二十二話 訓練
アダルは訓練場に足を踏み入れた。離宮地下。食堂と併設して作られた訓練場。中は野球のドームグラウンドを想わせる作りになっている。五十メートほど上にある高い天井に備え付けられたライトが訓練場を照らしてくれているが、、明らかに薄暗い印象を与える。そんな中アダルはここに一人で来ていた。ヴィリスも動向しようかしたが、それはさすがに断った。これから、この空間で起こることはなるべく他の人物に見せたくなかったからだ。此方の技がどこから漏れるか、分からない。ヴィリスだったら何も言わないかもしれないが、記憶を抜き取る厄介な相手がいたことをアダルは知っている。だから態々一人で鍛錬をするのだ。
「すうっ! はあ!」
アダルは一度訓練場を見渡し、誰にも見られていないことを確認し、深呼吸をして、身体をほぐし始めた。その行為は入念にゆっくり時間を掛けて行われた。
「さあ、やりますか」
身体をほぐし終え、一息ついたあとに彼はそう呟いき、まぶたを閉じた。
「我は輝きの象徴なり」
呟く様に発せられた言葉が彼の耳にだけ響く。すると、彼に変化が起きた。身体が本来の人鳥に変化を始めたのだ。着ていた衣装は一瞬ではだけ、肌色だった所は光りの羽根で覆われ、腕と足は鱗の様な物で覆われ、背中の一対のつばさが広げられ、頭も段々と鳥の物に成っていった。
「まずはこんなもんか・・・・」
彼は己の身体を見やり、動きを吟味していた。
「さて、ここで大きくなる訳にも行かないしな」
徐ろに高い天井を見上げる。地から天井までの高さは約五十メートル。それなりに高い。だが、アダルは本来の大きさになろうとは想わなかった。そうしたら手狭になるからだ。アダルはここに鍛錬の為に訪れた。しかし、あまり狭い空間ではできる鍛錬もできないというもの。彼は爽雨考え、残念そうに息を吐いた。
「しょうが無いか」
彼は諦め半分で自身の前に腕を突き出す。
「敵対光像」
すると手の先から淡く黄色い光りが放たれる。それはしばらく離れた所まで漂い、ある形を成していく。約五メートルはある身長。それでいて、身体全体が爆発的な筋肉で覆われている。赤い肌。長さ一メートルくらい長い一本角。獰猛な顔角で鋭い牙を持つ存在。それはまさに霊鬼種と呼ばれる存在だった。もちろんこれがッ通常のデフォルメではない。これは〈激昂〉という能力を使ったときの鬼の姿だ。
〈激昂〉とは霊鬼種が怒りに身を任せた時の姿で、この状態の時に島を沈めるといわれている。
「グルルルルっ!」
〈激昂〉の状態は基本的に理性がない。自身を野生に返す為の状態だから理性など邪魔な物なのだ。そのため、この状態は制御が難しい。もし制御に失敗したら最後。〈激昂〉は死ぬまで発動し続け、目に映る物全てを壊し続ける。アダルが今出したのは、昔討伐した〈激昂〉の制御に失敗して暴れ回っていた霊鬼種だった。彼の技の一つ。敵対光像は自身が対戦した事のある相手をその時のステータスのまま作り出すといういうもの。この技で現われた者はアダルに攻撃を仕掛けてくる。何故制作者であるアダルに攻撃を仕掛けてくるのか。それは、彼が訓練目的でこの技を作ったからだ。彼は百五十年間、ただ洞窟にいたわけじゃ無い。彼はしばしば、この技を使って戦闘の仕方を忘れないようにしていた。時には訓練で。時には新たに作った技の的として。用途はその時によって変わったが、アダルは洞窟にいた頃、頻繁にこの技を使っていた。
「久しぶりで身体がなまったからな。錆落としにはこいつだよな」
〈激昂〉状態の霊鬼種を見るなり。アダルは口角が上がった。そして、おもむろに重心を下げ、闘いやすい構えを取る。
「グアアアアア!」
霊鬼種が雄叫びを上げ、猛ダッシュでアダルの元に駆けてくる。どうやら霊鬼種の声がゴング代わりの様だった。
