六十話 星の意思の想定外
大母竜はこの城の周辺で起きていることの全てを把握していた。巨人が全て駆逐されたこと。巨人の増援が殻割りしたヴィリスによって跡形も残さずに消されたことも。
「母様。終わったんですか?」
「・・・・・ええ。たった今ヴィリスの手によって巨人は消え去りました」
目を瞑って祭壇の前に立っていた大母竜に話かけるのは彼女の長子であるミリヴァであった。その姿は全身が傷まみれであり、腕の骨を数本折られているのか首から布で釣らされていた。そして何より顔に残りそうなほど大きな傷が出来ており、包帯で右半分が巻かれていた。衣装も華麗なドレスを着ていたのだが、この戦いで駄目になった為か簡易な着やすい服を身に纏っていた。
「逃げられましたか」
「・・・・・申し訳ありません。意気揚々といったというのに。この様な姿で戻ってきてしまい」
心底申し訳なさと悔しさで顔を歪めながら彼女は謝罪する。それを耳にした大母竜はそのタイミングで振り返り、ミリヴァに歩み寄った。
「良いのです。貴方が生きて帰ってきてくれただけで。相手は魔王種です。そのような存在を相手して命があるだけでも上出来ですよ。だからそこまで落ち込まないでね」
歩み寄った大母竜は彼女に抱擁し、耳元で励ますように囁く。
「・・・・・・・・。ですがヴァールの体が持って行かれたのは痛かったですね」
「・・・・・・。申し訳ございません」
ミリヴァは再び謝罪の言葉を口にしながら大母竜から離れた。素居て表情をきりりと強ばらせて次の言葉をくちにした。
「・・・・・・・ですがわたくしも同意します。あいつの体は我ら竜の中でも特別な体でしたから。それが魔王種の器として使われていくとなると相当な脅威といえますね」
言葉にしながら彼女の罪悪感はさらに増していく。ここで魔王種を倒せれば良かった。しかし物事は上手くいかないのは必定である。
「ですが悲しいことばかりではありません。我が種族から新たな神獣種が生まれたのですから」
抑揚の無い声でそう切り出される。それが誰のことかなどすぐに思い生い立った。
「ヴィリスですか?」
「ええ。これを」
大母竜は指を鳴らすとミリヴァの前に映像が映し出される。
「これが・・・・・ヴィリス・・・・。ふふっ。殻割りしてもそのキュートさは健全なのね。それにこの姿。天使その物ね」
比喩表現では無く彼女の姿は竜の要素は入ってはいるがまさしく天使その物と言っていいだろう。
「ですがこれは喜んで良いことなんでしょうか」
不意にそんな言葉がミリヴァの口から発せられた。大母竜はそれを耳にして、付図香椎表情を浮かべる。
「・・・・・・・。確かに。喜ぶべき事なのかというと。正直微妙なところですね。あの子に負担を強いることになるのですから。・・・・・ですがあの子の身内としては喜ばしいと思っても良いのかも知れませんよ。なにせヴィリスがようやく殻割りをしてくれたのですから・・・・」
たしかにそのような理由であれば喜んでも良いのかとミリヴァは納得した。
「ならばお祝いをしなくてはですね。あの子の門出ですから。折角催したこの会も潰されてしまいましたし。新たに会を催しましょう」
楽しげに語り出すミリヴァ。しかし体がボロボロなのは変わりない。テンションが上がりすぎて体を動かしてしまい、痛みが走る。そして顔を歪める。そのような景色を見て、大母竜は呆れた様に息を吐く。
「それも良いですが、まずは体を治しなさい。そうでなければヴィリスも心配するでしょうから・・・・」
珍しく母親としての側面を見せる。為るとミリヴァもばつの悪そうな顔をして少し恥ずかしそうに素直に頷いた。
「報告ご苦労様です。もう下がって良いですよ。ゆっくり安静しなさい」
「・・・・了承しました」
