十四話 厄介な信奉者
ホテルに戻ってきたアダルとハティス。そんな二人を出迎えたのは混乱が少しは落ち着いたロビーとその隅の椅子でぐったりしていたヴィリスだった。
「お疲れの様だな」
近づき、声を掛けると彼女は顔を上げた。
「ああ、お帰りなさい・・・」
その顔つきは正しく披露に満ちたものだった。
「そんなに怪我人が居たのか?」
「うんうん。そうじゃないの。ただ・・・・その疲れちゃって・・」
首を振りながら否定する彼女の言葉はどこか言い淀んでいた。
「なにか厄介事があったのか・・・」
アダルが神妙な顔をして言うと、ヴィリスはどこか遠い目をした。
「まあ。・・・・なんというか・・・・。うん。何でも無いよ」
はっきりとしない答えにアダルとハティスは眉をしかめる。
「ねえアダルくん。そちらはどちら様ですか」
ヴィリスは疲れた顔つきのままハティスの方見ていた。
「ああ。そういえばお前は知らないんだったよな」
アダルは彼の背中を少し押すように前に出した。まるで自分で自己紹介しろとばかりに。
「私の方では勝手にお姿は拝見いたしておりましたが、こうして貴方様に認識されていただくのは初めてですね。初めまして。私の名はハティス。つい先日。貴方様の殻割りの儀にて大母竜陛下から参列を許可されたしがない狼でございます」
言い終わると以後お見知りおきをと口にしながら紳士が為るように右手を胸に置きながら頭を下げた。
「そうですか。ご丁寧な挨拶。痛み入ります。・・・・狼と言う事は・・・」
「ああ。こいつも神獣種の一体って事だ・・・」
アダルの事場に納得為ると共に新しい疑問が出て来た様子だった。
「そのような肩がどうしてアダルくんと一緒に居たの?」
「さあな。俺もそこが気になって聞いたんだが・・・・」
「私も観光でここに来ていたんです。アダルさんとは大浴場でたまたま会って、先程待ちで再会して行動を共にしてました」
「情報源を教えてくれるって言うからついていったんだが。・・・・其れに関して言えば大したことは無かった。・・・・だが重要な情報は持っていた」
「すいません。貴方を釣るにはそれくらい言わないとと思いまして・・・」
頭を下げて謝罪の意を口にする。確かに彼の言う通りあの時点でアダルのハティスへの警戒心は高かった。
「まあそれは良い。さっき言った通り。重要な情報が分かった」
「其れは?」
「・・・・・・できれば誰も居ないところに三人で居るときに話したい」
要約すると認めのある場所では話しづらい内容であると言うこと。其れを悟ったヴィリスはただ頷いた。
「話は変わるが。・・・・なんで疲れていたんだ?」
重要な話しはここで終わりだというように次の話題に変わる。話題はヴィリスについて。アダルとしては怪我人の治療が彼女の負担になるとは思っていない。ならば他に疲れるような理由があるはずなのだ。
「うん。・・・・それが・・・ね・・・」
「ああ! ここに居ましたわ! お姉様!」
ソプラノ声が彼らの耳に届く。それを聞いたヴィリスは体をびくりと揺らした。アダルは気になり、そちらの方向に目を向けると紅髪の少女がこちらに向かい歩いていた。彼女の姿を見たハティスは一瞬だめ彼女のを目に移したようだが、すぐに興味がないような顔つきを一瞬だけした。しかしすぐに目を細めて努めて柔和にしようとしていた。
少女は迷う事無く此方の方に向かって歩みを進めてきた。
「まったく。探しましたわ、お姉様。なぜいつもいきなり姿を消すのです!」
「別にそういうわけじゃないのよアリス。ただそう言うタイミングって言うだけだから・・・・」
近付いてくるなり頬を膨らませるアリスという少女。その態度にヴィリスはたじたじと言った様子だ。
「其れで貴方達はどういう目的でお姉様に近付いたというのです?」
彼女の眼差しが此方を向くなり、刺さるように厳しくなった。
「どういう目的って・・・」
「お願いだからそう言うこというのは止めて」
ヴィリスは窘めるがアリスと呼ばれた少女は止まる事は無かった。
「貴方達のような下賤な男が気軽に話しかけていいような存在じゃないの。さっさとここから失せなさい」
彼女の口から紡がれた罵倒。それに対してアダルは一瞬だけ呆けたが何故かすぐに笑いが込み上げてきた。
「ヴィリス。こいつ面白いな」
「笑い事じゃないんだけどね・・・・」
アダルは笑いをこらえながら。ヴィリスは疲れを滲ませながら会話をする。それが少女には気に入らなかった様子でこめかみと口角を引くつかせる。
「わたくしの言ったことが聞こえなかったのかしら? ああ、耳が悪いのね。じゃあもう一度聞こえるように言ってあげる。その汚らわしく下賤な姿をヴィリスお姉さまの前から消しなさい。これは命令よ」
怒気が滲みながら放たれるその言葉にはそれ相応な迫力というものが乗っていた。
「アリス。いい加減にして。そこまで彼らを悪く言う権利があなたにあるというのですか!」
しかしそれに反応したのはアダルやハティスではなくアリス以上に怒りの感情を放っているヴィリスだった。その矛先はもちろんの事アリスに対して。
「で、ですがこの男たちは不躾にも聖女であるお姉さまのお目を汚しました。それだけでも罪深いことです」
「それはあなたの意見です。私の目は一切汚れていません。私の思っていないことを声高々に発するのはやめてください。その方が私は迷惑です!」
珍しく怒り心頭といった様子のヴィリス。彼女がここまで起こることはまあ珍しい。前世を含めてアダルは彼女のそのような姿を初めて見た。
「それに彼らは私の友です。その方たちを侮辱するということは彼らと親交のある私を侮辱するのと同じだということがわからないのですか!」
前世でも厄介な信奉者がついていた経験があるからだろう。こういう連中への対処は理解しているんだなと成長がうれしくなった。
「ですがあなたは大陸中から愛される聖女と呼ばれる方なんですのよ。下賤な男と親交を持つのは考えた方がよろしいと思いますの!」
それでも少女はこちらをにらみながら反論する。
「あなたに言われるまでもありません! 私の進行は私が決めます。それに私は聖女ではないの。いい加減その呼び名はやめてください」
ヴィリスとしては聖女と呼ばれることが嫌で仕方がないことであった。何せ彼女からしたら人に褒められるような行いをしてきたわけではないから。自分の贖罪で行ったことで聖女と呼ばれても複雑なだけでうれしいことではなかった。
「それにもし私が聖女だとしたら彼らは勇者か英雄です!」
ヴィリスの宣言にその場にいたアダルとアリスは一気に眉をひそめた。
「おい。俺にまで変な呼び名をつけようとするなよ」
非難するように訴えるとアリスは鋭い目つきで睨んだ。
「あなたのような何もパッとしないような男が勇者? それにお姉さまの言ったことを否定するなんて。・・・・・許せません!」
自分も同じように否定していることに気付かない位辺り、この娘の頭は弱いのだろうと思った。
「何です顔のすかした態度は! お姉さまの許しがあるからと言ってそのような不遜な態度! いいかげんわたくしの我慢も限界ですわよ!」
「我慢なんてしていないだろ・・・・」
ポロっと小さく突っ込みを入れてしまった。このような言葉が口からこぼれるということはアダルの我慢も結構危ないところまで来ているのかもしれない。それは幸いなことに書状には聞こえなかった様子だった。
「態度を改めることもありませんの。・・・・・いいですわ。ではわたくしがあなたを矯正してあげましょう。このアリス・マグマブラッドが!」




