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虹翼の天輝鳥  作者: 緒野泰十
五章 顕現 堕天の青 快楽の赤 
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七話 大浴場

「・・・・・はあ。・・・・・・」

 ホテルの脱衣場にてアダルは下半身にタオルを巻いただけの状態で項垂れていた。先程行ってしまった事を後悔して居るのだ。同時に当然ながら羞恥も抱いていた。

「・・・・・阿呆すぎる」

 自分を責める言葉を口にして額に手を置く。何故あの時あんなに責めてしまったのかとか彼女の考えに気付かなかったのかとか。今考えても仕方のない事を永遠と思考している。

「・・・・さすがに言い過ぎたよな」

 謝罪は勿論した。これ以上の謝罪が逆効果になる事も勿論理解している。これの埋め合わせもこの後出来る機会がある。だがそれでもアダルは吹っ切ることが出来なかった。それは彼女が言った言葉が理由だった。

「言わせ過ぎたな」

 本来あそこまで言わせてしまうことは男として不甲斐ない事である。それを言わせてしまった事。其れが如何しても今後の関係に尾を引いてしまう。

「・・・・何で俺が良いんだか。」

  ヴィリスはおそらく自分に好意を持っていると言う事を先程の言葉からして察する事は出来た。しかし其れが何故なのかというのは分からないままである。アダルとしては彼女に特別なことをしたつもりでは無い。ただ困っているから助けただけだ。其れが行為に繋がるのだとしたら申し訳ないとすら思ってしまっている。

「おや? 如何したんですか。そんなところで辛気くさそうに項垂れて」

 声を掛けられて顔をあげると青髪の二十歳そこそこの青年が居た。彼もまた腰にタオルを巻いており、これから大浴場に向かう途中だったことが窺える。

「いや、少し考え事をしていたんだ」

「・・・・そうですか・・・。だけど関心しないな。一回も中に入らないでここで項垂れているだけとは」

 彼の言う通りアダルはここに来たというのに服を脱いだと言うのに大浴場には入らなかった。入る前に考えを整理しようとしてそのまま時間を掛けてしまったのである。

「はは。すまない。俺としてもここまで時間が掛かるとは思ってなかったんだ。邪魔だったよな。・・・・それにしてもよくわかったな俺が一回も中に入ってないって」

 不思議そうに問い返すと青年は優しく微笑んだ。

「いや、簡単な推理だよ。君の体には水滴が付いていなかった。髪も濡れていない。そして其れらが床にしたたっていったわけでは無い。形跡ないから。其れを見るだけで大浴場に入っていない事は明白。どう? 当ってた?」

 その語り口は前世で見た海外の探偵ドラマを思い出した。

「一目でそこまで言い当てられるのか。まるで外の国の名探偵みたいだな」

 感心した素振りを見せると青年も少し誇らしげに胸を張った。

「はは。其れは嬉しいね。・・・・・君が知ってる相当優秀な探偵みたいだって言ってくれて」

 何故か少し言葉を句切ったのは少し気になった。

「それより入らないのかい? もしかして君は自分のへこんでいる姿を他人に見せ付けるためだけにここに居るのか」

 貶すような言い方で含みのある顔をする青年の言葉に少しムッとするが、自分がどこに居るのか。そして何の目的で服を脱いでいたのかを思い出したアダル。かれはおもむろに立上がって青年に目をやる。

「・・・・そうだよな。何時までもここでエナ止んでないでささっと風呂に入ってしまおうか。・・・・・俺にはそう言う趣味ないから」

 最後の言葉は態々彼に指を差して忠告した。

「そこだけは勘違い為るなよ・・・」

 それだけ言うとアダルは大浴場に繋がる扉に手を掛けて横にスライドさせる。

「・・・・・へえ」

 作りは正しく日本の温泉施設の大浴場といった感じだ。もしかしてここを作ったのも転生者なのかも知れないなと思いながらも、ほんの微かにその設計者に警戒心を抱いた。何故なら転生者が味方ではないという可能性があったから。

