五十七話 ヴィリスの信用
ヴィリスが最初に見たのはアダルが消えた瞬間だった。外に出たと共に地上から何かが空に向かって飛び立つのが見えた。それがアダルだとすぐに分かった。だから声を掛けようとした。だが次の瞬間に彼は消えた。一瞬なにが起こったのか分からなくなり、呆然と為てしまった。そして彼が消えたことを受け入れられずに放心状態になってその場に膝を付いてしまった。彼女は嘆いたのだ。折角助けられると想ったのに。そのために力を手に入れたというのに。それを受け入れてくれたはずの相手が消えてしまった。これでは何の意味も無いではないか。ただ力が有ったって仕方が無い。自分はそれをむやみやたらに振るまいたい訳じゃないのだ。一人。たった一人の力になりたくて手に入れたのだから。聖女と言われる者としては失格なのであろう。だが認めてくれた相手が居なくなってしまったことで彼女は何もかもどうでも良くなってしまったのだ。そんな彼女に話駆ける存在が現れた。
「何を俯いているんだか、俺には分からないが。ここに居続けたら危ないな」
「・・・・・・・王来くん。・・・・・なんで?」
顔を上げるとそこにはこの場には居ないはずのフラウドの姿があった。ヴィリスは混乱した。それもそうだろう。今回の儀式に彼は呼ばれていないはず。それなのにこの場にいるというのはおかしいのだ。いろんな事が頭を過ぎる。もしかして殻割りでは無く他の用事出来ていたのか。もしかして自分が知らなかっただけなのか。とか。そんな事が頭の中を回る。
「そんな事はどうでも良いだろう」
言葉にしつつ、指を鳴らすと周りの景色が変わった。彼女達は枝の上にいた。
「・・・・これは・・・・」
「あそこに居たら危険だったからな。場所を移させて貰った」
転移術式。フラウドがそれを使えたことに驚きながらも納得もしてしまった。彼もまた人でありながら人では無い存在だ。そうでなければここまで若々しくいられるわけが無い。それは魔法による者だというのも知っている。だったらいろんな術を仕えてもおかしくは無い。だから転移術式という一部の才能を持つ物しか使えない物を使ってもなにも不思議では無い。
「・・・・・・どうしよう。明鳥くんが消えちゃった」
彼が何故ここにいるのかと言う事も転移術式の考察のためすっかり忘れてしまった彼女であったが、アダルが消えたことを思い出すと泣きそうに成りながら俯いて呟いた。
「・・・・・・あれは消えた訳じゃない。俺には分かるがあれはな。飛ばされたんだよ」
「・・・飛ばされた?」
鳴き声に成りながら聞き返すとフラウドは頷く。
「あれも転移術式の一種だな。おそらく今から召喚される者の邪魔をさせない為に飛ばされたんだ」
その言葉でヴィリスの涙は止まった。
「・・・・じゃあ。・・・・・生きてるの?」
「あいつが死ぬ方が想像出来ないな。この程度でやられるアダルでも無いだろ」
確かにそうとも言える。だが彼女には不安要素があった。
「でも。でも! 殺気聞いたけど。明鳥くん。毒を飲んだって!」
「その毒も抜けきってる。転移された場所がどんなところだろうが。あいつは死なないさ。何せ海の中だろうと戦える奴だぞ? なら空気が無い所だろうが、毒ガスの中だろうが死なないさ」
フラウドの言う事には何故か説得力があった。だからこそ信じられるとも想った。
「ねえ。王来くんならさ。明鳥くんをここに連れ戻すことって出来る?」
ヴィリスの言葉に考え込む。
「出来なくは無いぞ? ただ今すぐは無理だ。何せ今ここに連れ戻すにしても殺気と同じように飛ばされる可能性もある。それにそもそもあいつがどこに飛ばされたのか調べなければならないしな。どこに飛ばされたのか分からないことには戻す事は出来ない」
「そうなんだ」
