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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
五章 顕現 堕天の青 快楽の赤 
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九話 恵まれた環境

 ホテルのロビーは喧噪に包まれていた。突如起こった熱湯事件。その責任がどこにあるのか客達は確認為るためここに集まり、従業員を詰め寄っている。

「おい! 説明をしろ!」

「突然熱湯になったんだぞ!」

「火傷したら如何するのよ!」

「私は火傷したのよ。これを如何してくれるの!」

客達が発しているのはまさに罵声。其れを対応為る従業員に浴びせまくる。対する従業員もなんとかこの混乱を治めようと心がけているが、如何せん客側の熱気に押されている様子だった。

「此方で今何が原因かお調べております。その原因が分かり次第直ぐさまお客様方にも説明いたしますので、もうしばらくお時間を頂戴いただくと幸いです!」

 丁寧にこの喧噪の中でも聞える位の声で説明するのは責任者だろう。

「可哀想に・・・・」

 原因が分からないまま罵声を一気に浴びなくてはならない事に関して少し離れていたところでその光景を眺めていたアダルはその責任者に同情する。

「何でこんなことが起こったんだろうね・・・・・」

 隣にいたヴィリスが不思議そうに少しかんがえる。

「さあな。・・・・・・・良くて温度調節器の故障」

 其れだったら良いのにと思ってしまう。しかし如何せんタイミングが良すぎるのだ。

「悪くてなんなの?」

「火山活動の活発。・・・・・つまりは噴火が近いって事かもな・・・・」

 口にしながらため息を吐きたくなった。

「なんてタイミングで来てるんだか。・・・・・・こういうときの運が悪すぎるぞ」

 自分の間の悪さに嘆息するアダル。其れはヴィリスの方も思っていたらしく、彼女の口からもため息が零れた。

「ごめんね。まさか私もこんなタイミングが悪い時に誘っちゃって・・・」

 少し落ち込んだ様子で肩と顔を落とす。

「はは。まあヴィリスが謝ることじゃ無い。こういう災害は何時起こるか分からんし。そもそも本当に怒るとも限らない。ただの故障って言う線もまだ残っているんだ。そう悲観するもんじゃない」

 元気づけるアダル。その言葉に確かにと思い直すとヴィリスは顔を上げた。

「うん。・・・ありがとう。・・・・そうだよね。悲観的にならない方が良いよね・・・」

「そうだ。無駄にネガティブの事を考える必要はない。其れこそ時間の無駄からな」

 その言葉はアダル自身に刺さった。そのような時間の無駄なことをアダルは散々やってきたのだから。言っていて彼女を騙しているようで気が引けてしまった。

「・・・・・だけど本当に温度調節器の故障だと良いけどね・・・・」

 祈るように囁く言葉にアダルも同意為るように頷いた。

 そんな時だった。アダルが外も騒がしいことに気付いたのは。切っ掛けはふと視線を外へ向けたことから。外もどうやら人の往来が激しい。と言うか何やら騒がしい。そして有る一人の人物が慌てたように駆け足でこのホテルに入ってくるのが見えた。その人物は責任者の元へ駆け寄ると彼の耳元で何かを呟いた。其れを耳にした彼は目を見開いて驚き、真実かどうか確かめるため、問い返す。口の動きでは『本当か』と言っているのがアダルには分かった。

