五十五話 強制転移
今まさにハティスと巨人の一騎打ちが始まろうとしているとき。アダルは空を見上げていた。
「攻撃しないの?」
不意に横から声が聞えた。聞きなじみのある女性の声。ベルティアのものだ。
「まだ召喚途中だからな。今は攻撃しても意味が無いんだ」
「そうなんだ。・・・・・・あたしがあれの相手をしてあげよっか?」
その提案にアダルは流し目で彼女の顔を見た後すぐに視線を戻した。
「提案はありがたいが。俺がやるからいい」
「そう? 正直まだキツいんでしょ」
「・・・・・・・・・。まあ、そうだな」
ベルティアの指摘通り正直言ってまだ本調子とはいえない。毒は完全に抜けきってはいるが、その際に消費した体力が戻ってない。だからこそ今回は戦わずにただ見学するつもりだった。しかし状況はそれを許してはくれない。新手が出現してしまったからには戦える物が戦う必要がある。既に戦闘を終わらせているベルティアとリンちゃん。リンちゃんはおそらくもう戦わないであろう。ベルティアもダメージとは言わずとも体力の消費が有るはずだ。ならここは自分が立上がらないと行けなくなってしまった。
「もう十分休んだから大丈夫だろう。何時までも休んでいられないからな」
口ではそう言うが自分でも分かっている。体力が戻らない状態で戦ったら危険な事を。
「そう。なら知ーらない。・・・・あっ! もし負けたらたべちゃうから!」
それは困るなと少し笑うとアダルはようやく動く素振りを見せた。
「さて・・・・・・そろそろ行くとするか・・・」
そういうとか体をほぐすように動き、最後に首をならすと「よし」と呟く。そして翼をだして羽ばたかせると同時に勢いよく足場にしていた枝を蹴った。
「持ってくれよ。俺の体」
祈るように呟きながら彼は本来の姿である鳥人へと姿を変えた。
「どうせあいつにも光の攻撃は聞かないんだろうからな。最初からこっちでやらせて貰おう」
言葉と同時にアダルの体は炎を纏い始めた。明かりになる物は全て体で再現できるから出来る事である。前回はただ体温を上げる事しかしなかったがこれも出来る事なのだ。全身が炎に包まれた時。アダルの飛行速度はさらに上がった。そしてそのまま召喚される直前であろう場所に突っ込む。
次の瞬間アダルの姿は消えた。それも突然に。
「あれま。消えちゃった」
突然姿が消えたことにベルティアは軽く驚きながらも何かを察した。
「邪魔されちゃったのか。可哀想に」
そう言える根拠があった。それはいまだ新手が現れる予兆が上空に存在している事。
「っていうか。あれの相手。誰がやるんだろ?」
ベルティアは自分が闘う事も考慮して呟いた。
「まあ、いいや。まだお腹は減ってるし。・・・・・・・っていうか召喚されるのまたなきゃじゃん」
心底残念そうに呟くとため息を吐いた。
「アダルくん。どこに飛ばされたんだか・・・」
アダルが消える瞬間。何か黒い靄のような物が彼の周りに纏とわりついていた。一瞬のことだったからもしかしたら気のせいかも知れないのだが。だが確かに彼女はそれを目にしていた。
「敵さんも強者ばかりって訳か」
先程会場に現れた魔王種の一体も強いのは一目で分かった。一見短絡的に見えたその態度を見ても。アストラに翻弄されていたのをみてもその印象だけは変わらなかった。若しかしたら自分より強い存在かも知れない。
「・・・・もしかしてあたし達。とてつもない存在と戦わされそうになってる?」
一瞬で転移させられる能力を持つ者や先程の魔王種。おそらくは同じ存在では無いだろうが明らかに協力関係では有る存在なのだろう。今新手を召喚しようとしているのはおそらく今アダルをどこかに飛ばした存在とは違うのだろうと言う事も彼女は直感した。何故なら物を瞬時に転移させる事が出来るのなら新手も同じように瞬時に遅れるはずなのだから。おそらく新手を呼ぶ出した存在はこういうことになれていないのか不得意なのだろう。じゃなきゃさっさと呼んでいるはずだから。
