。如何したものかとヴィリスに目をやると彼女は突かれた様子だった。口だけ動かし「ごめんね」と先程と同じように謝ってくる始末。前世でもこの様な厄介な信奉者がいたよなと記憶を探り、アダルもドッと疲労感が増した。もはやヴィリスはこのような存在を産みだしてしまう星の下に生れてきてしまったのかも知れないとすら考えていた。
「そもそも貴方は妖しすぎますわ」
「・・・・はあ。・・・何が怪しんだ?」
明らかにため息を吐いて見せて周りに目をやった。どうやら周りからは好機と迷惑とお言う感情が向けられているようだった。
「ええ妖しいですわ。貴方はファーストネームは話してもファミリーネームは口にしませんでした。つまりは門妙で無い偽名を名乗った可能性がある。違いません事?」
ファミリーネームとはつまりは名字のこと。名乗らなかったから偽名だと決めつけるのはどうかと思ってしまうと言うのがアダルの感想だった。
「ああ、その可能性はあるな。・・・・だがこうも考えられないか? ン場のルほどのファミリーネームが無いって事には」
別にそのような存在がいないわけじゃ無い。人でもそうだし。そもそもアダルは人間では無い。
「あり得ないですわね。孤児だとしても生まれ育った孤児院の名前を使うことになっていますのよ?」
「どこの話でだ?」
「この大陸中の常識でしょう?」
確かに百年ほど引きこもっていたせいでそう言う常識には疎い方だった。だが彼の読んだ本の中ではそう言う話しが出て来たことは無かった。其れは本にするほどではないくらいの常識であるからなのか。急にそんな事を思ったアダルはハティスに目をやった。為ると彼は笑みを浮かべながら静かに首を横に振った。アダルの考えている事が分かったからできた行動であった。其れを見て分かった事はアリスが言っていることは間違いであると言うこと。アダルはアイコンタクトをヴィリスに向ける。彼女は申し訳なさそうな顔をしながら頷いた。
「そんな常識も分からないなんて。知性の無い貴方にはお姉様の近くに居る資格なんて有りませんわ!」
「それを言うのなら貴方にだって資格なんて無いわ!」
ヴィリスの静かな声にアリスは体を一瞬震えさせた。彼女は恐る恐るヴィリスの方に体を向ける。そこにはいつもの優しげな笑みを浮かべている彼女は居なかった。その表情は冷めており、目元からは険しさが伝わってきた。
「アリス。貴方はどこまで私に恥をかかせれば気が済むというの?」
「い、いえ! 恥をかかせているのはこの男ですわ!」
言い訳がましく口にしながらアダルに嫌悪感丸出しの顔を見せる。
「その態度がなぜ私に恥を掻かせていないと言う事になるの? 証明してくださいな?」
「そ、其れは・・・」
続きが紡がれる前にヴィリスは追撃した。
「できないでしょう。何せ貴方がしていることはただの言いがかりなのだから」
「っ・・・・・・」
図星をつかれたせいでアリスは続きの言葉を発する事ができなくなった。そのタイミングでアダルは一つ手を叩いた。
「はい、ここまでだ。これ以上はお互いのためにならない」
アダルはヴィリスにすまなそうな顔を見せると彼女も同じ様な表情を見せて首を振った。
「・・・・・・お姉様。・・・・・・ごめんなさい・・・」
「謝る相手が違うと思うのですけど・・・」
そう促すとアリスは嫌な顔を見せながらもアダルとハティスの方に体を向ける。
「その・・・・。えっと・・・・。ごめんなさい。・・・・・・。貴方達に酷いことを口走ってしまいまして」
そう言うとアリスは居心地が悪くなったのかすぐにその場から立ち去った。
「だからといってわたくしは貴方達がお姉様と一緒に居ることを認めたわけではありませんからね!」
最後にそのような事を口走りながら彼女はホテルから出て行った。
「・・・・・はあ。・・・・本当にごめんね」
疲れたような顔をして何度目か分からない謝罪をする。
「まあ、ああいう奴も居るさ。・・・・にしてもヴィリス。また厄介な信奉者をつくってしまったんだな・・・・」
その発言に思い当たる節があるようだった彼女は明らかに肩を落とした。
「・・・・・そうなんだよね。昔からだから何が原因かは分からないんだ・・・」
「まあ、お前は分からないわな・・・」
彼女殻したら当たり前のように接しているだけ。しかしその行動が彼女の信奉者を作る事になっていったことをアダルは分かっていた。
「まあ気をつけろって言ったってお前には何をなのか分からないだろうから言っても無駄か・・・・」
「・・・・・そうだね。・・・・はあ。私の何がいけないんだろ」
本気で困っている様子だが、ヴィリスの行動は間違ってはいないからアダルも否定しなかった。彼からしてみたら今まで通りで暮らして欲しいと思っているためこれ以上言葉を贈ることは無かった。
「それにしてもこの様な大変なタイミングでもあの方は貴方一筋なんですね・・・」
そこで今までの事を観察してきたハティスがようやく口を開いた。
「だな。・・・・・少しは空気を読んで欲しいとは思ったんだが・・・」
「・・・・・・あの子はああいう正確の子だから周りの空気とは読めないんだよ。・・・・其れが一番困るかな・・・・」
どうやらヴィリスもアリスの事で気を揉むことが多かった様子だった。




