三話 三体の・・・
光が一切入らない場所。その状態で周りのことを視認することは難しい。視覚を封じられたも同然なのだから。だがこの状況でも彼女は周りが見えていた。何せ彼女の紅く光る目は特別製なのだから。だからこそ分かった。来訪者が来たことに。
『はははっ! そんなに負傷して。負けたんだ! ほんと私たちの恥さらしなんだから!』
愉快げに笑いその声は甲高くはあるが、綺麗な声であった。しかし口にした内容はあからさまに来訪者の事を馬鹿にしたような物であった。
『ははっ。そうだな。俺様としたことが少ししくじったようだ。・・・・だが、目的の依り代は手に入った。・・・すぐにこんなにボロボロにされたが。これも良いのだ。これこそ我らが長年求めてきた刺激なのだからな』
来訪者。ヴァールの体を奪った魔王種もまた負傷した姿ながら、不機嫌なことも無かった。逆にどこか嬉々としていた。その様子には彼女もあからさまに引いた顔つきになった。
『変態かよぉ。まあ、分からなくも無いけどさぁ。男がそんな発言しないでくれない』
分からなくも無いのだ。何せ彼女も体を求めて、最近手に入れたばっかなのだから。だからこそ依り代がある事へのありがたみが分かってしまうのだ。そしてこの依り代によって得られる刺激が何よりも嬉しいのは彼女も同じであった。
『まあ、いい。それよりお前も首尾よく言ったようだな。おめでとうと言っておくぜ』
『・・・・・・ぜんぜん嬉しくないわ。でもいいわ。許してあげる。今の私。機嫌が良いから』
言葉通りに機嫌が良いのか、満面の笑みを浮かべて頭を何回か可愛く見えるように横に振っていた。それに合わせて足もぷらぷらとさせている。
『なあ、赤。その状態ではなんて呼べば良いんだ』
ヴァールからの問い掛けに彼女は少し困った様にて首を傾げる。正直決めてなかった様子だ。そして考えるのが面倒になったのか、諦めた様に口を開いた。
『メアリ-・ブラッドいいんじゃない? この依り代になった吸血主のお姫様の名前だけど。面倒だからそのまま使っちゃお!』
メアリー・ブラッドでは長いからメアリで良いよと付け加えた彼女。ヴァールもそうかと了承すると自身の名を口にした。
『じゃあ俺様の事はヴァールで良いな。本当はもっといろいろと考えていたんだが。それを名乗るよりこっちの方が良い気がしてきたわ』
『ちょっと。パクらないでよ! 私のアイデンティティが無くなるじゃん。他の名前にしてよ。しろ!』
最後は脅迫めいた口調になったが、ヴァールは全く取り合わずに軽やかに笑った。全く耳を貸す様子の無いヴァールにメアリは不機嫌な様子だった。
『・・・・それで? 青は如何したの?』
機嫌が悪いかのように話を変えると、ヴァールも大げさに首を傾げた。
『さあ、分からねぇな。黒の奴に連れられて以降はさっぱり動向が掴めねえ。あいつのことだから何かがあったとは考えづらいが・・・』
青と呼ばれる魔王種はとてつもなく強い。傍目から見ると一番強いのではと言われるほどの実力をもっている。勿論それは全魔皇帝を除いてと言う事でもある。本当の実力を明かさない黒と白は未知数のところが有るが、それでも青は彼らに勝てると言われるほどつよい者なのだ。だから幾ら黒に何かされたとしても支部はずがないと言うのが魔王種の中での共通認識であった。だが本当にそうなのかは疑問ではある。実力を隠している紺。存在自体を見たことが無い白。そして何もかもが不明なところがある黒。この三体に青が勝てるのか。
『まあ、心配なんてしてないけど。・・・・その内来るでしょ。だってまだ集合時間になってないし』
『・・・・・・まあ、そうか。俺が早く来すぎたわけだからな。まあ、こういうこともあるか』