霊鬼種は駆けてくるなり、筋肉に覆われた太い腕をアダルに向け振るう。
「おっと!」
それをぎりぎりの所で屈んで避ける。霊鬼種は感触が無い事に疑問を持ち、腕に目をやる。
「あっぶね! 危うく食らう所だったわ」
アダルはそんな余裕そうな顔を浮かべて、明らかに長髪の言葉を述べた。
「グアアアア!」
霊鬼種は怒ったような雄叫びを上げ、反対の拳をアダルに向け、叩き付けた。
「ちょ!」
その攻撃には焦った様な声を出す。これはチャンスと悟った霊鬼種はアダルに向け、拳を浴びせにかかった。右の次は左。左の次は右と高速に行われる拳打。当たっている感触はあるため、避けられたという心配はしていない。しばらく続けていくと、拳打で発生した土埃が霊鬼種の視界を奪った。しかし殴っている感触はそのままあった。霊鬼種は攻撃を止める気配は無かった。その後も数十秒続けられ、ようやく拳打は終わりを見せた。完全に叩きつぶした感触を得たからだ。
「グアア!」
霊鬼種は勝ち誇ったような声を上げ、潰されているであろうアダルに目を向ける。
「・・・・・・」
そこには完全に肉片と化した物が存在していた。それを目にして、霊鬼種はフッと口角を上げ、声を上げようと口を開く。
「グっ!」
しかしその前に腹部に突然の刺激を走る。思わずそこに目をやると、なんと腹部から赤い血液が零れだしていたのだ。何が起こったのか、霊鬼種は全く分かっていない。
「痛ってえな!」
突如そんな声が霊鬼種真下から聞こえ他。霊鬼種はそこに困惑した目を向ける。
「二発も食らったな。これはなまりきっているな・・・・」
そこには口から地を吐き出した以外は無傷のアダルの姿があった。彼は右手の指に力を入れ、未だ地が流れ続けている霊鬼種の腹の穴に突き刺した。
「グ、グアアアアア!」
霊鬼種は確信した。先程の腹に走る刺激はアダルの攻撃による物だったことを。
「まだ消しはしない。錆は落ちきっていないからな・・・」
その言葉が呟かれると、彼は腹から腕を抜き、後退した。すると霊鬼種の腹の傷が綺麗さっぱり消えていた。これは訓練用であるこの技の特徴でもある。この技は作成した敵対生物にダメージを与えると、それ攻撃で受けたダメージ分は攻撃が終わるとすぐにでも元に戻る。
「さあ、今度はこっちからと行かせてもらうか」
そう言って、彼は両手を拳にした。
「殴られた二発。返してやるよ!」
彼は言葉と共につばさを羽ばたかせた。それによって高速井堂が可能になり、彼の身体はすぐに高速に至った。
「まずは一発!」
高速の状態のまま、アダルは霊鬼種の顔面を一発殴った。殴った瞬間、鈍い音がアダルの耳に響いた。
「グアア!」
霊鬼種は声を上げ、凄い勢いで吹き飛ばされた。高速状態のアダルの攻撃だ。吹き飛ばないはずが無い。霊鬼種は壁に叩きつけられた。そこには土煙が舞い上がってその先が見えなくなっていた。
「これで終わりのはず無いよな。まだ消していないし・・・」
少し心配している素振りを見せておく。別に本当に心配ししている訳では無いが。
「グルルルル!」
徐々に土煙が晴れていく。そこには、すでにダメージは直った霊鬼種が多と上がって、アダルの方を睨んでいた。
「まだ、表面の錆しか取れていないんだ。まだ付き合ってくれよ」
彼は霊鬼種に向けてそう呟くと、再び此方から仕掛ける為、足を進めた。
「グアアアア!!」
霊鬼種もアダルの要望に応える様にどこか嬉しそうな声を上げ、アダルに向け、駆け出す。
「シャア!」
「グラア!」
アダルの拳と霊鬼種の拳が同時に振るわれ、拳が交じる。その瞬間、少しの衝撃波が訓練場全体を僅かに揺らした。
今年最後の更新です。良いお年を!




