五十三話 戦い上手
「・・・・・これは又面倒な事になりまりたよ・・・」
目の前の巨人の猛攻を躱し続けるハティスはため息を吐きながら上空に現れた新手の気配にため息を吐いた。
「貴方のお仲間ですか?」
『はっ! そうだべ! この前やられた奴の次に強い奴だべ。あいつが来たからにはおまえらもお終いだべ!』
巨人の中でも実力者だという事。そして誰があれの相手をするのかと言う事。どちらも考えなくてはならないと思うと頭痛を催しそうになる。今現状で動けるのはベルティアとリンちゃんであろう。自分とアストラは巨人の相手をしている。どちらも決して苦戦しているというわけでは無い。ただ時間を掛けてゆっくりとやっていただけだった。この程度の相手ならば本当なら時間をかけるまでもないのだ。話を戻すがリンちゃんはこれ以上は戦いがらないだろう。ベルティアの方はまだ物足りてないだろうから可能性があるのだが・・・・・。
「相手をしてくれますかね・・・・」
それが心配でもあった。まあ、先程の様子を見たら心配は無いのかも知れないが。
「俺が相手をする」
ふと耳にアダルの声が響いた。空耳ではおそらく無いのだろう。
「体の毒は大丈夫なんですか? それに貴方は巨人と相性が悪いと聞きましたが・・・」
「大丈夫だろう。ほとんど毒は抜けたからな。あと相性についてはそんな贅沢言ってる暇は無いだろう」
相性が悪いから戦わない。と言う選択肢は無いのだ。そんな事を言っていたらほとんどの戦闘で戦えなくなる。
「そうですか。それならお願いしますよ。・・・・あっ! もし駄目そうなら僕以外の誰かにお願いしてくださいね」
「そうするさ。取りあえずハティスもさっさと巨人を倒したらどうだ?」
「ええ。そのつもりです。その後にゆっくり貴方の戦いを見させて貰いますよ」
『おめぇ! さっきから何独り言を言ってるだ!』
アダルとハティスの会話。それは傍から見れば独り言にしか見えない物だった。それもそうだろう。なにせアダルの声は巨人には聞えていないのだから。
『それになに終わった後の事を考えて居るだ! 終わるのはお前の方だっていうのに!』
「それは失礼しましたね。僕としたことが少し先走った発言をしていたみたいで。・・・では本当にもう幕をおろしましょうか。この戦いの」
その発言から殺気を感じとった巨人は咄嗟に彼から離れた。
「・・・・これだけ殺気を出しているのに冷静ですね。やはり貴方は他の個体とは違うご様子だ。しかしだからこそ残念です。貴方のような頭の良いの個体を殺さなければならないとは」
褒めているようで挑発している。巨人は理解している。それが分かってしまっている己がまた虚しくなっていく。先程の猛攻。それらを全て避けられた。それを体験しているからこそなのかどうかは分からない。しかし有る確信があった。自分ではこの犬。嫌狼には勝てないと。それが分かってしまう自分がいる。他の巨人だったらそれが分からないまま戦い死ぬことが出来たであろう。だが己は生憎と分かってしまった。これは不幸以外の何物でもないだろう。先程恐怖に発狂しながら喰われた巨人を見た。それは幸せだろう。何せ自分を保っていない状態で死んでいったのだから。次元の穴に落ちていった個体も幸せだろう。何せ穴に落ちてしまったら思考も出来ないまま死んでいくだろうから。怪物と戦っている個体も幸せだろう。何せ考えなしに死ねるのだから。しかし己は違う。多少頭が良いが為にこの様な事は嫌でも理解出来てしまう。そして恐怖で発狂も出来ない。というかさせてくれないのだ。この狼はおそらくこの中の誰よりも戦い方が上手い。相手が絶望して発狂出来ないように為るのが上手なのだ。発狂するか自我を失う。追い詰められた時に使える馬鹿力を使わせてはくれないのだ。絶望はしている。叶わないのも。それでもあり得るかもと言う可能性も示してこない。唯々戦力差を思い知らされるだけ。それでも正気を保たせる。それがどんなにあり得ない事なのか巨人は分かってしまうのだ。おそらく己では絶対に出来ない事をこの狼は行った。