「シャワーはさすがに無いか」

 設計こそ日本で見たようなものではあるが、さすがに違うところもある。まず体を洗う場所はシャワーや蛇口では無く、少し高いところから下る宙を浮く水路のようなものになっており、そこからお湯を掬う仕組みになっていた。これはまあ技術的に設計者が不可能としたから、原始的な簡単な作りにしたんだと納得し、その場所に行って腰掛けてお湯を掬い、体を洗い始めた。石けんは設置されたものを使った。ほんの少しミルクの臭いが付いていたからそういう物は作ったんだなと思いながら体を清めていく。

「さて。・・・・行くか」

 体をなるべく早く。そして丁寧に洗った彼は意を決して立上がり、大浴槽に足を進める。見れば見るほど既視感しかないこの景色。それが安心感を覚えさせる。

「最初はかけ湯からだが・・・」

 そのような作法は果たしてここにはあるのだろうかと少し周りを観察する。どうやら皆気にせずに入っていっている様子だ。本当は其れは体的に駄目なのだが、一人だけ行って目立つのは避けたいと思い、アダルもそのまま入っていこうとする。

「入る前に浴槽のお湯を体に掛けた方が良いぞ」

 ふと背後から注意の声が聞える。振り向くと其れは先程の青年だった。

「その方が体がお湯の温度になれさせられることができる。死ぬリスクも減るんだ」

「・・・・へえ。そうなのか」

 アダルはあえてその知識を知らない風に装った。その知識がこの世界にあるのかが分からなかったから。

「勉強になる。あんたは何でも知ってるのか?」

 関心したように装うアダルはある質問を投げつけた。それに対して青年はかけ湯の為に用意したであろう桶を手渡しながら返答する。

「そんなわけでは無いんだ。ただ少し他人より持っている知識が多いだけ」

 どのくらいの知識量を持っているのか。正直興味をそそられたがそこはあえて追求せずに関心した様子にした。

「俺は凄い人に会ったのかも知れないな」

 桶を受け取りながらアダルは言われるがままかけ湯を行った。お湯の温度は少し熱すぎる位。体感で感じるのは四十二度ほどであろう。熱さにはつよい彼であったが、長湯しすぎると異常だというのがバレてしまう。その点かけ湯を行なった事で事前にその対策ができたのだからこの青年には感謝為ることにした。

「良いことを教わった。ありがとう。これはからは浴槽に入る前にお湯を浴びていこうと思うよ」

 優しく見えるように感謝の言葉を述べたアダルはそのまま浴槽に入っていった。

「はあああああ」

 肩まで浸かった時に思わず声が出てしまう。アダルとしてはこの様な大浴場で風呂に入るのは正しく前世ぶりになるのだ。その感覚が蘇り、気持の良さに思わず声が漏れてしまったのだ。

「・・・・・・やっぱりこういうところは気持ちが良いな」

 しみじみとした感じで口にするアダルは体から徐々に疲れが抜けていくような感覚に襲われる。其れは悪い感じでは無く、本当にゆっくりとお湯に抜ける感覚が気持ちが良いのだ。

「やっぱりこれだよな・・・」

この快楽を味わうために大浴場に来ただけはある。ここに入るだけで入っている間は悩み事をしなくていいのだから。来てよかったな思ってしまう。

「本当に。・・・・久しぶりだな・・・」

 アダルは温泉が好きなのだ。それも大浴場の備わっている温泉が。だがこの世界ではそのような設備はかつて少なかった。だから入ってこなかった。入れるとしても小さい浴槽の物ばかり。それでも入れるだけ益しかと思って入ってきた。しかしここでこのような体験をしてしまったらもう小さいものでは満足できなくなってしまった。確かに小さいものにも魅力はある。だがアダルの体は大きいものを欲していた。

「・・・・・ここで元のサイズに戻るのはやりすぎだな」

 よこしまな考えが浮かんでしまい、それをすぐ否定する。しかしここでアダルの夢が一つ決まった。元のサイズでも入れるくらいの大浴場を将来作ろうと。


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