その言葉だけ言うと彼女は下がり、闇へと消えていった。ミリヴァを見送ると、大母竜が次に考えたのは今回裏切った息子についてだった。
「・・・・・・・・・・。ヴァール。貴方はこの平和な世界を退屈だと思っていたのですね・・・」
彼の内心が分からなかったことが今回の裏切りに繋がった。そう考えると成すべくしてなったというしかないであろう。
「放任している私が悪いのですがね・・・」
『そうでも無いよ。だって彼は自らあっちに付いたんだ。あんまり気落ちしないでね』
突如聞き慣れた声が聞えた。その声の方を見上げると星色に輝くキューブが浮かんでいた。それを見た瞬間。彼女は片膝を地に着けたのだった。
「星の意思さま。この様な失態を犯してしまい。申し訳ありませんでした」
先程までの王者としての振るまい出会った彼女が今この場では従者その物であった。
『そういうの良いよ。僕が現れるなりそうするけどさ。何? 逆に弄ってんの?』
「いいえ。私が星の意思さまにそのような恐ろしいことなどはなさりません。これは敬意の表れです。なにとぞご理解のほどを」
畏まった大母竜の態度に星の意思はつまらなそうに片付けた。
『まあいいや。別に怒るために来たわけじゃ無いよ? お祝いのために来たんだ』
「・・・・・そうでしたか」
納得したとは言い切れない。しかしそのような用事であったのなら来てもおかしくは無い。そもそも彼女を産むように行ってきたのは何を隠そう星の意思なのだから。
『いやあ。予想以上の力だったね。僕もまさかあそこまでとは思わなかったよ』
「ご謙遜を」
『・・・・・・・・。本当に予想外なんだって・・・・』
星の意思の発言に大母竜は思わず顔を上げた。
「それはどのような方向ででしょう」
『僕の想定していた方向とは違うね。元々彼らは魔王種と闘う為に想像した器に過ぎない。それを異界の同種の頼みによって魂を手に入れた。僕はそれに器を与えたに過ぎないんだ』
星の意思の想定とは違う方向に進化していく要素があることは予想していた。器でしか無かった神獣種達に異界の魂が宿った。それだけで行く先は変わっていくのはなんとなく分かる。
『だけどね。あそこまで強力になるとは器に魂を入れた段階では僕も思っていなかったんだ』
神獣種として分かっているアダル。ヴィリス。リヴァトーン。アストラ。ハティス。ベルティア。リンちゃん。各々が各々で想定よりも強くなっている。
『彼らでもこうなんだ。他の者達に変化があってもおかしくは無いだろう』
「・・・・・・・。今回来なかった海人種の王子含めて残り四体。どのように進化するのか楽しみですね・・・・」
大母竜の意見を肯定するが如く、星の意思は笑いだいたのだった。
『・・・・・・改めてご苦労様。今回は疲れたでしょう』
笑いが収まると星の意思は一度咳払いをし、大母竜に労いの言葉を贈った。
「・・・・・そうですね。さすがに私も疲れました。とくに全魔王貞が接触してきたときはもう。・・・・このまま過労で倒れてやろうかと思ってしまいましたよ・・・」
他の者達に入っていない爆弾発言。それを今星の意思の前に投下した。普通ならここで空気が変わる物だが、星の意思は笑って見せた。
『はははははっ! お疲れさま。まああれは僕もびっくりしたよ』
ッここで笑えると言う事は既にその事実を知っていると言う事だろう。その反応を見て大母竜は珍しく拗ねたような表情を見せる。
「分かっていらしたのですね。星の意思さまは意地悪です・・・・」
『まあ、僕はこの星で起きていることなら大抵の事は分かっているからね。そう拗ねないでよ・・・』
陽気そうに話している星の意思であるが、それもここまでだった。この話題はさすがに笑えないことで有るため、真面目モードになった。それと同時に空気が少しだけ重くなったのだった。