『お前。ほんとに怖いべ』
「そうですか? まあ、そう想うのも仕方がありませんね」
そして今の言葉で狼はこの行いを意図亭にやったというのが分かった。
『オラの力を制限しているつもりだべか?』
「そうですね。その方が僕としてはやりやすいので。・・・・・・それに過去に一度調子に乗らせて酷い目に遭ったことがあったもので・・・・」
過去に怒った出来事の事を苦々しく語る狼。よほどそのときに痛い目を見たのであろうというのが伝わってきた。
「それより良いんですか? ジッとしていて。こうして話している今も僕は隙だらけですよ?」
『嘘こくでねぇべ。お前から隙なんて一切感じねえべ。 だからこうして観察する事にしたんだべ』
このまま攻め続けても一向に躱され続けるのは目に見えてる。ならこの狼を観察して弱点を探る方が有効な時間の使い方という物だ。
「そうですか・・・・・・。本当にそれでいいんですね」
『オラを動揺させようってのが見え見えだべ。もう決めたことだべ』
巨人の言葉を聞いて狼はつまらなそうに「そうですか」と呟き、息を吐いた。
「それは残念です。貴方はこのまま死んでいくんですね・・・」
意味深な言葉を聞いた巨人。普通なら怒りそうな言葉であったが何故か怒りが湧いてこなかった。それどころか何故かその言葉に違和感を感じて首を傾げた。
『それはどういう意味だべ・・・』
巨人の応答に狼は答えなかった。ただ彼も時間を待つようにその場に腰を降ろしてしまった。それこそ戦いが終わったと言うが如く。
『何をしているべ?』
「貴方と同じように観察ですよ。お互い時間は有効に使わないと」
意味が分からなかった。何せこの狼には時間を潰すような真似をしなくても良いはずなのだ。それなのにそれを行うと言う事には明らかに意味があるのだろう。しかしどのような意味なのだろうか。それは一切理解出来なかった。何せ狼から受けた攻撃なんて最初の爪で刺された程度だから。それも大したダメージにはなってない。未だに爪は体内にあるがそれもこれまでの戦闘に影響はしていない。何の意味があった攻撃なのか分かっていない。
「一つ問題を出してあげます。僕はどのような能力を持っているでしょうか」
そんなあまり意味の無い愚考をしていたらいきなり狼が質問を仕掛けていた。それこそ答えの分かりそうも無い問題を。
『さあ。分からないべ』
「分からないわけ無いですよ? 先程から僕はきちんと能力を使っていましたから」
能力を使用していた。それを耳にしさらに混乱しそうになった。そう言う素振りは見せていなかったから。
「そうですか。・・・それは残念です。あれだけヒントを出していたというのに気づけないとは。・・・・・・まあ、それも仕方がありませんか。僕は他の方と違って派手に使う方じゃ無いですからね」
残念がっていたのは一瞬ですぐに立ち直ると続きを口にし出す。
「貴方も考えているとおり。僕たちにはそれぞれ特殊能力があるようです。あちらの牛の方はおそらく怪力と大地に冠する能力を持っているのでしょう。あちらの虫の方は言わずもがなですね。見れば万物を食すことが出来る。あちらの少女も何かしらの現象を操作できるのでしょう。そして僕も又ある者を操る事が出来ます。それはこの世界。いや、この星だけでは無くこの世の中にある全ての物が所持している。そしてそれからは決して抗えないものです。それは貴方も。・・・・・・・そろそろ気付きませんか? 自分の体が老いて言っていることに」
狼の言葉で巨人はようやく体の異変に気がついた。
「僕の力はいわば時を操る事が出来る能力です。物にも。生物でも。敵にでも。そして僕自身にも。・・・ね?」




