五十話 変化
そんな母親として失格な大母竜であるが、失格だからと言って何もしてこなかったわけでは無い。彼女なりに子供達を気に掛けてもいた。それが子供達から見たらとても優しいという印象が持たれた。だからこそ慈悲深い大母竜として名が通っているのだ。そんな中でも彼女はヴィリスには特に目を掛けていた。母親としてやれることなど、これしか無かったから。兄姉達を殺してしまっても大母竜は彼女を許した。罪が無いと言い張った。それがヴィリスをどれだけ苦しませる事になるのかは分かっていた。しかしそれでも許さないという方には行かなかった。ヴィリスの精神が成熟していないのは分かっていた事だった。いかに前世があるとは言ってもそれも十七歳までしか無い。精神が不安定な状態が多い年代に死んでしまったのだ。ここで突き飛ばす方向に自分が向かえば、ヴィリスが歪んでしまう事も考えたからの行動だった。これは多くの子供達から反感を受けた。しかしそれでも同意為る子供も居た。長子であるミリヴァは大母竜と同じ意見だった。種族のトップと次期トップがこの様な意見を示したのだ。その後公には彼女を責めるようなことは行われなかった。しかしそれによってヴィリスはより孤独になった。力を示してしまったため誰も彼女の元に寄りつかなくなってしまった。それが耐えられなくなったヴィリスは外の世界に出て行った。大母竜はそれもただ見守った。彼女の事をかわいがっていたミリヴァからは直ぐさま連れ戻すように言われた。外は城の中以上の危険があるのだ。そんな世界に一人で生きていられるわけが無いと。しかし大母竜は彼女の意見に耳を貸さずにただ見守ることにした。ミリヴァから『心が無いのですか』と言われた。それによって少し傷付く自分が居る事に驚くが、それでも意見は曲げなかった。
『ここに拘束するより、外の世界に居る方がヴィリスの心は癒える事でしょう』
その言葉で大母竜はミリヴァをだまらせた。彼女が心に傷を負っているのは誰から見ても明らかだった。ミリヴァもどうにかその傷を癒やそうとしていたが、それら全てが効果が無かった。いや、彼女の傷をより深める結果になった。だから大母竜の言葉に反論する事が出来ず、そのまま引き下がった。それでも彼女はせめて居場所だけでもと、外に自分の従者を放っていた。外で接触しなければ問題は無いだろうと大母竜も放っておいた。ミリヴァはいずれヴィリスをこの城に戻そうと考えていたが、大母竜は違った。時が来るまで。彼女は世界を知って欲しい。その思いだった。時が来てしまえば彼女の自由は自ずと無くなってしまう。だからそれまでは放って送る森だったのだ。しかし現実はそう甘くない物。あの時が来てしまった。
「・・・・・・・もう少し。・・・もう少しだけで良かったのですが・・・ね」
時間は待ってはくれない。その証拠に裏切り者を出してしまい、あろうことかその体も乗っ取られてしまった。本当はもう少し前に招集した方が良かったのだ。そうすれば今回の騒動にならずに済んだかも知れない。
「・・・・・・。全ては結果論ですが・・・」
ヴァールが何時魔王種と結託していたのかは分からない。もう少し早く殻割りの儀を行っていたとしてもこのような結果になっていたかも知れない。もしかしたら殻割りの儀を行う日に襲撃することを決めていたのかも知れない。様々な思考が頭を巡った。だが、だからこそ打っておいて良かった策が発動したともいえる。
「やはり神獣種を呼んでおいて良かったですね・・・」
正直言ってしまえば殻割りの儀を早める事も出来た。ヴィリスが帰ってきた日に行なう事も。しかしそれはさすがにしなかった。理由はヴィリスの準備に時間が掛かること。そして襲撃の可能性も考えて神獣種をこの場に招待するために。その二つに時間が掛かったのだ。勿論出来なかった理由などは他にもあった。竜の方の準備が足りないこと。各国への殻割りを行うと言う事の事前報告など。数えたら切りが無い。
「彼らが居なければ。半分は死んでいたでしょうか・・・・」
むしろ半分残れば良い方だろう。それくらい巨人という種族の厄介なのだ。神獣種達がずっと優位を保っているのはその実力故だ。もし彼らが能力を使わなかったとしても人十種達が負けることなどあり得ない。苦戦はするだろうが最後に倒れるのは巨人の方である。その確信が大母竜にはあった。神獣種とは魔王種に対抗して作られた存在だ。能力が封じられたとしてもその力だけで巨人程度なら圧倒するように生み出された存在だというのだ。大母竜もその実力は知らなかった。星の意志から聞かされた話を総括すると素言う事になるのだという。信じていなかったわけでは無い。むしろかつて巨人と相対した事がある身から言わせて貰えばそんな簡単に巨人を倒せるとは思わなかった。巨人種の特徴は何より巨体。そして無痛ということも特徴と言っていいだろう。巨体故に攻撃が通じにくく、無痛故にダメージが与えられない。この二つはとても厄介で、戦っていると此方の精神がおかしくなってしまうような相手である。現状で今この城の中にいる竜の中で巨人を倒せそうなのはミリヴァとヴァールの二人だけ。だがヴァールは裏切ったため一人だけなのだ。ヴォルテスは頭は良いが、巨人を倒す域まで力が伴っていない。惜しいところまで来ているのだ。彼が覚醒したらその域に達するだろうと大母竜は見ている。そして今から目覚めるヴィリスも確実に巨人を倒せる。何せ殻割り前でさえ竜に効く毒を持っているのだ。それが殻割りをしたのだからその毒はさらに強力になるであろう。
「・・・・・貴女の力は。・・・・・どちらに働くのかしら」
世界を蝕む毒となるか。世界を癒やす薬となるか。母親として。そして種族の長としては薬になって欲しいと考える。しかし毒になり得る可能性もある。結局どちらになるのかはヴィリス次第。勝手な願望を押しつけたら歪んでしまう。
「どのような力を持とうと。貴女に幸せになって欲しいという気持ちに嘘はありませんから」
やってあげられたことは少ない。母親として失格という意識も持っている。それでも子供を幸せを願う気持ちに嘘は無い。
「貴方の事を待っている者もいます。祝福してくれる者も」
確かに彼女は虐げられてきた。そのせいで控えめな性格になってしまった。自分に自身が無いのもそのためであろう。しかしだからといって彼女を受け入れない存在がいなかったわけでは無い。
「貴女は鳥人の為にこの儀を受けたのでしょう」
大母竜も鈍感では無い。いくら信用出来るからと言って出会って数ヶ月しか経ってない相手を自分の殻割りの儀に参加させようとする相手に何の感情も抱かないとは思ってない。ヴィリスはアダルに恋心を抱いている。それは分かっていた。それがこの世界であってからなのか。それとも前世から抱いていた者だからか。それは判断できないが、兎に角彼に行為を抱いているとは分かった。
「同じ罪を背負う者同士。引かれ合うのか。・・・・・・それとも前世で果たせなかった想いが巡り合わせたのか・・・」
どちらであっても大母竜からしたら面白い事には違いなかった。
「目覚めるのです。ヴィリスよ。貴女の想い人が貴女を持っていますよ」
殻に触りながら大母竜は愉快げな笑みを浮かべながら話かける。するとその言葉に反応為るように殻に変化が訪れたのだった。