「・・・・・これはもしかして故障じゃないかもな・・・・」

 疲れた様に項垂れる。先ほど癒やされたはずなのに其れを上回るかのように疲労感が体にのし掛った。

「何かあったのかな」

「さあ。・・・・だがあの責任者の顔を見た限りじゃ、この温泉の異常はホテルだけじゃ無さそうだ」

一つのホテルだけだったらまだホテル側の責任で住むことだ。しかしどうやらそうではないらしい。

「これは火山に何かあったのかもな・・・・」

「其れって噴火するって事?」

 少し焦った様に問い掛けてくるヴィリスの言葉にアダルは首を振る。

「まだそこは分からない。だが、噴火じゃ無くてもだ。火山に異常があったんだろうな・・・」

 あくまで推察に過ぎない。何しろアダルは急いで駆けてきた男の口を見ていない。火山では無く、この町全体の温泉の温度調節器があり、其れが壊れた可能性だって残っている。

「だけど非常事態にはなるだろうな・・・・」

 もし火山が噴火したとしてもこの谷にはマグマや噴石。毒ガスは飛んでこないという。過去何度か噴火したことはあったが、全て外側に流れていったらしい。ここにはそれらを防ぐことができる不思議な何かがあるのだという。だからもし噴火したとしても無理やり外に逃げることは危険行為になり得る。だが、噴火前に外ににげるのだったらその後も考えてそっちの方が遠くに逃げられ、孤立せずにいられる。

「早めに逃げて貰いたいもんだけどな・・・・・」

 本心が口から出た。

「ここに来ている人達が火山活動が活発化しているっていうのを伝えたらみんな自分から避難するよ・・・」

「そうだな。・・・・だが同時に混乱が生れる。其れは全然安全とは言えない事だろう」

 そうだよねと提案したヴィリスも分かっていて言った。

「はあ。・・・・・お願いだから今回の件は魔王種と関わってるなよ・・・・」

 休みで旅行に来ているのに、そこで事件を起こされたんじゃあ溜まったもんじゃ無い。

「さすがに其れは無いと思いたいね」

 アダルの呟きにヴィリスも賛同して見せた。曖昧な表情を見せながら。

「・・・・・・・さて。・・・これから如何する?」

 ここまでの事件になってしまったのならアダル達が動かないわけにはいかない。事件の解決まで行かなくても何か手伝うことは決定しているようなものだ。

「私はとりあえず今回の騒動で火傷した人の治療をしてくるね」

「ああ、そうだな。そうしてくれ」

 そういうと彼女は立ち上がって徐ろにアダルが向いている方とは魔反対に体を反転させてその方向に歩き出した。

「・・・・・俺は如何するかね・・・・」

 この場合アダルの動きは難しくなってくる。何せアダルは今まで自分自ら情報を調べたことが無いのだ。つまりは今回初めて自分から動くことになる。だから彼はどのように情報を集めたら良いのか分からないのだ。

「思えばいままでが恵まれていたな・・・・」

 恵まれていたというのはまさにその通りで、今まではこっちが調べなくても向こうから情報がやってきた。調べなくても有る程度は知らされていた。だからこそその時間を他の事に使っていたのだ。

「ここでは誰にも甘えられないな・・・・」

 観念したように呟いたアダルもその場で立ち上がって、軽く体を伸ばす。

「労働の後の楽しみが無いのは辛いが。・・・・・・まあ仕方が無い事か・・・」

 口にしながら彼は再び混乱に目を向ける。

「・・・・・・まずは信憑性の高い情報を集めるところから始めたいが・・・・」

 そもそもここには観光できた。そのため信用出来る存在がいなかった。

「・・・・・。仕方が無いか」

 あまり隙ではない方法を使わざるおえないと諦観し、ため息を吐きながら下げた顔を上げた。

「片っ端から聞いたらその中で信用できそうな情報の一つや二つ交じっているだろ」

 情報集めが苦手なアダルが採れる方法は其れくらいなものだった。ここは今正しく異常な事態が起こっている土地。そこに住む住人達なら何か知っている事があるかも知れない。

「・・・・・まあ、其れを見ず知らずの俺に話すかどうかは別の問題だけどな・・・」

 二の足を踏みそうな事を口走ったがそれでもやるしか無いと思い度止まり、彼は足を進めた。向かうのはこのホテルの外。まずは外の状況を確信するためにホテルから出ること。全てはここから始める。

「・・・・・・この混沌な状況。・・・・・嫌な予感しかしないのは気のせいであってくれよ」

 願いにも似た言葉を吐くアダルは歩く速さを緩めなかった。


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