そこまで言ったヴァールは指を鳴らして今まで暗かった室内の照明をつけた。そして目の前に現れた美しい紅髪を靡かせる美少女の姿を目にする。
『ほお。お前にはもったいないほどの美形だ。どうだ? その姿で俺と一発やらないか?』
『にゃははは。今すぐにお前の依り代を消すぞ』
下劣な下ネタにメアリは笑ってみせたが、怒気を孕んだ言葉を投げつけた。ヴァールの言葉はどうやら地雷だったようで、メアリは言葉だけでは無く、威圧。そして魔力を固めた球体を投げつけたのだった。しかし所詮はただの魔力の球。それ程高い威力があるわけでは無く、あえて避けずに受けて立った彼の体に直撃しても大したダメージには到らなかった。
『ふん。どうした? その程度か?』
『・・・・・・。アア。つまんない。このからだを乗っ取ってから面白い事が何にも無いな。この空気読めな男のせいでさらにつまんなくなちゃった。何か面白い事無いかな。・・・・いっそ神獣種達がここに攻めてこないかな・・・』
彼女はつまんなそうにヴァールを眺めた。誇らしげに立つ彼に興味が失せたかのように振る舞った。そして退屈を紛らわすために意図せずにそのような事を口にしていた。純粋にそう思ってしまったのだ。まるで今までの怒っていたというのに感情を忘れたかのように突然感情が変化した。これも魔王種の特徴とも言える物であろう。だが、彼女は紺と少しだけ性質が似ているなとヴァールは思ったが、まあそうかと納得していた。何せ彼は知っているのだ赤と紺の関係を。
何も隠すことは無い。彼女は紺色の魔王種と全魔皇帝の手によって生れた存在。だからこそ紺の要素の受け継いでいるところもあった。それは快楽主義者であると言うこと。紺色の魔王種は正しくそれを体言化したような存在。だからこそ彼女も退屈を嫌った。そして退屈な世界を嫌った。だからこそ彼女は全魔皇帝の下に付いたのだ。
『あーあ。早く青来ないかな。こんなつまんない緑と一緒に居ても萎えちゃうよ』
挑発とも思える目遣いをして、馬鹿にしてる言葉を吐く。これは正しく喧嘩を売っている行為であった。つまんなすぎてあえて弱い攻撃を加えた彼女であったが、さらにつまらなくなってついには本気で喧嘩を始めようとしていた。いや、喧嘩というのには生ぬるい。殺し合いが始まるような空気感になっていた。それは勿論挑発されたヴァールからも同じ様な空気を放っている。彼としても殺し合いはウェルカムで有ったが為。険悪なムードになり、今にもそれは爆発しそうになったタイミング。
『・・・・・・ちっ。よりによって緑より遅れるとは。まったくもって不愉快なことだ』
空間が裂け、その中から現れたのは青い肌と黒い翼を持つ青年だった。彼は緑の気配を感じるやいなやいきなり不機嫌に成り、悪態を吐いた。
『あっ! 青。ようやく来たんだ。待ってたよ! いやぁ、つまんない緑と一緒で退屈だったんだ。じゃあさ。やろっか殺し合い』
先程とは打って変わって、楽しそうに振る舞うメアリ。しかし彼女の口から提案されたのは楽しそうとは言い切れない物騒なものだった。彼女の言葉を耳にした青は他景気を吐きつつ、批難的な目を向ける。
『我々は争うべきでは無い。少なくとも今はまだ。もし敵対するのならすべてがおわってからにしよう。その方が我らの利益になる』
真面目を体現したかのよう堅苦しい喋り口。そう彼は魔王種の中では珍しく真面目なのだ。魔王種らしくないとも言える。だがそれも仕方が無い事でもあった。魔王種とは悪魔種達の願いが形となり、そこに前世人だった者達の魂が入る。青の前世は真面目な人間だった。赤の前世も今ほどでは無いが、退屈を嫌う性格であった。
『まあ・・・・いい。それよりも我らが依り代を手に入れた事を我が主人に報告を入れるとしよう』