「ただな。これは俺の勘だが・・・」
彼が一度言葉を句切りヴィリスに顔を向けた。
「俺は今から来る奴が倒されれば、自動的にあいつはここに戻ってくる。俺の直感がそう言ってる」
直感。つまりは何のあても無い言葉だ。それを信じて良い物かヴィリスは迷った。
「それって。・・・・・信用して良いの?」
「分からないな。これは所詮俺の直感だ。だがそれを判断するのはお前だ。お前は俺を信じられるか?」
前世からそれなりの付き合いである。だからこそ彼女は悩まなかった。
「信用するよ。だって・・・・・・・・友達だから」
ヴィリスの言葉に一瞬虚を突かれたフラウド。だが、すぐに優しい笑みを浮かべた。
「そうか。まあ、所詮は直感だ。外れても文句は言うなよ?」
「言わないよ。喩え外れても王来くんはここに連れ戻してくれるでしょ?」
召喚された存在が居なくなれば術者はここに用はなくなる。狡猾な存在だろう。だが、だからこそ逃げ時は逃さないだろう。これから召喚される新手が消えれば逃げるしか無くなる。そうなればもうアダルが戻ってくることの妨害もなくなるであろう。おそらくはアダルと新手を戦わせたくないのだ。だから術者は彼を転移させた。
「とにかくだ。お前が新手を倒せ。まずはそれからだ」
そのタイミングだった。新手の巨人が現れて咆哮を上げたのは。
「・・・・・・・あれが。・・・・・・・・・本当のサイズ」
先程から目の端に映っている巨人とは比較が出来ないほどの巨体に目をまるくした。
「日和っている場合じゃ無いぞ。あいつのせいでアダルは飛ばされたんだからな」
その発言によりヴィリスは目を見開いて巨人を睨めつけた。
「・・・・・・・・そうだよね。・・・・・あいつのせいだよね。あの巨人さえ現れる兆候が中ったら。明鳥くんはわざわざ飛ばされることも無かったんだから」
ヴィリスの中で徐々に巨人に対する敵意が育っていった。
「じゃあ頼んだぞ。俺も遠い場所で見ているからな」
「わかった。・・・・約束は守ってね」
フラウドはただ頷くと枝から飛び降りて、森の中に消えていった。
「・・・・・私はやるよ。・・・・・絶対に助けるから・・・・」
目を閉じて誓うように口にする。そして己の中の力を解放するための準備に入った。この力は制御出来ない物だった。だが殻割りを期にそれが容易になった。それおそらく殻割り後に使う事が前提の力だったのだろう。それが溢れていたものがあの翼だった。
「私は許せない」
アダルを飛ばした存在も。自分の故郷であるこの世界樹を倒そうとする巨人も。そして自分自身も。どれもが彼にとって重荷になっている。だからこそ変わろうと決意した。彼の重荷に成らない為に闘う事にした。
「許さない。・・・・許さない。・・・・・・・明鳥くんを返せ!」
怒りの咆哮が彼女の口から放たれる。その声は思いのほかに響き、巨人の耳は勿論のこと。一箇所に集まっていた神獣種達のもとにも届いていた。
『ギュガっ? ギュギャアアアアアアア!!!!!!!!』
彼女の存在に気付いた巨人はその姿を目にするやいなや、発狂したような声を上げて彼女。いや世界樹目がけて突撃を始めた。多少距離はあったがそんな物巨体を持っている巨人からしたらさほど遠くない。だからこそヴィリスはそれよりも早く行動に移した。飛翔によって巨人のめのまえまで一瞬に近付くと、翼を広げ一回羽ばたかせた。案の定翼からは毒が放たれる。それは狙い澄まされたが如く巨人の胸筋周辺の皮膚に付着する。
『ギュガ? ・・・・・・・アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』
次の瞬間には巨人は絶叫しながらその場に蹲って動けなくなっていたのだった。