「まあ、仕方が無いか。力は力を呼ぶって言うし。力を持ったのなら戦わないとね」
諦めた様な言葉を吐きながら彼女は笑みを浮かべていた。
「それに楽しみなんだよね。魔王種がどんな味なのかって」
結局全てそこに行き着いてしまうのがベルティアなので有る。残念な性格だなとは彼女自身想っている事ではあるのだが、そこは如何しても変えられないし変えるつもりの無いアイデンティティなのだと自覚している。
「あの・・・・とり・・・のひ・・・と。・・・・きえ・・ちゃ・・・た・・・ね」
先程から気配を感じていたリンちゃんの声が響く。
「そうだね。どうしよっか」
「ベル・・・ちゃん・・・が。・・・たた・・・かう・・ん・・じゃ・・・ないの?」
気配と声だけで姿は見せない彼女の問い掛けにベルティアは少し渋った。
「それも良いんだけどさ。あれが召喚され切らないとあたしでもどうにも出来ないんだよね。ほら、さっきのアダルくんみたいにどこかに飛ばされかねないじゃん? だから今は待っている状況なんだよ・・・」
「そ・・・・れ・・・・な・・ら。・・・・もう・・・・おわ・・・るよ?」
彼女の言葉通りの転移陣が完成した様子で、そこから巨人の足が現れた。そこからは重力のなすがままにもう一体の巨人が現れたのだった。だが今までの個体とは何かが違う様子なのが一目見て分かった。
『ぎ・。・・・・ギギャァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!』
まるで。というか明らかに理性を失った巨人は大地に着陸するなり叫んだ。その声は空気を揺るがすほどであり、誰もが耳を押えたくなるような不快な音だった。
「うわぁ。これは変なのが来ちゃったよ」
顔を顰めながら呟くベルティア。だがその戦意は確実に削がれていた。それと同時に不思議と空腹感も無くなった。これはどういうことなのか。それは彼女の体がこの巨人をたべようとするのを拒否したと言う事なのだ。彼女自身この様な経験が過去に無いわけではないのだが珍しいことだなと驚いてしまった。
「如何した物かな? あたしも戦う気なくしちゃった。リンちゃんは戦う?」
ベルティアの問い掛けにすぐに「いや」と流暢な単語が帰ってきた。そうだろうなと思いながらこれからの行動を考えようとした。既にやる気を失った二人を除くハティスとアストラはいまだ戦闘中。アダルに冠しては現在行方が分からない状況だった。このままではこの巨人に好き勝ってやらせることになっていくだろう。
「に・・・・げ・・・な・・い・・の?」
「逃げる? あたしが?」
リンちゃんの言葉にベルティアは笑った。
「逃げるほどでは無いよ。どうせ標的はあたしらじゃなくてあの樹だし。まあ、放っておいても駄目なんだけどね・・・・・」
招かれた側であまり思い入れの無い場所だとはいえ、この樹が倒されるのは駄目だというのはベルティアでも分かる。彼女は基本的に自分のためにしか動かない存在だ。そんな彼女がこのままでは駄目だと他人のことを想っている事は彼女自身不思議な事だった。
「っていうかさ。なんであたし達がやっているんだろうね?」
そんな彼女もやっと気付いてしまったことがある。それは自分達の住処だというのに竜の誰一人もこの戦場には現れていないと言う事だ。
「た・・・ぶん。・・・だい・・・ぼ・・・りゅう・・・さ・・ん・・・が。・・・・・・・・・ここ・・・・に・・・・・で・・たら・・・・だ・・・め・・・だ・・・って。・・・い・・・・って・・・るんじゃ・・・ない・・か・・な」
彼女が言っている補とがそのままなんだろうなと思いながらベルティアはそんな過保護な大母竜に呆れたのだった。




